第八十三話 世を鎖ざす禍津星
穢れの神、真月との戦いが遂に幕を開けた。最初はセツとリーフェウスが斬りかかっていったが、先程のラビアが起こした大爆発の時と同じく、真月は一歩も動く事はしなかった。
「どうなってる…!何故攻撃が通用しない!?」
セツがラビアの方を振り返りながら叫ぶ。
「それは真月が負の概念そのものだからさ。物理攻撃も魔法も…真月からしたらそよ風が顔に当たってるみたいなもの。そりゃ効かないよ」
「ならばどうやって倒すと言うのですか?」
「まぁ今しばらくは攻撃を続けてなよ。数値で表すなら1ダメージくらいは与えられてるからさ」
「…信じましょう」
アルカディアは両手を天に向かって広げ、セツとリーフェウスに祝福を与える。2人の後頭部にアルカディアのものと似たような見た目の光輪が現れ、セツとリーフェウスの攻撃は更に加速する。だが、それでも真月の顔色は全く変わらなかった。
「ハァ…ハァ……流石に効かな過ぎだろ…!」
一旦ラビアの側に戻ってきたリーフェウスが息を切らしながら呟く。
「もう一回同じ説明するかい?」
「イラつくからしなくていい!」
「それは僕に?それとも真月に?」
「どっちもだ!」
(こんな状況でも口論とは…何を考えているのでしょうか…)
アルカディアが内心で呆れている時、真月がようやくその口を開いた。
「…やはりその程度か。一介の神如きが…私に敵うとでも?」
真月の周囲に赤黒い魔力が集まっていく。
「"白花車の零落"」
真月が指を鳴らすと、その音が響くと同時にリーフェウス達の周りを赤黒く重々しい斬撃が飛び交った。
「これ…!当たったら絶対まずいぞ!」
「言われずとも分かっている!少年は私の身より自分の事を案じろ!」
アルカディアはちゃっかりバリアを張っているのでノーダメージだった。一方、その横には珍しく冷や汗をかいているラビアがいた。
(…ちょっと計算外だ。真月がここまで強いだなんて……まぁ僕が権能の示す情報を信じてないが故の計算外だけど…やっぱり僕の作戦は間違ってなさそうだ)
そんな思いを巡らせるラビアに向かって、リーフェウスが叫ぶ。
「ラビア!アンタが深淵に行かせた奴らは何をしてるんだ?」
「…まだ確認が取れてない。1つだけ確かめたら…アイツらにも働いてもらうよ」
リーフェウスにはラビアの言っている意味がよく分からなかったが、少しでも集中を切らしてしまっては致命傷を負わされてしまう。と、ここでしばらく攻撃を受け続けていた真月が突如として口を開いた。
「"万里に亘る冒涜"」
真月が短く呟くと、赤黒い波動がリーフェウス達に向かって飛んできた。
「これは…私の祝福が打ち消された…?」
未経験の事態に動揺するアルカディアをよそに、真月は追撃する。
「"迫り来る陰翳"」
今度は暗い紫色の波動が放たれ、リーフェウス達に襲いかかる。
「何だこれ…視界が悪く…」
真月はある程度攻撃を受け続けては、時折反撃するという立ち回りを繰り返していた。だが、セツがその繰り返しを破るかのように、真月に向かって突撃していく。セツには何か思う事があるようだ。
(この者が扱う力は…私の魔力と似ている。私の正体など大して気にした事はなかったが…この者からは何か知る事が出来るかもしれない)
「…結論から言おう、黒い槍使いよ。私は君の正体を知っている」
「何だと?」
「けど、今教えるつもりはない。安直だけど…私に勝てたら教えてあげよう」
「…なるほどな!」
セツは3次元的な動きで四方八方から攻撃を仕掛ける。淵気を纏っている事も相まって、それはまるで黒い流れ星のようだった。
「…鬱陶しいな。耳元で蚊が飛んでいるかのようだ」
真月は両手を広げ、真っ黒な魔力を集め始める。
「"夜堕し"」
その両手が下ろされると同時に、漆黒の光芒が周囲を包んだ。それは、先程のダメージが蓄積しているとはいえ、アルカディアのバリアが破壊されるほどの威力だった。
「流石…神の上位互換だな。格が違う…!」
リーフェウスがそんな台詞を漏らした時、真月は右頬にヒリヒリとした感覚を覚えた。
「…?」
真月が手を添えると、そこには赤い液体が付着していた。
「血か…」
真月が"夜堕し"を発動させる直前に、セツの槍先が真月の頬を掠めたのだ。
「顔を上げろ少年!確かに奴には攻撃がほとんど通らないが…あくまでもほとんどだ!通用するまで殴り続けろ!実力で負けているのなら、執念で勝利を掴み取るまでだ!」
セツがリーフェウス達を鼓舞するように叫ぶ。その言葉を聞いて、リーフェウス達はゆっくりと立ち上がる。
「…そうだな。例え擦り傷でも…大量に負わせれば大怪我だ!」
「塵も積もれば山となる…よく言ったものです」
ようやく希望が見えてきた。果てしない道のりではあるが、勝ち筋が見えた。だが、忘れてはいけない。真月は穢れの神…つまり、希望とは対極に位置する存在だという事を。
「愚かしい」
真月が短く吐き捨てると、その背後から数本の赤黒い管が伸びてきて、真月の背面に繋がった。どうやら何かを供給しているようだ。すると…
「何…!?」
真月の右頬の擦り傷が完治した。
「君達の希望も…所詮は私の掌中。握り潰すなんて容易い事だ」
そして真月は、増幅した魔力を誇示するかのように空虚な微笑みと共に呟く。
「世よ、暗澹たれ」
真月は再び指を鳴らして、"白花車の零落"を発動させる。
「なんか斬撃の数が増えてないか…!?」
「あの管は傷の回復の他に、力の増幅の役目も担ってるんだね」
「何冷静に分析してるんだ」
「冷静さを欠いたら終わりだよ?」
「忘れてるかもしれないが俺まだ3歳だぞ」
「この局面で言う事じゃねぇだろ」
真月の攻撃が徐々に激化していく中、ラビアが突然リーフェウス達に言う。
「さて、確認も取れた事だし…僕ちょっと行ってくるよ」
その予想外の台詞に、思わず真月も攻撃の手を止める。
「行ってくるとは…どこにですか?」
「アイツらのとこ。すぐ帰ってくるけど、それまでは死ぬなよ。あと…攻撃の手を緩めないでくれ」
それを聞いた真月は、依然として空虚な笑みを浮かべながらラビアに言う。
「何処へ行くつもりかは知らないが…如何にしてここから脱出する気…」
真月の台詞を遮って、ラビアは禍々しい色の壁を思いっきりぶん殴る。すると、遥か上空に位置する赤い月の側面に、人が1人通れるくらいの大きさの穴が空いた。
「じゃ」
ラビアはそのまま穴から飛び降りた。すぐにその穴は塞がったが、少しの間静寂が辺りを包んだ。やがてリーフェウスは武器を構え直して、真月に向かって呼びかける。
「や…やるか?」
「…そうだね」
彼らの戦いは未だ続く。
キャラクタープロフィール
名前 真月
種族 概念種(神の亜種)
所属 なし
好きなもの なし
嫌いなもの 全て
権能 負の概念とそれを連想させる全てを司る力
作者コメント
本っっ当にやっべぇ奴。生憎交戦してる奴らが緊張するタイプではない為に伝わりにくいが、少なくとも人間が太刀打ち出来る相手ではない。真月は他者の事をどうとも思っていない為、基本的に群れない。そして真月が他者を害するのは、スカーヴのように信念や目的がある訳でも、ジェストのように己の愉悦の為にやっている訳でもない。それが彼なのだ。それが「真月」という神なのだ。イメージした言葉は「禍津」「穢れ」「神」




