第六十六話 赤い月影(後編)
今だから言える豆知識
ラビアの権能がリーフェウスに受け継がれなかったのは、実は本編で語られたややこしいやつの他にも理由があります。ラビアと関係が深い神に『知識』と『言葉』の権能は受け継がれる筈で、ラビアの計画ではそれはリーフェウスに受け継がれる予定だったんですが、彼と関係が深かったのは「アダムカドモン」であって「リーフェウス」ではなかったのです。
つまり、ラビアらしくない誤算という話です。
場所は現世。ある夜、スケイドル周辺の森林の中で、足を引きずりながら歩く白いローブを纏った男がいた。彼の名はアステール。夢幻教の信者である。先日のディザイアとの戦闘から何とか逃げ延び、数名の従者と共に身を隠していた。
「クソ…何故こうなった…!元はと言えばあの賊共のせいだ…あの者共のせいで…!」
そして、アステールはある事を決意した。
「復讐だ…!賊にもディザイアにもタナトスにも…!私の邪魔をした者全てに…!その為にまず夢幻教を再建するのだ…アルカディア様が消えた今、私が教祖となろう!」
「アステール様!我々もお手伝いします!」
付き従っていた数名の従者達もアステールに同調する。ここから彼の復讐劇が幕を開ける…はずだった。
「おやおや…何やら楽しげなお話が聞こえますねぇ♪」
気配も足音も無しに、闇の中から突然男が現れた。中の上程度の身長で、中折れ帽子と黒いコートを着用している、白髪で糸目の男だった。
「誰だ貴様は!」
「申し遅れました…ワタシは赤月の使徒、『道化師』ジェストと申します」
先日、かの光属性2人組がクロノケージで目撃した人物は、ジェストという名前らしかった。
「赤月の使徒…?そんな組織は聞いた事が無いが…」
疑問を抱くアステールに向かって、ジェストは微笑みながら返す。無論、目は糸のように細いままだ。
「ワタシの事などどうでもいいでしょう?それより、ワタシは貴方に感服致したのデス!」
「む…?そうか」
アステールはジェストの喋り方に若干の違和感を抱いたが、この男にそれを深く考えられるほどの頭は無い。
「その高貴さを感じさせる身なり…人を従える人望…その他にも、人間が求められる要素を全て持っていらっしゃる!」
「そ…そうだろう!私なのだから当然だ!」
アステールは短絡的な男だった。少し褒められただけですぐ有頂天になる。
「そんなアナタの旅路に…ワタシも連れて行ってはもらえないでしょうか?」
それを聞いたアステールは、偉そうにふんぞり返ってジェストに言う。
「良いだろう…だが、私と貴様が出会ったばかりなのも事実だ」
そう言うと、アステールは左足を前に突き出した。
「誠意を示せ。私の靴を舐めろ。そうすれば同行を許可してやる」
「……わかりましタ」
ジェストは、アステールの前に跪く。その瞬間…
「…っ!?グァ…!」
アステールの左足に、1本のメスが貫通していた。
「貴様…!どういうつもりだ!」
その時のアステールが期待していたのがどういった答えなのかは分からない。ただ、ジェストの返答がアステールの想像とはかけ離れていたという事は確かだ。
「アヒャハハハハハハ!!もう我慢デきません!さっきからずっと…!ずっっと耐えてたんデスよ!!アナタを殺したくて堪らない…!!!アナタを解体したくて堪らない…!!!!」
ジェストの顔に浮かんでいたのは、満面の笑みだった。しかしそれは、これでもかという程に澱みきり、狂気一色に染まった笑顔だった。
「クソ…!どいつもこいつも私を虚仮にしおって!」
アステールは、今までのストレスを込めた特大の光球をジェストに向かって放つ。至近距離で放たれたそれは、ジェストの身体を包み込んで大爆発を起こした。
「ハァ…ハァ…何だったんだアイツは…!」
「赤月の使徒、道化師ジェスト…♪」
上の方から、酷く機嫌の良さそうな声が聞こえてきた。
「何故生きている!?」
「いやぁ大したものデスねぇ…流石はカレアスの元教皇アステール様だ…♪」
ジェストは上機嫌そうな口調のまま続ける。
「それでは…今度はワタシの番デスね」
そう言うと、ジェストはどこからかメスを創り出して、両手の指の間に挟んだ。更に、ジェストの周囲には何本ものメスが周遊している。
「フフフフフフ…!」
依然として気味の悪い笑い声を出しながら、ジェストはアステールに向かってメスを飛ばし続ける。
(コイツの能力はメスを操る能力か…!いくらコイツが狂っていても、メスごと吹き飛ばしてしまえば問題は無い…!」
その時、アステールは気づいた。
(…何故今…私は途中から考えを声に出していた?)
「これはこれは…アナタはワタシの能力を勘違いしていますよ♪」
「何だと?」
「アナタの大切なお仲間方…気にかけてあげなきゃ可哀想デスよ♪」
アステールが反射的に振り向くとそこには…
「アステール様…」
「た…助けて…」
口にトランプを噛まされている従者達の姿があった。そのトランプには『joker』ではなく『jester』と書かれている。だが、驚くべきなのはそこではない。
「何故…貴様が4人もいる…!?」
その従者達を制圧していたのは、目の前に居る者と全く同じ姿をした人間だった。
「ワタシの能力はアナタが想像しているような幅の狭い物ではないのデスよ♪」
しかし、人質を取られていてもアステールは動じない。彼はそういう人間だからだ。
「…フン。もしや人質を取ったのが秘策か?ならば残念だったな…あんな下民など最初から当てにしてはない!」
「…♪」
ジェストは無言で指を鳴らす。すると、背後からとてつもない轟音が聞こえてきた。
「な…!?何だ今の音は!」
「あのトランプ、爆弾なんデスよねぇ…♪アナタのお仲間…木っ端微塵デスよ!ヒャハハハハハハハハ!!!」
彼らは爆弾を口に挟まれていた。それが爆発したという事は……説明するのは辞めておこうか。
(この男は……常軌を逸している…!)
アステールは物も言わずに、ジェストに背を向けて逃走を始めた。従者達の死体を踏みつける事も厭わずに。
「フフフ…哀れな方だ」
ジェストは肉片となった従者の死体に近づき、それについていた腕を切断した。それだけでも恐ろしいが、なんと彼は…
その腕を食し始めた。
ふと後ろの様子を確認したアステールは、更に寒気が加速する。
(何なんだ…何なんだアイツは!人を…人を食うだなんて…!)
アステールは半狂乱になりながら走っていたが、先程刺された足の痛みで転んでしまった。すぐに顔を上げると、そこには黒い外套に身を包んだ少年のような顔の青年がいた。アステールは、藁にもすがる思いで青年にしがみついて懇願する。
「あ…ああ…!助けてくれ!さっき異常者に襲われたんだ!証拠の傷もある!か…金ならいくらでも渡す!だから助けて…」
言い終わる直前、アステールはその人間の眼を見た。…否、『見てしまった』という表現の方が正しいかもしれない。
(何だ…この者の目は……欠片ほどの光も無い…夜空の闇の様な…いや、それ以上の…)
アステールが混乱しながら思考を巡らせていると、その人間(?)は声を発する。
「…私の目が、そんなに変かい?」
それは普通の少年のような、はたまた青年のような声だった。それはなんて事のない台詞のはずだった。しかし、それを聞いたアステールは全身の震えが止まらなかった。
「あああ…あ…ああああああああああああああああああ…!」
アステールは頭を抱えてうずくまる。
「私は常に君達を見ている。私は常に君達の側にいる。君もある程度は穢れているようだから、私が測ってあげよう。君が使徒に相応しいかどうかをね」
(…?よく分からないが…私は助かる…のか?)
アステールにはその者が何を言っているのか分からなかったが、その言動に安堵を覚えた。少しの間、その青年はアステールを見つめていた。だが、やがてその目は一層光を失う。そして、冷然とアステールに告げる。
「…君じゃ駄目だ。使徒には遠く及ばない」
「クッ…!使徒だのなんだのと…訳の分からない事を!子供とて容赦はしないぞ!」
アステールは、苛立ちのままに再び特大の光球をその青年にぶつける。しかし…
「…私に攻撃は通用しないよ。君のそれは、津波にコップの水で対抗し、竜巻にため息で対抗しようとしているのと同じだ」
「何だ…何を言っているんだ!」
「理解する能が無いだけだろう?少しは自分で考えたまえ…まぁ、それも今不可能になる」
「な…」
アステールが口を開くより先に、空に無数の赤い亀裂が走る。それらは順番に裂けていき、そこから現れたのは…
「あ…あ…」
赤黒い『眼』だった。それを直視したアステールは…
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
その場で泣き叫んで発狂した。
「騒がないでくれ…」
そして、アステールの前に再び赤い亀裂が走り、今度はそこから赤黒い腕が出てきた。その腕はアステールの顔面を掴み、泣き叫んだままのアステールの身体を裂け目の向こう側へと引き摺り込んだ。
「お目覚めデスか…♪」
不気味な笑みを浮かべたままのジェストが、青年に向かって言う。
「ああ…ありがとう、今まで私の為に頑張ってくれて。そしてこれからも…よろしく頼むよ」
「はい…我が主君」
そして、いつの間にやら元に戻った夜空を見上げながら、その青年は言う。
「さぁ…始めようか。この世界の『否定』を」
私の作品の服装の表現としては
コート→前開けてる
外套→前閉めてる
って感じです




