第七十七話 カニバル☆カーニバル
割とどうでもいい豆知識
魔族の見た目はほぼ人間と変わりません。
追記
グロ描写が苦手な人は七十九話までは見ない方が良いです
リーフェウス達が郊外でスカーヴと交戦していた頃、奈落でも1つの騒動が起こっていた。
「ハァァァ……」
仕事に対する疲労からか、部屋中に鉛色の溜め息を撒き散らすカロス。そんな時、部屋の扉が軽く叩かれた。
「入れ…」
「失礼するわよ、主様」
「灰縁か…何の用だ?」
「さっきこの屋敷に来たのよ。治安担当の魔族の人が」
「だから何の用でだ」
「急かさないでほしいわ…寝てないのは私も同じなのよ」
灰縁はカロスと似たような溜め息を吐き、用件を話し始める。
「何年か前に主様が檻に放り込んだ『彼』…脱獄したらしいわよ」
その瞬間、部屋の中に吹雪が吹き荒れる。壁や天井は凍りつき、比較的薄着の灰縁は胴体を抱えて身震いする。
「ちょっと…私の事も考えて欲しいわ」
「いや…すまない。まさか今になって…彼の事を考える事になろうとはな」
「まぁ無理もないわ…彼が入ってたのは、1番罪の重い罪人が入る厳重な牢屋だったものね」
「…灰縁」
「ええ、分かってるわ…」
「最大級の警戒と安全確保の指示、でしょ?出来るだけ広い範囲に」
「ああ…頼んだぞ。ハァ…また私の書類仕事が遅れていく…」
何気にカロスは今まで寝巻きだったのだが、いつもの戦闘用の服に着替え、大鎌を握って屋敷の外へ繰り出した。
「まずは聞き込みか」
カロスは最初に、脱獄が起こったという牢獄に向かった。門に近づくと、普段なら顔パスで通してくれる門番の魔族が、何故かカロスに武器を向けた。
「…何の真似だ?」
「その目つきと声音…失礼しました、死神様」
どうやら、門番には何か事情があるみたいだ。
「どういう訳なのか聞こうじゃ……ちょっと待て。『声音』は100歩譲って良いとして、君は私を『目つき』で判別しているのか?私一応君の上司だぞ?」
「はい、あの容赦無く他人の命を奪いそうな表情は、紛れもなく我が上司の顔ですので」
(ああそうか。魔族に配慮を求めた私が馬鹿だったな)
カロスが内心で呆れていると、門番の魔族はカロスが質問するより先に話し始める。
「申し訳ありません…以前から目撃情報のある脱獄囚は、変身能力を持っているとの事だったので」
「なるほど…それで私を疑った訳か。良い判断だ」
そこで、カロスは異変に気づく。
「…うん?『以前から』…?彼が脱獄したのは昨日やそこらの話ではないのか?」
「そうです。現在収監されている囚人の中で1番の重罪人が故、牢の出入り口の見張りも人数を十二分に割いていました。当然、目を離す事はありませんでした」
「その上で逃げられたと?」
「ある日…一瞬。本当に一瞬だけ、悲鳴のようなものが聞こえたのです。ですが、当時の私は気に留めませんでした。確認にも行ったのですが、牢の扉も看守達にも、何も変わりはなかった…そう思っていました」
「…何で少しドラマチックに話すんだ?」
「その直後、脱獄の騒ぎがありました。時間にして、僅か5分後程です。私も急いで現場に向かいましたが、そこには……惨い殺され方をした看守達と、崩れ去った扉がありました…遺体の詳細も話しましょうか?」
「いや、いい…そもそも死体が残っている時点で、おおよその状態は想像出来る」
「脱獄囚は、先程話した変身能力に加えて『物の見た目を変える力』を持っている、というのが我々の見解です」
「…分かった。この施設内に彼に関する資料はあるか?囚人なのだからあると思うんだが」
「それが…脱獄する時に、一緒に持ち去ったようです」
「チッ…手間のかかる…」
カロスはその門番に礼を言い、一旦屋敷に帰って来た。
「灰縁、居るか」
「なぁに?」
「君に目撃情報を伝えた者の特徴を教えてくれ」
次にカロスが取ろうとしている行動は、脱獄囚の最後の目撃地点を知る事だ。
「目立つ赤髪の魔族だったわ。あと左腕に傷があったわね」
「分かった。ありがとう」
「それだけで良いの?赤髪の子なんて沢山いるじゃない」
「いや、それだけ分かれば大丈夫だ」
短く言い残すと、カロスは空間を捻じ曲げて黒い穴を作り、その中へ消えた。
「本当…便利な能力ね…」
灰縁は1人呟いていた。
「さて…この辺りに見えたと思ったんだが」
カロスは周辺一帯の魂を見て、灰縁の情報と合う見た目の人物を探していた。
「まぁ1箇所に留まる訳もあるまいか…」
それからカロスは辺りを歩き回る。少しして、カロスの鼻に異臭が漂ってきた。それは今通りかかった路地から来ていた。
「血…?」
人間だった頃から幾度となく嗅いできたその匂いに、カロスは警戒を強める。そして、その路地に何かがある事を確信して、路地に入っていく。
「…これは酷い」
そこにあったのは、頭部と両腕が切断された魔族の遺体だった。その遺体の付近の壁には、被害者の血で『jest』と書かれている。
「…奴か」
その時、カロスの正面から機嫌の良さそうな鼻歌が聞こえて来た。
「〜♪〜♪〜〜♪〜」
カロスが顔を上げると、そこには記憶の通りの姿…中折れ帽子と黒いコートに身を包んだ、糸目で白髪の男が立っていた。
「フフフフフフ……♪…お久しぶりデスねェ、死神様♪」
「君は……ハァ…相変わらずだな」
カロスは平静を装っていたが、内心少し驚いていた。その理由は…
「フフフ…やはりコレは…いつ食しても美味なものです…♪」
彼の手に握られていたのは赤髪の魔族の頭部であり、彼が話しながら食べていたのは…その魔族の薬指だったからだ。
「さてさて…用件ハ分かってますよ♪…ワタシを捕らえに来たのでしょう?」
「…ああ、出来るのなら大人しく縄について欲しいんだがな」
カロスの呼びかけに対する答えとして、彼はどこからか数本のメスを取り出し、それを両手の指の間に挟んだ。
「遊びましょう♪遊びまショウ♪…ルールは1つ、単純デス♪互いの命の灯火が、先に消えた方の負け…さぁ、始めましょう!」
もう会話は通じないと判断したカロスも、大鎌を構えて戦闘態勢に入る。
「改めて名乗りまショウか!ワタシは赤月の使徒、『道化師』ジェストですよ!」
死神vs道化師の戦いが幕を開けた。




