第七十一話 竜と和解せよ
ちょっと長めの豆知識
地球に限らず、奈落と深淵は他の星からも行けます。リーフェウス達は当然の如く出入りしてますが、奈落はあの世なので命に関する権能を持つ神は全員自由に出入り出来ます。ただ、奈落は死ぬ程広いので他の星にいる神に会えるかと言ったらそうとは限りません。ちなみにクソ広いのに何故か奈落を統治しているのはカロス君だけです。手伝ってやれよ。
セイリアがアジダハーカを鎮静化してから10分ほど経った頃、低い呻き声のようなものが聞こえてきた。
「…!」
「目が覚めたみたいだな」
リーフェウスやアルカディアは、なんとなく人語で意思疎通が出来る事を想像していた。だが実際は…
「ゴァァァァァァァァッ!!!!」
辛うじて文字に起こせるような咆哮が辺りに響き渡った。あまりの轟音に、メイは気絶しかける。
「そうか…痛いか……すまない、これしか方法が無かったのだ」
「えっ…分かるのか?」
「ああ、今は意思の疎通が可能だ」
「いやそうじゃなくて…」
困惑するリーフェウスに、ラビアが呆れた様子で声をかける。
「あのさぁ…眷属との意思疎通なんて出来て当たり前でしょ?どうやって名前とか教えるのさ」
「俺は人語を話す事を想像していたんだ」
「知るか」
その時、再びアジダハーカの咆哮が響く。
「ゴァ!!」
「『気にしていない』と……ありがとう。理解してくれて」
「しかも物分かり良いのかよ」
「案外頭は良いのでしょうか」
「ギャアァ!!」
「『失礼な!』と言っている」
「も…申し訳ありません…」
基本冷静なアルカディアまでもが少し取り乱している。
「でも…こうして見ると案外可愛い奴だな」
そう言いながら、リーフェウスはアジダハーカの鼻先に触れる。その瞬間…
「うわっ…」
リーフェウスが頭から食われた。セイリアは大焦りし、メイは慌てふためき、アルカディアは少し呆れたように目を閉じていて、ラビアは大爆笑していた。
しばらくして、リーフェウスがセイリアに救出された時…
「それで…だ。アンタは何故あんな事に?」
「ギャアァ…」
アジダハーカは、己の身に何があったのかを語り始めた。…セイリアの通訳を通して。
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アジダハーカは、その外見と体躯故に普段は別の空間に姿を隠している。これはカロスの提案で、セイリアに別次元の開き方を教えたのもカロスだ。基本的にこの空間にはアジダハーカ以外居らず、ごくたまにセイリアが入って来るくらいだった。
しかしある日…
「ああ…良い感情だ」
見知らぬ人物がその空間へやってきた。黒い外套に身を包み、その表情は微笑みを湛えているはずなのに、その両目からは欠片ほどの生気も感じられない、不気味な人物だった。
「ゴァァ!(誰だお前は)」
「うん…何を言ってるかは分からないけれど、一応名乗っておこうか。私の事は『月』と呼んでくれ」
「ギャア…?(何の用だ)」
「君の破壊衝動を解き放ちに来たんだ」
「……!」
「何も警戒する事は無い…ただ本来あるべき姿になるだけさ」
すると、その人物の背後の空間に赤い線が入り、その裂け目から1つの赤い目が現れた。
「!!!!!!!!!!!」
次の瞬間にはもうアジダハーカの意識は無く、今に至るらしい。
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「ここでも月か…」
「ねぇアルカディア、月は何が目的なの?君も配下なら聞いた事くらいあるんじゃない?」
「…詳しくは分かりません。ただ…かつて聞いた事があります。『使徒の行動全て…否、生物の行動全てが月の利に繋がるのだ』と」
「ふーん…」
ラビアは何か思う事がありそうだったが、全員今は聞かない事にした。
「というか…何故セイリアさん達は片目ずつ色が赤くなったのでしょう?」
「それは多分、眷属とその主人はある程度命を共有しているからかな。あくまでも『ある程度』だけどね」
「まぁとにかく、これで依頼は達成だな」
「そうですね、早くここを出ましょう。気分が悪くなりそうです…」
「そういえばアルカディアは深淵に来るの初めてか」
「はい。そもそも、深淵などと言う場所がある事自体知りませんでした」
そんな雑談をしながら、5人はカロスの家へ向かう。
「終わったか」
銀色の髪や衣服を所々赤く染めたカロスが、椅子に座って出迎えた。
「終わったが…それはどうしたんだ」
「暴徒の鎮圧に向かった結果だ。全く…とんだ出費だ。服一枚を買う金すら惜しいというのに…」
「暴徒?」
「ああ…近頃、奈落の治安が悪化していてな。一部の者が我を忘れたように暴れ回っているのだ」
「それは…」
何かに気づいたセイリアが声を漏らすと、カロスも頷いて答える。
「そうだ。アジダハーカと同じ現象が、この頃頻出している」
「ラビア…これは俺達の出番か?」
「…まだいい。でも…いつかそうなるかもね」
と、ここでリーフェウスがある事を思い出す。
「そうだ忘れてた。2人に話がある」
そう言って、リーフェウスはカロスとセイリアを指差す。
「依頼料を払ってくれないか」
その台詞は、2人にとっては青天の霹靂だった。
「まさか…俺にまで借金するつもりか?俺達はこれで食ってるんだが」
「わ……分かっている。少し待ってくれ、リーフェウス殿」
そして、カロスとセイリアは少し離れた場所へと移動した。
「どうするんだセイリア…私は今一文無しだぞ」
「我だってそうだ。『友達料金でいける』とかほざいていたのはお前だろうタナトス!」
「家にも無いのか?」
「我の家がここから何キロ離れてると思ってるんだ!」
「まぁ少なくとも、私の異能の範囲外になるくらいには遠いな」
そんな話し声がしばらく続いた後、2人が帰ってきた。
「リーフェウス殿、結論が出た」
「その…本当に申し訳無い。タダ働きで許してもらえないだろうか」
その台詞は、今度はリーフェウス達にとっての青天の霹靂だった。
「えっ…それつまり…」
「ああ。しばしお前達と行動を共にする」
「君…出会う人を悉く味方にしていくじゃん」
「萬屋の神の比率が半々になりましたね…」
「部屋足りますかね?」
「2人1部屋にすれば良いだろう。今居ない人間組には悪いがな」
一行が予想外の追加戦力に一喜一憂する中、カロスがこっそりとセイリアに言う。
「まぁいいんじゃないか?どうせ君の家と言ったってただ岩をくり抜いただけの洞窟だろう。このまままともな家に住め」
「うるさい!!」
「ぐはっ」
セイリアはカロスに腹パンを入れた後、新たな居場所へと向かっていった。
ちょっと補足
カロスがセイリアに「別次元の開き方を教えた」というのは、感覚とかコツを教えたみたいな感じです。セイリアの空間破壊などの今の戦法はそれが由来です。




