第八十二話 顕現
ラビアによる作戦が伝えられた翌日。とうとう例の騒動の元凶であり、今まで交戦してきた赤月の使徒達の親玉でもある『月』との決戦の日がやってきた。
「やぁ皆。緊張してる?」
萬屋の中からヒラヒラと手を振りながら出てきたラビアが、一足先に集まっている仲間達に向かって呼びかける。
「そりゃするぜ…むしろお前は緊張しないのかよ?」
多少不安そうにそう言ったのはヴァルザだった。
「する訳ないでしょ。何年やってると思ってんの?」
「お前に聞いたのが間違いだったな…」
ヴァルザが呆れていると、カロスが腕を組みながら問いかける。
「確認だが、本当に人間組と私とセイリアは深淵で待機…それで良いのだな?」
「うん」
「軽いな…本当に星を背負っているとは思えない」
「だって…さっきも言ったけど、僕はもう何回もこういう事やってるし。緊張してんのは君達だけだよ」
その『だけ』が大多数を占めている訳だが。
「…まぁとにかく、健闘を祈るぞ」
それだけ言い残して、人間組とカロス、セイリアは6人という大所帯で深淵に向かった。そして萬屋の前には、リーフェウス、セツ、ラビア、アルカディアの4人が残された。
「月と戦うと言っても…どこに向かえば良いんだ?」
そんなリーフェウスの問いに、ラビアは真上を指差して答える。
「アレだよ。あの赤い月」
ラビアが指差した先には、まだ朝だというのに薄気味の悪い赤い光を放つ満月が浮かんでいた。
「あそこか…どうやって行くんだ?」
「これだよ」
ラビアは右手で正面の空間を引き裂き、端に黒いグリッジが走っている穴を空けた。
「さ、行こ」
「アンタ本当つまらないな」
「同感だ」
「同感です」
4人は黒い穴を通り抜けて、月の本拠地である赤い月へ向かった。
「う……なんだここは」
通り抜けた先に広がっていた光景に、リーフェウスは思わず声を漏らす。そこには赤黒い何かで構成された空間が広がっており、前方には黒い外套に身を包んだ男が背中を向けて立っている。
「おや……客人か」
男はゆっくりと身体の向きを変え、リーフェウス達に顔を向ける。
「初めまして。私は『真月』…君達が目当てにしている『月』だ」
(何だ…この者の目は……夜空よりもずっと暗い…何も写っていないかのような目をしている…」
その時、セツは少しの違和感を覚えた。それと同時にリーフェウスがセツに聞く。
「セツ…どうした?突然独り言を言って…」
考えている事が無意識に口に出るという異様な現象が起こったが、セツは本能でその原因を理解した。
「…お前の仕業か」
セツがその黒い槍を向けた先には、真月の姿があった。
「そうだよ。これには何と名前を付けたのだったか……ああ、思い出した。"自壊する堰堤"だったか」
「技名付けるタイプなんだ…」
少し意外そうにしているラビアの呟きを無視して、真月はアルカディアに目を向ける。
「…見知った顔が居るね」
「…」
アルカディアは沈黙している。
「まぁ別に良い。そもそも使徒は、安定した悪感情を私に供給する為に作ったものだ。戦力としては期待していない」
アルカディアという決して小さくはない戦力を失って尚、真月は一切動揺した様子を見せない。
「要件は分かってるよ。君達のそれも悪感情だからね…さぁ、前置きはこれくらいにして…そろそろ始め」
その時、真月の台詞を遮るように銀色の光芒が降り注ぎ、真月の身体を大爆発が包んだ。ラビアの背後には、『消滅』の文字が刻まれた光輪が浮かんでいる。
「いきなり何やってんだアンタ」
「貴方という人は…」
「黙ってろって。どうせ死んでないから」
土煙が勢いよく晴らされ、その中から真月が姿を現す。
「どういう事だ…あの攻撃を受けて傷1つついてないだなんて…!」
セツは驚きの声を上げるが、当のラビアにとっては全然想定内だったようだ。
「…ああそうだ。私の権能について…まだ話してなかったね」
リーフェウス達の周囲に不協和音が響き渡る。
「私の権能は…『負の概念とそれを連想させる全てを司る力』だ。あえて表現するのなら…私は『穢れの神』といったところか」
その文言を聞いて、リーフェウスの心拍は加速する。何故ならば、かつてそれと似たような言葉を聞いた事があるからだ。
「今…何て言った…?じゃあアンタは…!」
「フフ…そう…」
「私は…かつて神々の戦いにて、アイオーンに封印された神だ」
「…そろそろだと思ってたんだよね。アイツ…『封印の効力は数千年』とか言ってたし」
真月は威嚇するように赤黒い魔力を解き放ち、そしてリーフェウス達に告げる。
「さぁ…夜に溺れよ、羽虫共」
この星の命運を懸けた戦いが、今始まる。




