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母娘

お待たせしました。

オリヴィア編のエピローグです。

 鍵はかけといていいから。


 なんでこんなことを口走ったのか。

 あのひとが式に来ると聞いてからずっと、恥ずかしさに似た何かに頭を支配されていた。

 ついでに言えば、自覚できるほど言動がおかしかったから、それが爆発したのだ。

 あとになって思えばそう分析できるけど、けど。

 これじゃあまるで。

 待ち合わせの、神殿から少し離れた路地にある街灯の前でオリヴィアは何度目かのため息をつく。


『式に親族として参加させてください』


 あのひとからそう連絡が来たのは式の三日前。唐突な、しかも留守電に入れられていた音声に、よりにもよって肯定で返してしまった。

 拒否する理由も見当たらなかったし、あのひとがここに来ること自体は別にいい。

 ただ、どう接すればいいかわからない。

 孤児院にいた頃から修練生を卒業するいまになるまで、個人的なケンカなんか一度もしたことがない。あんのくそ莫迦とやったときは、ただの憂さ晴らしだ。ケンカっていうのはもっと対等な立場や意志の元でやるものだ。

 もっと強い相手、といえばあのおばさんだけど、あのひとが組み手中に出す殺気なんて本人からすれば虫を潰すときのそれと大差ないのだろう、と感じる。

 だから対処もしやすい。

 でも、あのひとは違う。

 どう接すればいいのかがわからない。

 だから緊張する。

 卒業の前祝いにと送られてきた細身の腕時計をちらりと見る。前に見たときから一分ぐらいしか経っていない。式が終わると同時にあんなことを口走ったので、ベレー帽にハーフコートの礼服も着替えていない。

 たまに通りがかるひとから「おめでとう」とか声をかけられるのが恥ずかしい。

 もうやだ。

 逃げ出したい。

 そうだ。

 逃、

 だめだ。それだけはだめだ。

 了承の返事をしたときの、あの幸せそうに、嬉しそうにしてくれた相手を哀しませたりするなんて、例え赤の他人でもやっちゃいけない。

 それぐらいの分別はある。

 けれど、ため息は出る。

 物語を事例として扱うのは違う、とあのちっちゃい子も言っていた。 

 でもほかに頼れるものがないので頭の中にある書庫をひっくり返してみるが、やがて徒労だと思い知らされる。

 べつにあの人のことが嫌いなわけじゃない。

 かといって好きかと訊かれても、困る、としか返せない。

 だってしょうがないじゃない、とオリヴィアはそっぽを向く。

 最初に会って話したときはお互い感情的になったし、二度目も三度目も電話で業務連絡みたいな形だったし。

 それまでは、マスメディアの中の人だったのに。

 きょうからあなたの肉親ですよ、と言われても。

 数えるのも莫迦らしくなるほどのため息をつきかけたそのとき、


「お待たせ」


 ふわりと、あの人が目の前に佇んでいた。

 エウェーレル王としての正装ではなく、他の保護者たちと同じような地味目の紺色のスーツ姿だ。


「イルミナたちとの話が盛り上がっちゃって」


 照れくさそうに、けれどほんのり満足げに謝りながらマツリはオリヴィアの手を取る。

 驚きはしたが、振り解くのは違うと思って。


「いいですよ。あたしも来たところですし」


 うそや気遣いではない。ミューナたちに言ったように一度本屋に寄って店長と少し話しをして、それでもずっとそわそわしていたから足早にここへ来たのが十分前。オリヴィアにとってこれぐらいは待ったうちに入らない。

 すい、とからだを寄せておどけた笑顔を見せる。

 もっと騒ぎになるかと思っていたが、この服装と、まさかエウェーレル王が参列しているとは思われなかったのか、それとも周囲が察してことさら騒ぐことはしなかったのだろう。

 ちなみに、ではあるがディルマュラの両親もちゃんと参列していたが、服装は同じくスーツ姿でとくに騒ぐこともしなかったのは、マツリのこと以上に意外だった。

 普段マスメディアの中で見る彼女とも、何度か電話したときとも違う、ただの大人の女性としてのたたずまいにオリヴィアはいちど深くまぶたを閉じる。

 決めた。きょうは母娘でいよう。


「じゃあ、どこから行く? お母さん」


 母と呼ばれたことに、マツリは目を見開く。


「そ、そうね。まずは、うん。えっと、そう。その格好じゃ目立つから服を買いに行こうかしら」


 目の端に光るものが見えた。


「うん。あんまり高いのはだめだよ」

「そうね。節約はしないと、だもんね」


 笑い合う姿は少しぎこちないけれど、自分たちはこれでいいのだ。

 この十八年を埋めようとかじゃなく、孤児院にいたころに少しは思い描いたことのある、理想の母と娘の虚像を演じよう。

 例え虚像でも演技でも、やっていればそのうち本物になることもあるかも知れないから。


     *     *     *


 その後は、普段のオリヴィアなら絶対に入らないような大人向けの服を買いにセレクトショップへ入り、


「こ、こんな大人っぽいの似合わないって」


 採寸こそしたが、オーダーメイドを仕立てるにはいますぐ着るのに時間がないと既製品を購入することにした。

 マツリが選んだのは空色のワンピースと、白のジャケット。パンプスは黒で締められて大人びた雰囲気を醸し出している。


「だいじょうぶよ。身長高いしスタイルいいし、あなたならすぐに着こなせるわ」

「そ、そう、かな」


 などと、多少のぎこちなさは残るものの、傍目には仲の良い母娘に見えるほどには自然に買い物を終え、


「じゃあそろそろ食事にしましょうか」


 ついに来てしまった。

 いままでは半ば無意識に回避していた、このひとの正面に座る、という状況。


「う、うん」

「だいじょうぶよ。ちゃんと調べて美味しいところ予約してあるんだから」


 理想の母娘を演じることでいままで押さえつけていた、このひとを苦手に思う感情がじわりとよじ登ってくる。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ」


 けれどこんな風に少し寂しそうに微笑まれて、いま自分がどんな顔をしているのかを察し、無理矢理に破顔した。


「ごめんごめん。神殿でやったマナー講習のときの先生がちょっとアレなひとだったの思い出してさ」


 事実、王侯貴族も多く働く神殿や枝部では、教養としてテーブルマナーやパーティでの振る舞いを教えている。逆に、庶民が通うような店へは個々人で出入りして、座学などでは学べないマナーを教えているのでお互い様ではある。

 そしてオリヴィアたちを教えた講師が、イルミナでさえ眉をひそめるような性格であったために、いまでは笑い話になったことも事実だ。


「そう? なら行きましょうか」


 マツリにかかっていた雲も少しは晴れたようだ。

 



「改めて、卒業おめでとう」


 マツリが案内したのは、庶民からすれば月に一度の贅沢などに使われ、修練生たちからは、幼い頃連れて行ってもらったし味はいいけれど、値段の割に量が少ないのよねと敬遠される老舗。

 オリヴィアはこの店のことは知っていたが、孤児院から即神殿に入った彼女にとっては無縁で、何度かディルマュラたちから誘われているが「どうせのろけ話聞かせたいんでしょ」と断っていた。


「あ、ありがと」


 最初は緊張してまともに顔も見れなかったが、食事が進むにつれ徐々にほぐれ、デザートが出される頃には笑顔さえこぼれていた。

 食後のワインを傾けながら、居住まいを正しながら言われ、オリヴィアは少し身構える。


「そして、これからはちゃんと正式にひとを守ることが仕事になるの。オリヴィアは優秀だからとっくに気付いていると思うけど、大きな争いがもうすぐ起こります。イルミナだから心配はしてないけど、万が一にも前線送りになるようなら、」

「わかってる。前に神殿長にも同じようなこと話したし、大丈夫」


 そう、と返し、薄く微笑む。

 グラスを口に当て、傾けるかと思ったが、静かにテーブルに置いて、


「……ごめんなさい。こんな偉そうなこと、言える立場じゃないのに」


 やっぱりその話題が出るのか、とオリヴィアは内心で嘆息する。たぶん、この人を苦手に思っていた理由の大半がこれだったのだろうとはっきりと感じた。

 この人はずっと重荷に感じていたのだろうけれど、自分からすればどうでもいいこと。

 いまさらそれを深刻な顔で話されても、というのが正直な感想だ。


「あたしは、物心ついたときには孤児院にいました。前にも話したと思いますけど、それだけです」


 案の定、顔を曇らせるマツリに、やや後ろめたい気持ちにかられ、


「だ、だからって、お母さんのことを親じゃない、なんて思ったことはない、ですから」


 また妙なことを口走ってしまった。

 けれど、本心なのは間違いない。

 それが伝わったのか、雲は晴れ、


「うん。おめでたい席でする話じゃないわね。……しめっぽい席でする話でもないけど」


 さいごは照れたように微笑んで。

 オリヴィアも、うん、と頷いて。

 いちど見つめ合って。

 うん。

 これでこの話題は二度と無しだ。


「それより、はやく再婚とかして子供作ったほうがいいですよ。あたしはいま当分そっちに帰るつもりないですから」


 帰る、と口にしたことに、マツリはこみ上げるものがあったが一旦それは忘れて。


「……そうね。でも、あの人以上にいいひとが見つからなくて」


 そうですか、と短く返して何気なくマツリを見る。

 あの日と変わらない淡い桃色の瞳。

 あの日名乗ったのが本名だったり、娘の頼みだからって簡単に国庫を動かすような、危ういひとだ。


「でも、誰かの代わりなんて誰にもできないですよ。……昔読んだ本の受け売りですけど」


 だから、王様をやっているなんていまでも信じられないくらいだ。


「うん。単純に、忘れられないだけなんだろうけどね」


 ふと見せた憂いは、いままでオリヴィアが見てきたどんな大人よりも儚げで、なのに美しささえ感じてなにも言えず、ただ見つめるだけになってしまった。

 視線が交わる。

 こういう場面で一度交わった視線を外す方法を、オリヴィアは知らない。


「……」


 実際、きれいなひとだと思う。

 自分の顔なんて朝顔を洗うときぐらいしか見ないけれど、自分とこの人は似ているとは思えない。他人が見たら違う反応をするのかも知れないけれど、これまでの何度か対話して、うっすらと親なんだろうということぐらいは感じる。

 肉親とは、憎悪するか敬愛するかのどちらかでしかない、と昔どこかで誰かが言っていた。

 このひとへの憎しみはない。

 だとすれば自分はこのひとを。


「……ち、ち、違いますからね! そういう意味で言ったんじゃないですから!」


 母娘を演じることも忘れて立ち上がって叫ぶ。

 ウェイターや他の客たちが何事かと視線を送られて、静かに座り直す。しかし、視線を外すことだけはどうしてもできない。


「どうして? 別に珍しいことじゃないでしょ?」


 憂いが晴れたあとの、悪戯小僧が妙案を思いついたようなその表情に、オリヴィアは思わず唸る。

 特に母星期の本を読み漁るオリヴィアにとって、あの時代からすればこの世界の倫理観がかなりおかしいことはわかっている。

 そしてそれらの作品群の中にも同性愛を扱ったものは沢山ある。でもそれはフィクションだから楽しめたのであって、いざ自分の身に降りかかるとなると、別だ。

 作品を読む、ということはその世界の住人になるということだとオリヴィアは思う。母星時代の作品に入り浸る彼女にとって、同性愛どころか母娘で婚姻を結ぶなどというのは異端どころか忌避されることだ。

 だが。

 オリヴィアが暮らすのはそういうことが当たり前な世界だ。


「だ、だって、続柄とかおかしくなるじゃないですか。あたしは王女で王妃になって、マツ、お母さんは王様で娘の子の親って……」

「うん。そうなるわね」


 事もなげに言われてオリヴィアはたじろぐ。

 いいじゃない。あんな美人さんをお嫁さんにできるのよ。

 自分の中の天使だか悪魔だかがささやく。

 やばい。

 いちどそういう風にこの人のことを考えてしまったから、変に意識してしまう。

 いいじゃない。王様だか王女さまにでもなって気楽に過ごせば。

 そうかも知れないけど、あたしには。

 自分がやりたいことを、そのために生きていることをようやく思い出し、意を決して言おうと改めてマツリを見る。


「……ごめんなさい。あたしは、どうしても神殿でやりたいことがあるから。お母さんはお母さんで、ちゃんといいひとを見つけてください」


 居住まいを正し、深く頭を下げる。


「うん。オリヴィアならそう言ってくれると思ってた」


 明るく言われて顔をあげた先にあったのは、晴れやかな笑顔だった。


「ごめんね。わたしもほんの一瞬だけど、あなたをお嫁さんにするのもいいかなって本気で思った。オリヴィアもそう思ってくれたのは本当に嬉しかったけど、いままで放置してきたのにいまさら、だもんね」


 頷くことも、首を振ることもできなかった。

 だからって、そんな風に明るく笑わないでほしい。

 物わかりのいいこと言ってさ、これじゃあたしが悪者みたいじゃない。


「~~~~~~っっっ」


 ばん! と両手でテーブルを叩いて。またも耳目を集めるが気にしない。


「わかりました! い、い、遺伝子提供で、いいですか……っ」


 鎖骨まで真っ赤にして言い終えると、他の客たちから歓声と拍手が起こる。痴話げんかだと思われただろうけど、構うものか。


「いいのよ。無理しなくても」

「無理なんてしてない! あたしが変なこと言い出したことの責任!」


 もう自分でもなにを言っているのかわかっていない。


「ありがとう。でも、きょうはもうこんな時間だしお役所も閉まってるだろうから明日、」

「だめ! 明日になるとあたし絶対渋るから、いま!」

「でも」

「だいじょうぶ! 神殿の出張所なら開いてるから!」


 立ち上がって強引にマツリの手を取り、ぐい、と引っ張って自分の端末で会計を済ませて足早に店を出る。

 外はすっかり暮れていて、高級店が並ぶ店前の通りは卒業祝いに浮かれる家族がちらほら見える。両親や親類縁者に囲まれたユーコとすれ違ったが、ユーコは丁寧にお辞儀を、正気に返るのを必死で堪えつつオリヴィアも立ち止まってお辞儀でこたえ、また走り出す。

 手を引くマツリが自分も挨拶したい、と言い出さないうちに。

 その後、多分知り合いだと思われる修練生や教員から幾人も声をかけられるが雑に返して神殿へと突き進む。

 もうどうにでもなれ。

 きっと明日激しく後悔するのだろうが、もういい。

 あたしは、母親に自分の子を産ませる。

 でもそれはこの世界では当然のこと。

 それが全てだ。


     *     *     *


 その日はマツリがとっていたホテルで一夜を過ごした。

 一夜を過ごしはしたが緊張からの疲労もあったのかマツリはすぐに深い眠りに落ち、その寝顔を見ていたオリヴィアも気がつけばまぶたを閉じていた。

 朝になって顔を合わせて。ある程度の冷静さが戻ると互いの距離はぎこちなくなったが崩すような行為はしなかった。朝食はホテルのバイキングで軽く済ませた。

 部屋に戻って身支度を終え、まだ時間はあるけど、とマツリはチェックアウトを済ませ、ホテルの入り口で別れることにした。


「じゃあ、元気で」

「はい。あの、ありがとうございました」

「うん。わたしも、嬉しかった。ありがとう」


 言って緩く両手を広げるマツリに、一瞬驚きはしたが、演じるなら最後まで、と腹をくくってその腕の中に抱かれることにした。


「……」

「……、…………」


 お互い何か言おうとして口を開いては止め、結果無言のまま、どれぐらいの時間そうしていたのかも分からない間ハグを続け、どちらからともなく手を離した。

 うん、とうなずき合って。マツリは名残惜しそうに何度か振り返りながら去って行った。

 姿が見えなくなったらきっとため息とかつくんだろうな、と思っていたオリヴィアはしかし、軽く息をはいただけで振り返り、寮へと帰っていった。


 オリヴィアがため息をついたのは翌日。

 色々酔っていたあれこれが醒め、自分のしでかしたことに激しく後悔してのため息だ。

 

 正式に神殿に勤めるようになって怒濤のような日々が過ぎて。

 一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ。

 それでもなお、エウェーレル王ご懐妊の報せは、


 まだ、来ていない。

ここまで読んでくださった方々に深い感謝を。


おまけとして二年目編のラストにくっつけようと思っていたのに、気がつけばこんな長さになっていました。

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