第七十五話 黄泉帰りし血闘者
スカーヴとの戦いに決着がつき、5人は萬屋に帰ろうとしていた。だが、全員の気持ちはどこか釈然としていなかった。ラビアはそんな事なかったが。ラビアに傷を治してもらいながら、リーフェウスが呟く。
「…セツにはなんて言えば良いんだろうな」
「仕方ねえだろ。あっちは殺しに来てたんだからな。セツってそういう話に関しては、結構物分かり良いだろ」
「そうよ。命のやり取りをしてる以上、避けられない事だわ」
リーフェウスが仲間達の言葉に納得しかけていた時、少し歪んだような声が周囲に響いた。
「この程度で勝ったつもりか?」
リーフェウス達は反射的に背後を振り向く。何故なら、その声がどう聞いてもスカーヴの声だったからだ。
「スカーヴ…?」
「生きてるのかよ…!」
「ラビアに微塵切りにされたってのにか!?」
「料理みたいな言い方やめてくんない?あと原型は留めてただろ」
その瞬間、スカーヴの死体から緋色の光が放たれ、その光が周囲を包んでいく。そして…
「また会ったな、フィクサー」
緋色の光の中から、ラビアが殺した筈のスカーヴが姿を現した。ただし、その姿は先程までとは異なっている。黒かった髪は真っ白に変わり、赤い刀と両目を目立たせている。更に、右肩からは赤黒い片翼が生えている。
「教えてやろう、俺のもう1つの能力は…『反意を抱いた対象に反逆する力』だ…!」
「なるほど…伊達に『反逆者』を名乗ってはいないという事か」
「今の場合、恐らくスカーヴは『自分の死』に反逆したんだね…流石使徒だ。お見事、だよ」
ラビアでさえも賞賛するほど、スカーヴは高い実力を有しているのだろう。明らかに様子の違うスカーヴを見て、ヴァルザ達も武器を構える。だが…
「お前達の出番は来ない…俺はまだ使っていない技がある」
その台詞を聞いて、リーフェウス達は警戒を強める。
「これは…フィクサー。お前を殺す為に編み出した技だ」
「俺を…?」
地味に唯一リーフェウスが『フィクサー』である事を知らないヴァルザが首を傾げている。
「さぁ…勝負だ!"闘式 賭命決闘"!」
その掛け声と共に、スカーヴは刀を勢いよく横に振る。すると、赤い軌跡が裂け、そこから万華鏡のような模様の光が放たれた。光が収まった頃には…
「…あっ!リーフェウスがいない!」
「スカーヴもいないわ…どこに行ったのかしら」
その頃、リーフェウスとスカーヴは不気味な空間にいた。空や地面は赤黒く染まり、傾いたり損傷したりしている鳥居が散在し、遠くには赤黒いブラックホールのような物が見える空間だった。
「ここは…どこだ?」
「名前は無い。強いて名付けるのなら…『決闘領域』とでも呼ぼうか」
「スカーヴ…!」
「この領域のルールは3つ。1つ、領域内の全ての生物は魔力を完全に抑制される。2つ、領域内で負った傷は現実に戻れば治る…ただし、生きていればの話だがな。そして3つ…俺が指定した方法以外で、この領域から脱出する事は出来ない」
「…」
声高に解説するスカーヴに、リーフェウスは呆れ顔で疑問を呈する。
「…なんでわざわざ説明するんだ?」
「公平な戦いでなければ、お前に対する復讐にならないからな」
「なるほどな…なら、ここから出る方法も教えてくれるのか?」
「当然だ…ここから出る方法は2つ。俺が負けを認めるか、どちらかが死ぬかだ」
「脱出方法は全然公平じゃないな…」
「黙れ」
その頃、外ではラビアによって、スカーヴの発言とほとんど同じ説明がされていた。
「じゃあ…今アイツらは2人きりで殺し合ってるって事かよ…!」
「しかも魔力が使えないなんて…」
「それはスカーヴも同じだよ。この戦いは正真正銘、実力だけが物を言う勝負だ。僕達に出来る事は、リーフェウスが勝つ事を信じるだけだよ」
硝光の言葉通り、スカーヴとリーフェウスは真っ向からの斬り合いをしていた。どうやら、剣術では互角のようだ。
「…本当に鍛錬を続けたようだな。あの時とは違う…アンタはもう一人前の剣士だな」
「何だその師匠面は!俺がお前に教えを乞うなど万に1つもあるものか!」
その時、スカーヴは突然歯を食い縛る。
「頼む…今だけは邪魔しないでくれ」
その様子を見て、リーフェウスは戦いながら問いかける。
「さっきから思ってたが…何故アンタは時々苦しそうな表情をするんだ?」
「随分と…余裕そうじゃないか」
スカーヴの声には、先程までの覇気が無いように感じられた。
「…幻覚だ」
「え?」
「かつて殺された…俺の同胞達の幻覚が、血塗れの姿で俺に囁いてくるんだ。『何故お前だけが生き残ったのか』『何故助けてくれなかったのか』と…」
リーフェウスには、当然スカーヴの過去など分からない。しかし、その声音からは筆舌に尽くし難い後悔や悲しみ、怒りが感じ取れた。
「だから…せめてもの贖罪として、俺は彼らの仇を狩り続ける!」
「そうか…アンタは大事な人をマフィアに殺されたのか…」
「ああそうだ!そしてあの時マフィアに与していたお前は、俺が唯一仕留め損ねた相手なのだ!」
「…まぁだからと言って、勝ちを譲るつもりは無い」
2人の斬り合いは、より一層激化する。だが、数年もの時間を全て戦いに捧げたスカーヴには、流石のリーフェウスでも苦戦する。早急に打開策を見つけねば、いつかリーフェウスは殺されるだろう。それは、彼自身も分かっているようだった。
(って言ってもな…どうすればこの修羅とも言える人間を負かせるか…)
その時、リーフェウスはこの領域における1つのルールを思い出した。そして彼は思いついた。ある種、狂気的とも言える作戦を。
「…ハッ!」
リーフェウスは少し大きく剣を振りかぶる。
「疲労が溜まってきたか…動きが大雑把になっているぞ!」
スカーヴの鋭い一撃が、リーフェウスの右肩を切り裂く。
「…!」
もう利き手が使い物にならなくなったリーフェウスは、すかさず左手に剣を持ち帰る。そして、持ち替えた時の体勢のまま身体を捻り、スカーヴの首に狙いを定めて剣を振り抜く…が、
「やはり…いくらお前でも、疲労には抗えないらしいな」
未だ精度の落ちないスカーヴの一閃が、リーフェウスの左腕を刎ね飛ばした。
「勝負ありだ」
そう呟くスカーヴに対して、リーフェウスは高揚したかのような笑顔で告げる。
「アンタの方こそ…この程度で勝ったつもりか?」
リーフェウスは斬られた左腕を負傷している右腕で掴み、なんと左腕の断面から噴き出る血をスカーヴの両目に浴びせた。
「なっ…!?」
そしてスカーヴの刀を蹴り飛ばし、そのままスカーヴの首元に剣を近づけて言う。
「アンタの言う通り、勝負ありだな」
「……クソ…!!」
スカーヴはこれ以上無い程悔しそうに呟く。
「…………認めよう。俺の…負けだ」
スカーヴは確かに負けを認めた…だが、領域にはなんの変化も起こらない。
「おい話が違うぞ」
「そんなすぐ出られる訳無いだろ」
それはスカーヴが正しい。
「それより…お前の戦い方は常軌を逸している。何を食って育てば…あんな作戦が思いつく?痛みを感じないのか?」
「痛いに決まっているだろう…領域の外に出れば元通りだって言うからやってみただけだ」
「…今思えば…あの時右手で大きく武器を振りかぶったのも、左手に持ち替えた事を不自然に思わせない為…左腕を切断させたのは、お前が右利きだから…肉を切らせて骨を断つの手本だな」
「骨ごと逝かれたけどな」
「やかましい」
その時、領域の空にヒビが入り、やがて領域全体が割れて崩れ去る。次にリーフェウスの視界に入ってきたのは、駆け寄って来る仲間達の姿だった。
「マジか…お前勝ったのかよ!」
「すげぇなリーフェウス!」
「…流石、としか言えないわ」
「なんだ勝っちゃったのか…つまんねぇの」
「おい最後」
いつも通りの感じで会話する5人の後ろでは、スカーヴが膝をついている。そんなスカーヴに、リーフェウスはゆっくりと歩み寄る。
「なぁ…詳しく聞かせてくれないか。アンタの過去の事」
「…そんなもの聞いて何になる」
「とある槍使いからの依頼なんだ。アンタを救ってやってほしい、ってな」
「あの黒い槍使いか…!」
スカーヴは一呼吸置いてから、溜め息と共に言う。
「…まぁ…別に減るものでもない。そもそも俺は敗者だ。拒否する権利なんて無いだろうしな」
スカーヴは、己の身の上話を始めた。
キャラクタープロフィール
名前 スカーヴ
種族 人間
所属 赤月の使徒
好きなもの 花 ゆで卵(固茹で) 和食
嫌いなもの ネズミ 乗り物(酔うから)
異能 ① 血を操る能力
② 反意を抱いた対象に反逆する力
作者コメント
風・闇属性から火・闇属性になったセツ。本作の敵キャラの中でも群を抜いて攻撃に特化した性能。あの数々の技名は全てスカーヴが自分で考えている。ちなみに、ゆで卵の半熟と固茹でどっちが美味いかという論争が白熱した結果、アルカディアと殺し合いになった事がある。何してんねん。イメージした言葉は「反逆」「修羅」「焔」




