第一話 神様、お願い
「誰か……誰か、お願い」
麗らかな春の午後。
開けっ放しにされた障子戸の向こうに見える庭は、まるで切り取られた絵画のようだった。
柔らかな日差しを受け、梅の木も鯉が泳ぐ池もミモザの花も、光に包まれて淡く滲むように輝いている。
眩しいほど鮮やかな風景とは対照的に、幼い少女が横たわる和室は暗く陰湿だった。
部屋の中央に敷かれた布団の中、寝巻用の浴衣を身にまとう少女の呼吸は荒く、苦しげだ。少女は救いを求め、透き通るほど白くか細い指先を、弱々しく庭に向って伸ばす。
「このままじゃ、私みたいにお兄様まで……」
枕元には処方された薬の袋と水差し。
まだ幼い子どもが寝込んでいるというのに、看病する者は誰もいない。
開かれた障子戸の向こうには、希望に満ち溢れた季節が広がっているというのに、ここはあまりにも寒くて孤独で死の匂いが充満していた。
少女の震える指が求める先。
ふいに、チリンと涼し気な音が鳴る。
庭から黒いカタマリがぴょんと跳ね、外廊下に飛び乗った。
目を凝らせばそれは青い首輪に銀色の鈴を下げた黒猫で、ちょこんと座って障子戸の影から少女を見つめている。
少女の目は既に虚ろで、焦点が定まっていない。それでも首だけを僅かに黒猫の方に向けて懇願した。
「お兄様を助けて……この体を、あげるから……」
神様、お願い。
最期の言葉は声にならず、少女の口の中だけで消えていった。すがるように伸ばしていた腕が、パタッと布団の上に落ちる。黒猫の満月みたいな金色の目が、憐れむように一瞬だけ揺れた。
元々静かだった和室が、更に静寂に包まれる。
ところが少女の命が尽きたのと入れ替わるようにして、部屋の天井付近にふわりと蛍のような小さい光が現れた。ふわふわと心許なく宙を漂い、すーっと少女に吸い込まれていく。
まるでそれが合図だったかのように、次の瞬間、少女の身体が突然強く光り始めた。
小さな身体から放たれる閃光は部屋中を強烈に照らしたが、やがて花火が終わりを迎えるように、音もなく静かに消えていく。
今、一つの命が幕を下ろした。
――はずだった。
「きゃぁぁぁぁぁぁッ‼」