第四話 嘘だよね?
レストランの厨房には、肉料理や魚料理、味付けのソース担当、パン作り担当など、調理の工程ごとに担当部門が存在している。
最初は見習いとして食材の下準備や皿洗いから始まり、各部門で修行を積んで基本をマスターすると、ようやく一人前の料理人として認めて貰えた。
そうして腕を磨きながら、第一コック、副料理長、料理長とステップアップしていくのが理想的なルートだ。
ところが七星はパティシエールの仕事に一番やり甲斐を感じていたので、出世にはまるで興味がなかった。もし広輝と出会っていなければ、レストランではなく洋菓子店に就職していたかもしれない。
「今度はフランス産じゃなくて、北海道の小麦を使ってみようかな……。あ、そうだ。この前試作したイルフロッタントも書き加えておかなきゃ」
誰もいない食品庫の片隅で、七星はレシピがびっしり書き込まれた分厚いノートを広げた。
従業員用の休憩室はちゃんと別にあるのだが、七星は料理油や小麦粉が保管されている、狭くて涼しい食品庫に居るのが好きだった。
ノートには手描きのイラストと共に、詳細な制作過程が記されている。けれど試作を繰り返す度に走り書きで改善点を記入するので、全く体裁は整っていなかった。七星以外の者が見ても、解読できずに料理を完全に再現することは不可能だろう。
空っぽの木箱に腰かけて、七星は一心不乱にレシピをノートに書き留めていく。
やがてひと段落したのか、首をポキポキ鳴らしてからバンザイするように思い切り伸びをした。その拍子にスチールラックが目に入り、七星は「あーあ」と顔をしかめる。
棚の上部。天井スレスレの高い位置にまで、見るからに重量がありそうな銀色の一斗缶が乱雑にいくつも積まれていた。中身は一缶十六キロもあるひまわり油なので、もし何かの拍子に落下して人に当たれば、大惨事は免れないだろう。
「下の段を片付けるのが面倒で、空いてるスペースに適当に詰め込んだのね。オーナーがいた頃は、もっとしっかり管理されてたんだけどなぁ。指示する広輝が適当だから、他の従業員もどんどん仕事が雑になる……」




