第七十三話 夜叉の依頼
豆知識
ラビア君は基本的に甘いものが苦手なのですが、コーヒーゼリーは大好物です
セイリアの初仕事から10日ほど経った頃。セイリアとアルカディアとメイの3人が依頼の解決に出かけている時、萬屋の戸が叩かれた。
「失礼する」
その声と共に入って来たのは、長く黒い後ろ髪を1つに纏めた中性的な顔立ちの人物…セツだった。
「セツ!久しぶりだな」
「全くだな、少年。ここがお前の新居か?」
「あっ!灰蘭!ヴァルザ!セツだぞ!」
「そんな珍しい生き物を見つけたみてえな言い方すんなよ」
「でも確かに…普段人前に出ないセツの方から会いに来るなんて珍しいわね」
皆、久しぶりに会う人物を前にして少し気分が高揚する。そんな仲間達の横でコーヒーゼリーを食べているラビアが、セツに向かって問いかける。
「最近出番無かった………じゃなくて、最近見かけなかったけどさ、君何してたの?」
「…お前なら分かるのではないのか?」
「会話が続かないんだよ。…って、なんか前にも同じ事言った気が…」
「確かに、アンタ最近何してたんだ?」
その質問に、セツは一呼吸分の間を置いてから答える。
「…私は郊外に行っていた」
「郊外?確かあそこって未開発の荒地じゃ…なんでそんな場所に?」
「ただの気まぐれだな。まぁ、郊外には裏社会に住む者…俗に言う『マフィア』なる者達の拠点やら施設やらが散在すると聞くが」
「郊外って怖いんだな…」
「その土産話をする為にここまで来たって事なの?」
灰蘭の問いに、セツは軽く首を横に振る。
「違う…少年、ここは萬屋なのだろう?」
「そうだ」
「では依頼だ。まずは私の話を聞いてくれ」
セツは郊外であった事を語り始めた。
「私は郊外を散策している時、酷く損壊した何かの拠点のような物を発見した」
「ほう」
「生存者は1人もおらず、何人かの死体は恐らく魔力に分解されたのであろうが…損傷が激しいせいで分解されなかった死体も多々あった」
「うぇ…」
その様子を想像してしまった硝光は若干の吐き気に襲われた。
「不可解だったのは…それほど激しい戦闘があったというのに、現場には一滴の血も落ちていなかった、という事だ」
「いつそれが起こったのかなんて分からないだろう?雨か何かで流されたって可能性は?」
「無いな。私は常人より五感が鋭いのだが、周囲の瓦礫や地面どころか、死体からも血の匂いはしなかった」
「それは…確かに不可解だ」
「犯人は分かったの?」
セツは灰蘭のその問いに、今度は首を縦に振った。
「ああ…というか、調べる前に現れた」
「それは…どういう事だ?」
セツは当時の状況を語り始めた。
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「…やはり。何度確かめても、死体の腐臭しか漂ってこない。どうやったら一滴残さず血液を回収出来る?」
その時、セツの背後から足音が聞こえて来た。
「…誰だお前は」
セツが振り向くと、そこには男にしては長めの黒髪と、左の腰に提げた刀…そして、『赤い両目』が特徴的な青年が立っていた。
「それは俺の台詞だが…何の用でお前はここに居る?……さては、仲間の遺体を回収しに来たのか…!」
「何だと?何を言っている?」
「問答無用だ!裏に与する者は…誰であろうが斬り捨てる!」
そこから、その青年との戦闘が始まったという。
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「なるほどな…」
腕を組んでいるヴァルザの横で、リーフェウスは珍しく真剣な表情をしている。
「それと、後で聞いた事だが、あの青年は『マフィア狩り』と呼ばれているらしい」
それを聞いた瞬間、今まで座っていたリーフェウスが立ち上がる。
「マフィア狩りだと!?セツ、そいつと戦ったんだろう!?その後どうなった!?」
いつにも増して激しい口調で話すリーフェウスに、流石のセツも少し気圧される。
「…マフィア狩りは逃げた。私と引き分ける形でな」
その言葉に、萬屋の人間組は戦慄する。
「マジか…セツと引き分けるって…」
「相当な実力者のようね…」
「てか、なんでリーフェウスはそんなにテンション上がってんだ?」
決してテンションが上がっている訳では無いと思うが、リーフェウスは深呼吸してから説明しだす。
「いや…すまない。単に知り合いというだけだ。…あの時死んだと思っていたんだが」
その時、灰蘭と硝光はリーフェウスの経歴を思い出して、2人だけに聞こえるような声量で話し始める。
「そういえばアイツ元殺し屋だったよな…」
「これ大声で話して良いのかしら…?」
「それより、見てくれ少年。マフィア狩りも手練れでな…」
セツは、左腕の袖を捲り始めた。全員の脳内に嫌な予感が走る。
「ま、まさかアンタ…腕が…」
「ああ…」
そして、セツは袖を捲りきる。
「腕がミミズ腫れになってしまった…」
「…」
リーフェウスは疼く拳を何とか抑えている。
「それだけではない。腹部にも怪我を負った…」
セツは、今度は服の裾を捲り始める。
「まさか…腹を刺され…」
「脇腹が赤くなった…」
「…それだけか?」
「もう1つある。最後は足だ…」
セツは服の腰辺りに手を添えたが、そこでリーフェウスが静止に入った。
「ちょっと待て」
「何だ?何か問題が?」
「アンタここで脱ぐつもりか?」
「駄目か?」
「駄目に決まってるだろ。いくら性別不明とはいえ、外見的には女っぽいんだからな」
「そうか…」
セツは何故か少し不満そうに納得すると、またすぐ真面目な表情に戻った。
「それで、私の依頼というのは、『マフィア狩りを救ってやってほしい』だ」
「アイツを…?」
「ああ。かつて少年が私にしたように…あの者は、昔の私と同じような目をしている。世界の全てに…怒りと憎悪を向けている目だ。それに彼は、戦闘中に何度か苦しむような動作を見せていたからな」
「ふぅ…まぁ、依頼ならやるしかないな」
リーフェウスはどことなく複雑そうな表情をしている。
「これから出発すんのか?」
「ああ。さっさと行こう。セツ、依頼料を忘れるなよ」
「…カロスに借りるとしよう」
「アンタら人外連中はどんだけカロスを頼るつもりだ」
こうして、リーフェウス、ラビア、ヴァルザ、硝光、灰蘭の5人は郊外へと向かった。




