第?話 不滅の反意、劫火の如く(前編)
尺の関係で書けなかった事
スカーヴがリーフェウスを殺そうとしていたのは、決して闘争心が理由ではありません。「噂のマフィア狩りがフィクサーに負けた」という事が知れ渡ってしまえば、色んな組織がリーフェウスを雇う筈です。そうなればスカーヴには不利益しか無いので、彼はリーフェウスに勝とうとしてたんです。まぁ、スカーヴはリーフェウスが裏から足を洗った事を知らない訳ですが。
スカーヴは物心がついた時から、暗く狭い部屋の中にいた。スカーヴは、郊外を根城にするとあるマフィアにこき使われている、所謂『奴隷』だった。夜は、2人で横になれるかどうかという狭さの部屋(というかサイズ的には最早独房)に5,6人の子供が押し込まれ、日中はマフィアの資金源となる鉱石の採掘を主に行っていた。そんな苦痛しか存在しない場所で、スカーヴは育ってきたのだ。
「やっと夜か…」
一応、ここの奴隷達は夜間は作業を止める事を許されている。ただし、過酷な生活で精神が壊れた一部の者は、昼夜問わず狂ったようにツルハシを振り続けているが。
「ほら、今日の分の飯だ」
その声と共に、スカーヴの部屋にいる人数分のパンが、分厚い扉に空いている小さな穴から投げ入れられた。勿論、人数分と言っても1人分はせいぜい1切れ程度の量だが。
(…この量の飯でも、食わなきゃ生きていけない)
それは、スカーヴがよくかける自己暗示だった。その少量のパンを食べながら、同室の者と他愛も無い会話をする。それが、ここの奴隷達の唯一の憩いだった。
「スカーヴってお母さんとかいないの?」
同室のとある少女が聞いた。
「…いないな。記憶も無い。俺は幼い頃に、ここの近くに倒れていたそうだからな」
「そうなんだ…」
「というか、仮に居たとしても見る事はねぇだろ?」
今度は、その少女の隣の少年が言った。実は、この施設には大人が居ない。皆例外なく、16歳になると姿を消すのだ。ちなみに、部屋は年齢ごとに分けられている為、今会話に参加している5,6人は全員同い年である。
「皆どこに行ったんだろうね?」
「俺、この前聞いてみたぜ」
「お前…命知らずだな……で、答えは?」
「へへ…聞いて驚くなよ…」
その少年の焦らしに、全員が息を呑む。
「16歳になった奴らは…ここから出られるらしいんだ!」
「…それ本当?」
「信じ難いな。何か根拠になる物は無いのか?」
「しっかり聞いたさ…それくらいの歳になると食べる量が増えるから、ここに置いておけないんだってよ」
「私達が今12歳だから…」
「あと4年で…ここを出られるのか」
「待ち遠しいよな…!絶対…皆でここから出よう!」
当時のスカーヴは年齢の割に疑り深く、同い年の人間と比べて些か頭の回る人間だった。それ故に、こんな劣悪な環境で子供に重労働をさせる者達が、たかが『食べる量が増えるから』程度の理由で労働力を減らすのだろうか。スカーヴの脳内にはそんな疑問が浮かんでいたが、いくら頭が回るとはいえ所詮は子供。深く考える事も無く、その日の彼は眠りについた。いつの日か、青空を見る事を夢見て。
それから、4年の月日が経過した。スカーヴ達は16歳になり、とうとうこの忌まわしい場所から出られる事になったのだ。
「今日で全員16歳になったのね…という事は…!」
「ああ、やっとここから出られるんだ!」
スカーヴを含めた全ての奴隷達は、例え満足に風呂にも入らせて貰えなくても、毎日1,2切れのパンしか与えられなくても、理不尽な暴力を振るわれても、この日の為に耐えてきた。部屋中が静かな歓喜に包まれている。それは、スカーヴも例外ではなかった。
「おい、そろそろ時間だ。出ろ」
今までは仕事の時間以外で開く事のなかった鋼鉄の扉が、ゆっくりと開いていく。
「ついて来い」
人相の悪い男が、スカーヴ達を先導していく。途中までは誰も喋らなかったが、やがて1人の少女が言った。
「あの…!ありがとうございます…!」
その感謝の言葉は、恐らくこの施設から出してもらえる事に対する物なのだろう。
「…?ああ…」
それに対して、男は歯切れの悪い返事をした。そしてすぐに、何かに気づいて大笑いし始める。
「ハハハハハハ!!…お前ら…何か勘違いしてるぞ」
「え…?」
「俺も奴隷共の間で流れてる噂は知ってる…『16歳になったらここから出られる』って話だろ?」
「は…はい」
「誰がそんな事を話したのかは知らねぇが…半分正解だ」
その時、周囲に乾いた音が響いた。スカーヴがふと横を見ると、スカーヴの真横にいた少年が胸から血を流して倒れていた。
「正確には…『死体になって』外に出られる、だ」
一斉に発砲音が鳴り響いた。スカーヴ達の正面に立っていた男が、小銃を乱射しているのだ。唯一の希望は握り潰され、苦楽を共にした同胞は今目の前で鏖殺されている。スカーヴは錯乱していた。そんな錯乱の果てに、スカーヴの取った行動は…
「…っ!」
逃走だった。当たり前だ。いくら相手が1人とはいえ、相手は武器を持っている。その上スカーヴは碌に食事もしていない為、どう考えても勝ち目など無かった。
「あ!おい!……まぁいいか1人くらい。どうせ何が出来る訳でもねぇ」
そんな男の呟きなど耳に入ってこないスカーヴは、ただ一心に出口へ走っていた。だがその時、彼は確かに聞いた。苦痛や悲哀に満ちた、同胞達の声を。
「……!スカーヴ!」
「スカーヴ!……ろ!」
銃声に紛れていて大半は聞こえなかったが、彼らは何度もスカーヴの名前を呼んでいた。その悲痛極まりない声を聞いて、スカーヴは必死に謝罪する。
「すまない…すまない…!」
その時が、彼が人生で唯一涙を流した瞬間だったという。
出口まで差し掛かった辺りで、スカーヴは異変に気がついた。先程まで鳴っていた耳を貫くような銃声がピタリと止んでいるのだ。単純に全員殺し終えたのかとも考えられるが、それにしたって静か過ぎる。
「…何だ?何が…」
スカーヴの中で、『引き返して状況を確かめたい』という気持ちと『同胞の死体を見たくない』という気持ちがせめぎ合っていた。そんな時だった。
「やぁ」
「なっ…!」
突然、後ろからスカーヴに声をかけた者がいた。黒い外套に身を包み、夜空よりもずっと黒く生気を感じない目をしている不気味な人間だった。
「誰だ…お前は…」
「私は……うん、たまには違う名乗り方をしてみようか。私は『真月』。これから私の事は月と呼んでくれ」
「ああ…」
真月と名乗った人物は、青年のような外見とは裏腹に、些か少年のような声で話す。
「私の素性については話す気はないけれど……とりあえず言っておこう。私は君の力になりに来た」
「俺の?」
スカーヴは先程新たな異変に気がついた。空が赤く染まっているだけではなく、鳥が、砂埃が、空に浮かぶ雲が、全て止まっているのだ。そしてスカーヴは、本能的にそれが真月の仕業だと勘づく。その時、スカーヴが真月に抱いた感情を感じ取ったかのように、真月は人差し指を唇に添えながら言う。
「私を恐れるのはやめた方が良い…君に何が起こるか、保証は出来ないよ?」
スカーヴは寒気に似た感覚を味わったが、真月の警告通りにして、話題を逸らす。
「俺の力になるとは…どういう事だ?」
「言葉通りの意味さ。私は君の内に秘めた感情を知っている…それを利用すれば、君は君の望みを叶えられる」
スカーヴには、真月の言っている事がよく理解出来なかった。
「……信用出来ないな。生憎だが…たった今裏切られたばかりなんだ」
スカーヴが言い放つと、真月は不気味な微笑みと共に呟く。
「ああ…良い感情だ…」
(何なんだコイツは…薄気味の悪い)
「信用出来ないのならそれでも良いさ。今回はお試し…君に与える予定だった力の一部を、今与えよう」
スカーヴは一瞬意識が飛んだ。そして次に気がついた時には、真月は消えており、スカーヴの左手には刀が握られていた。それは、血のような鮮やかな赤色の刀だった。
その頃、あの施設内では…
「ふぅ…これで全員だな。手こずらせやがって…」
小銃を持った男が『ビシャビシャ』と音を立てながら、血の海を歩いていく。
「さて、仲間に知らせて死体の回収を…あ?」
途中から、血を踏んだ時の水音が聞こえなくなった。液体を踏んでいるという感触も無い。海のように流れ出ていた大量の血が、一瞬にして消え去ったのだ。
「こいつは一体…」
「知りたいか?」
男が振り向くと、逃げたはずのスカーヴが入り口を塞ぐようにして立っていた。
「お前…!逃げた筈じゃ…」
男が言い終わるより先に、スカーヴは男の首を刎ね飛ばした。
「フン…これが月の言う『力』か…悪くない」
スカーヴが感心していると、酷い頭痛や悍ましい姿をした人間の幻覚と共に声が聞こえてきた。
『なんで逃げた?』
『助けて欲しかったのに』
『お前も苦しめ』
『何故お前だけが』
『死ね』
「これ…は…」
その声は、憎悪に染まりきった同胞達の声だった。
(当然だ…俺が憎いだろう…殺したい程に…)
そしてその幻覚達は、最後にはいつも同じ事を言う。
『殺せ、俺達の、私達の仇全てを。そして苦しめ。お前は2度と正道には戻れない』
その幻聴に対する、スカーヴの答えは…
「……あと…何人だ」
本文の描写では分かりにくそうなので解説
スカーヴの刀は殺された同胞達の血から出来ています
だから赤いんです




