第七十九話 stagnant night
すげぇどうでもいい豆知識
武器を自由に出したり消したりするのは、練習すれば割と誰でも出来ます
ただ「非戦闘時に邪魔にならない」って事くらいしか利点が無いです
「さて、この者をどうしようか…」
地面に伏しているジェストを見ながら、カロスはジェストの処分を考えていた。
(今までの私であれば迷いなく首を落としていただろうが…気が進まないな。何故だろうか…躊躇いが生まれているのか?)
そんな時、ジェストの身体から軋んだような音が聞こえてきた。
「もう起きたのか…?」
ジェストは顔を上げていたが、何やら様子がおかしい。その顔には生気が無く、関節の位置が操り人形のような不自然な場所に移動している。それに、よく見るとジェストの身体に向かって、空から薄い糸が垂れている。
「ワ………ワタシ……は…」
いつの間にか脇腹の傷が治っているジェストは、腕や足をあり得ない方向へ回転させ、その糸を無理矢理断ち切った。ジェストの関節部からは血が流れ出し、まさに糸の切れた人形のように地面に再び倒れ込んだ。
「な…何がしたいんだ…?」
流石のカロスもドン引きである。その動揺が続いている中、ジェストが再び立ち上がった。まるでゾンビのような、気色の悪い立ち上がり方だった。そして身体を起こしきった時、ジェストは口の両端が裂けんばかりの大口を開けて叫び出す。
「哀れ……」
「何?」
「哀れ哀れ哀れ哀れ哀れ哀れ哀れ哀れ哀れ哀れ哀れ哀れ哀れ哀れ哀れ哀レ哀レ哀れ哀れ哀れ哀れ哀れ哀れ哀れェェェェェェェェェェェェ!!!!」
その突然のジェストの大絶叫で、カロスはもう訳が分からなくなってきていた。
「まさカ!!コノ世界が!!!?紛い物??マガイ物ぉぉ??!?アナタ達も!ワタシも!!糸に繋がれた哀れな人形だッタのデスか!!?!?」
「世界が紛い物だと?何を言って…」
カロスの質問を遮って、ジェストは海老反りになって叫ぶ。
「で!す!ガ!!ワタシは解放サレま死た!!!今!!今ァ!!!糸を断ち切り!支配かラ逃れたノです!!!」
カロスは無言で大鎌を構える。
「ああ…!ああ…!!!こんナニ気分が高まッタのはイツぶりで死ょうか!?!ああ楽死い!!楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しいィィィィィィィィィィィィ!!!!!」
喉から血が吹き出そうなほど激しい叫び声を上げながら、ジェストは両手に持ったメスで…自分の両目を抉り出した。
「っ…!?」
もうカロスは動揺を隠す事が出来ない。
「なンと!!コレは!!この脚本ではお決マリの!!!形態変化!!?良いデショウ!!!良いで死ょう!!!最高の!最紅のショーをお見せしますよォォォォォォォ!!!!!」
その瞬間、ジェストの全身が血管のような物で包まれ始めた。それはサナギのような形を作り、やがて内側から破られていく。そこから出て来たのは…
「本当に……君は人間なのか?」
先程眼球を抉り出した両目は赤い糸で無理矢理縫い付けられ、背中からは人間の血管で作られた翼が2枚。縫われた両目と口、耳、からは絶えず鮮血が流れ出ており、その顔には狂気が滲んだ笑顔が浮かんでいる。
「電話線はツナがってイ升か? 37枚{の) テレビ 山ヲ飲むコトは出来ル? LANケーブルは擦りキレタ ナニヲ呆けてイるの出? 貴方に言っているのです」
最早ジェストは何を言っているのか全く理解出来ない。例えどこぞの全てを知る者であっても、ジェストが発する言葉の意味を理解するのは至難の技だろう。
「茹でタ電柱はゴミ同然 逃レタ者の前から軋ンだ 何故ダか話は今マデ以上 奴は愚かナ友人達」
支離滅裂も良いところな理解し難い言葉を羅列しながら、ジェストは接近戦を仕掛けて来る。
「そんな小さな刃物では相性が悪いだろう?」
カロスがジェストの頭部を狙って鎌を振り下ろす。その時、ジェストが突然カロスに向かって口を開けた。すると…
「いっ…!?」
ジェストが開けた口の中から銃口が現れ、鉛玉がカロスの頬を掠めた。
「ビックリ人間じゃないか…」
カロスが面倒そうに呟いた時、ジェストはメスで自分の左腕を切り落とした。カロスももうこれくらいでは驚かない。
「最低気温ヲ誰でモ出来ます 君にはどうアレ呟く血管 裏切らレタが笑った者を 夜遅くなっテはもう一度」
そして、ジェストは切り落とした腕をカロスに投げつけた。その腕は爆散し、飛び散った血がカロスに降りかかる。
「おいこの服私の一張羅だぞ」
カロスが血を拭い終えると、頭上から大量のメスが降ってきた。ジェストが空中を跳ね回りながら楽しそうにメスを投げている。
「寝るとイウから月ニの方 腹が故にナル多々なる早さ 変貌した後頭部ニ乗せた 振って無いカラ鉄を免レ」
更に、一部のメスは着弾と同時に爆発して、土煙でカロスの視界を悪化させる。
(まずいな…何か打つ手を考えなければ……)
その時、カロスは胸部に微かな痛みを感じた。手を当ててみると、カロスの心臓の辺りに小さな穴が空いている。そして、カロスの背後には2人目のジェストが拳銃を構えて立っていた。
「なるほど…分身か……」
カロスはそのままうつ伏せに倒れる。ジェストはカロスの身体に近寄るが、すぐに何かを察知して飛び退いた。カロスの身体を魔力の奔流が包んでいく。
「知性はまだ生き残っていたようだな。死神に…死が訪れると思うか?」
その声と共に、魔力の奔流の中からカロスが蘇った。銀色の長髪は乱れ、背中からは赤黒く鋭利な触手と、枯れ枝のような2枚の翼が生えている。ジェストは何も言わなかったが、カロスの目には警戒を強めているように見えた。
「私が直々に…君に死を授けてやろう」
ジェストは左腕を再生させ、刃の弾幕と狂ったような笑い声と共に突撃してくる。
「狂気が神をも喰らう事はあるだろうな。だが、少なくとも私を狂気で喰らうのは不可能だ」
カロスは右手の人差し指をかざすと、飛来する全てのメスを凍りつかせた。それでもジェストは気にせずにカロスの喉を狙う。
「死ね!死ネ!!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねェェェェェェェェェェェェ!!!!」
「ようやく意味の通じる言葉を話すようになったか」
カロスは幾つもの光の針を出現させ、ジェストの四肢に突き刺す。
「終わりだ」
そしてカロスは左手に魔力を収束させ、ジェストに向かって解き放つ。ジェストの身体は白い大爆発に包まれ、辺りに轟音が鳴り響いた。
「…」
土煙が晴れた時、そこには元の姿に戻ったジェストと、その首元に鎌を添えるカロスの姿があった。
「…殺しなさい。ワタシは負けた。ワタシの生殺与奪は、アナタの手中にあります」
「…」
だが、カロスは一向に静止したままだ。
「何を躊躇っているのですか?」
「……かつて、私と刃を交えた者がいた。互いの信念の為に、私達は命を賭して戦った。結果は私の負けだった…だが、その者は私を殺そうとはしなかった」
「…何が言いたいのです」
「決着をつける術は、何も殺すだけじゃないという話だ。私は君を殺さない。無論、君に殺されるつもりもないがな」
「では…ワタシをどうすると?」
その時にカロスが放った言葉は、ジェストの予想を大きく外れる物だった。
「ヴェンジェンスで…私の下で働け、ジェスト」
「はぁ?」
「どの道罪は償わなければならないだろう?それに、私の組織は常に人員不足に悩まされている。この誘いに乗ってくれるのなら、相応の褒美も与えられるんだがな」
「褒美?」
「ああ、例えば…私が許可した者は、君の好きに弄んで構わないぞ。奈落にも救いようのない悪人は居るからな」
それは、確かに今のジェストにとってはこれ以上ない程の褒美だった。その台詞を聞いた瞬間、ジェストは元気を取り戻した。
「アハッ!良いデショウ!良いでしょう!!ワタシはアナタの下で働く事に決めました!」
「よし。私の部下になる以上は、私の言う事はしっかりと聞くんだぞ」
こうして、カロスは新たな部下という土産を連れて屋敷へと帰っていった。一方、ジェストはカロスの横でこんな事を考えていた。
(月……アナタの目的は、そろそろ果たせそうデスか?)
その夜の月は、僅かに赤みを帯びていた。




