第六十五話 赤い月影(前編)
いつか活かせる豆知識
実はこの世界だと、他の星に行く手段が割とあります。が、地球だと旧世界からの先入観的なものの影響でそもそも他の星に文明がある事すらほぼ認知されてません。ちなみにリーフェウス達が住んでいる星が「地球」という名前である事を知っているのはラビアと旧世界を研究しているほんの少数の学者だけです。
深淵にて。一軒家を凌ぐ程の大きさの竜のような生物が咆哮を上げた。その咆哮は深淵の暗い空と黒い大地を揺らし、周囲の淵族をも震え上がらせた。そしてその竜は、手当たり次第に地形や淵族の身体を破壊し始めた。そして、その様子を少し離れた崖の上から眺めている少女の人影があった。
「…」
肩より少し下まで伸びた灰色の髪と、両手に着けている手袋が特徴的な少女だった。
「一体…どうしたと言うのだ…」
不安そうな表情で呟くその少女の右目と、先程の竜の左目は、あの『先導者』と同じような赤い色をしていた。
一方、場所は変わって郊外の某所。裏社会の組織…俗に言うマフィアの下っ端の男2人が、拠点の入り口を見張っていた。2人とも少し古くなった突撃銃を装備している。だが、見張りと言っても立っているだけで暇なので、2人は一応前を向きながら雑談していた。
「覚えてるか?何年か前、どっかの組織が雇われの殺し屋に皆殺しにされたって話」
「いや…知らねぇな。そんな事件あったか?」
「お前マジかよ…犯人が俺達マフィアの間で伝説的な存在だったから、アレは相当な騒ぎになったんだぜ?」
「ん…?それもしかして…『フィクサー』の事か?」
「そうそう」
「でも俺、結局フィクサーの伝説については知らないんだよな。簡潔でいいから教えてくれよ」
「ああ。まず数年前、突然裏社会に現れた裏専門の何でも屋がいた。最初は誰も仕事を頼まなかったが、次第にそいつの腕が認められてきて、様々な組織がそいつに依頼を出した。まぁ殆どが殺しの仕事だったらしいがな。トラブルがあるところにいつも現れる事から、いつしかそいつは『フィクサー』と呼ばれるようになった。その上とんでもない実力を持っていたから、俺達の間では頼られると同時に恐れられてもいた」
「へぇ」
「だがある時、突然そのフィクサーが当時の雇い主を組織ごと皆殺しにしたんだ。理由はよく分かってねぇ」
「組織を裏切ったって事か?報復されそうなもんだが…」
「当然だ。潰された組織と同盟関係にあった組織も人員を割いて、フィクサーの始末に全力を注いだ。懸賞金まで懸けられたほどだ」
「結果は?」
「…全員あの世行きだ。どの組織の追手もフィクサーに大したダメージも与えられないまま、皆殺しにされたらしい」
「マジか……まぁでも、聞いた話じゃもうフィクサーは顔を見せてないんだろ?そんな何年も前の噂なんて、おとぎ話みたいなもんじゃねぇか」
相方の不安を和らげる為に言ってみたが、相方の顔はむしろ一層険しくなっていた。
「…それがそうとも言えねぇんだ。最近郊外に出るんだよ…『マフィア狩り』がな」
「まさか…フィクサーか?」
「分からねぇ。マフィア狩りの主な特徴は、『赤い両目』と『刀身が血のような色をしている刀』だ」
「そうか…それを見かけたら注意しないと…」
男がそう言いかけた時、彼は異変に気が付いた。2人の周囲に赤い霧が立ち込めて来ていたのである。
「なぁ…なんだよこの…赤い霧」
男は不安そうに言うが、もう1人の男からの返答がない。思わず横を向いてみると…
「…!」
そこには全身に赤い斑点が現れ、痛そうに膝を抱える相方の姿があった。男は警戒して銃を構える。すると、赤い霧の奥から人影がこちらに向かって歩いてきた。
「…お前達が見張りか」
霧の中から現れて視認できる距離まで接近したその男は、男にしては長い黒髪と、赤い両目を携えた剣士だった。
「いや…お前達が誰かなどどうでもいい。裏の者は全て斬る…!」
その言葉を聞いて、男は確信した。
「お前…マフィア狩りか…!」
「…だったら何だ」
男は引き金に手をかける…が、それよりも先にマフィア狩りが緋色の刀を抜いて呟く。
「"斬式一型 愚蓮"」
その瞬間、2本の赤い筋が男の身体に走り、男の胴体は4つに別れた。
「さて…もう1人はまだ生きている筈…」
男の相方から何かを聞き出そうとしたその時、拠点の方から数発の銃弾が飛んでくる。
「…当然か。見張りを殺して終わりな訳もあるまい」
続々とやって来る増援の最後尾に、一際存在感を放つ男がいた。ガタイが良く、黒く逞しいヒゲを生やしている。見たところ、この拠点の中でのボスらしい。
「ほう…貴様がマフィア狩りか。まぁ、この人数相手には流石にどうにも出来まい」
マフィア狩りの周囲には、数十人以上の武装した構成員達が立っている。
「名前くらいは聞こう…名乗れ」
「俺は赤月の使徒…『反逆者』スカーヴだ」
スカーヴと名乗ったその男は、これほどの人数差を前にしても表情すら変えずに余裕そうにしている。
「反逆者だと?ならばこの状況も覆せるか?」
「…やってみろ。"斬式三型 胴枯れ"」
姿勢を低くしたスカーヴは、幾つもの銃口による包囲をものともせずに正面へ高速で駆け抜けた。いつの間にか刀を抜いてボスの前に立っていたスカーヴが、悠々と刀を鞘に納めると…
「な…!?」
それまでスカーヴを包囲していた構成員のうちの半数程が、胴体を2つに割られて死亡した。
「これでもまだその余裕を見せられ…」
その時、数秒ほど激しい銃声が鳴り響いた。スカーヴの身体には幾つもの小さな穴が空き、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。
「フフ…その舐めた態度が仇となったな。貴様の敗因は我々を一気に殺さなかった事だ…」
そしてマフィア達は、スカーヴの死体を運ぼうとした。だが、ここで構成員の1人が異変に気づく。
「ボ…ボス…」
「なんだ?どうかしたか?」
「いや…さっき殺られた奴らの血が…マフィア狩りの死体に集まってるような気がして」
「そんなの気のせいだ!とっとと運べ!」
その時、周囲に少しノイズのかかったような声が響いた。
「浅はかだな」
それは、紛れもなく先程死んだ筈のスカーヴの声だった。構成員達は、反射的にスカーヴの死体から手を離す。すると…
「バカな…有り得ん…!」
スカーヴの死体から緋色の光が放たれ、その光の中から死んだ筈のスカーヴが現れた。だがその姿は少し違っており、黒かった髪は真っ白に変わり、赤黒い片翼が左肩から生えている。
「不意打ちとはいえ俺を殺せた褒美だ。少し本気を出してやろう」
「ぐ…!やれ!マフィア狩りを殺せぇ!」
ボスは半ばヤケになって号令をかける。マフィア達も勇敢にスカーヴへ向かっていくが…
「"斬式終型 命枯れ"」
刀に手をかけるスカーヴの身体が一瞬消えたかと思えば、すぐに抜刀した状態で現れた。そして次の瞬間…
「なん…だと…」
スカーヴに襲いかかる数々の構成員達は、全身をぶつ切りにされて死亡した。そしてスカーヴは、顔色1つ変えずにボスへ近づく。
「"脆式 紅霧"」
再びあの赤い霧が立ち込める。
「グ…何だこれは…」
ボスの身体に赤い斑点と、関節や筋肉の痛みが襲ってくる。
「壊血病だ。知らないか?」
「ク…ソォォォォォ!」
ボスは力を振り絞り、スカーヴに殴りかかるが…
「"終式一型 暮亡"」
赤い霧に身を隠してボスに近づいたスカーヴが、刀を軽く振る。その瞬間、ボスの首に赤い筋が走り、赤い飛沫が辺りに飛び散った。
「…痛い…痛い…」
相方が殺された事すら気づけない程に身体の痛みに苦しむ見張りの男。その男に、スカーヴがゆっくりと近づく。
「おい」
「ヒッ…」
「俺の質問に答えろ。そうすれば命だけは助けてやる」
「あ…ああ!何でも答える!」
その時、スカーヴがした質問は…
「フィクサー、という男の居場所…知っているか?」
想定外の質問に、男は戸惑いながら答える。
「し…知らない。もうフィクサーは数年以上…顔を見せてない」
「…そうか」
そう言うとスカーヴは、なんとその男の腹部を刀で突き刺した。
「なん……話が…違…」
「……お前達マフィアが約束を守った事があったか?少なくとも俺は見た事が無い」
スカーヴは心底憎そうに吐き捨てると、マフィア達の死体から流れ出た血を左手で吸収した。その直後、スカーヴは何故か片手で額を抑えて弱々しく呟いた。
「…すまない……だが俺は止まる訳にはいかない…お前達の仇を…この世界から屠り尽くすまで…!」
やがてスカーヴは片手を額から離し、何処かへと去って行った。
豆知識
「同じような権能を持つ神」は普通に居ます。ただ、神としての名前(プロフィールに『神名』って書いてるやつ)は違いますし、権能の内容も微妙に違ったりします。




