第六十一話 依依恋恋
ある日の昼頃。家の中にはメイ、リーフェウス、アルカディア、ラビアの4人がいた。他の3人は依頼を受けて外出している。
「…あの…どうかしましたか?メイさん」
1階で読書をしているアルカディアは、妙にソワソワしているメイの様子が気になった。
「アルカディアさん…よければ聞いてもらえないでしょうか」
その時、メイがアルカディアに吐露したのは…
「私…ラビアさんに…恋をしてしまったんです」
「…え?」
「…」
メイは見たことないくらい顔が赤くなっていた。
「いや、まぁ…全然良いとは思いますよ?あの方は何だかんだで優しいですし…変ではありません」
「…分からないのです」
「え?」
「どう…伝えたら良いのか…分からないんです。今まで…恋なんてしたことがないので…」
「なるほど……であれば何故私に?」
「アルカディアさんなら…恋愛経験もありそうだなって」
その理由に、アルカディアは戸惑った。メイの予想とは反して、アルカディアは恋愛の経験など皆無なのである。
「…すみません、私は恋をしたことはありません。ですが、妹なら何か分かるかもしれません」
アルカディアはイメージに合わない携帯電話を取り出して、妹であるリナに電話をかける。
「…駄目ですね、繋がりません。恐らく仕事中なのだと思います」
「そうですか…」
「リーフェウスさんに聞いてみるのはどうでしょう?あの方は私より人脈も広いですし」
「はい、そうします」
そしてメイは、リーフェウスの部屋にやってきた。しっかりとノックをしてから部屋に入る。
「失礼します」
「メイか、どうした?」
メイは事情を話した。すると…
「…悪い事は言わない。考え直せ」
「はい?」
リーフェウスが少し焦ったような表情で言う。
「アイツの性格は知っているだろう…?やめておけやめておけ…ああいや、別にアンタの意志を貶す訳じゃないが」
「…あの人どれだけ印象悪いんですか」
「とにかく、策を講じるなら今のうちだろうな」
「え?ラビアさん今出かけてるんですか?」
「いや隣の部屋に居るが」
「えっ」
「この前クロノケージに行った時にゲーム機を買ったらしくてな。今は魔物みたいなのを狩るゲームに夢中らしい。なんでも『負ける感覚が新鮮で面白い』だとか」
「えぇ…それ絶対本来の楽しみ方じゃないですよ」
その時、任務に赴いていた硝光と灰蘭が帰ってきた。1階からは硝光の元気な声が聞こえる。
「丁度いい。アイツらに聞いてみたらどうだ?」
「はい、ありがとうございました」
メイは次に、硝光と灰蘭の女子組を訪ねた。
「…なるほど。それでアタシ達に…」
「私は恋なんてした事ないわ。硝光、あなたは?」
「そもそも孤児院育ちのアタシ達に相手なんていなかったよな…」
「そうですか…」
メイが訪ねる相手は、全員悉く恋愛経験無しだった。そして、灰蘭はメイに提案する。
「もしかして姉さんなら…それに奈落にはカロスも居るし、2500歳の人に聞けば流石に何か進展するんじゃないかしら」
「確かに……私、行ってきます!」
そう言うと、メイは元気よく飛び出して行った。
「あの子…意外と行動力あるわよね」
灰蘭は1人感心していた。そして、メイは奈落へとやってきた。以前にカロスの部屋として訪れた部屋の前までやってきたところ、目つきの悪い黒髪の少年、ディザイアに出会った。
「…誰だお前」
「えっと…カロスさんに会いに来たんです」
「主にか…ちょっと待ってろ」
ディザイアは心底面倒そうに部屋の中へ入っていく。その部屋の中から、少し籠った声が聞こえてくる。
「起きろ主、客だ」
「…何だディザイアか。もう少し寝かせてくれないか…5日ぶりの睡眠なんだ」
「多分お前の知り合いだろ。待たせるなよ」
「私の話を聞いていたのか?」
その声を無視して、ディザイアが部屋から出てくる。
「これで多分出て来ると思うぜ。来なかったら俺を呼べ。そこの部屋にいるから」
「ありがとうございます。あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「…俺の名前は1つじゃねぇから、どっちを名乗れば良いか分からねぇ。この事は忘れろ」
そう言うと、ディザイアは部屋の中へと入っていった。そうこうしているうちに、カロスが眠そうな様子で出てきた。
「何の用だ…くだらない用事なら手足を落として深淵に……なんだメイ殿か」
(…今とんでもなく恐ろしい言葉が聞こえた気が…)
メイは用事を説明した。偶然とはいえ、なんだかたらい回しにされている気分になっていた。
「なるほど…だがすまない。灰縁は今任務で出払っているんだ」
「そうですか…」
「セツに聞いてみるのはどうだ?丁度私も用事があってな」
そして2人はスケイドルにあるセツの家へと向かった。メイは1日でここまで長い距離を移動したのは初めてだったので、正直なところかなり疲弊していた。
「あ…アレですかね」
「そうだ。いかにもセツらしい家だな」
森の中にポツンと建っていたのは、側に誰かの墓が設置されている質素な小屋だった。
「セツ!入るぞ!」
カロスがそう言いながらドアを開けると、家の中には誰もいなかった。
「外か?」
カロスの予想に従って、2人は付近の川まで訪れた。
「居ましたね」
そこには、川に向かってしゃがんでいるセツがいた。手元を見ると、黒い衣服が水につけられている。洗濯をしていたのだろう。
「何の用だ?金なら貸さないぞ」
「何故私の用事が分かる?」
「カロスさん…」
メイはもう何度目か分からない自分の用事を話した。
「すまない…私は色恋沙汰には疎い。だが…助言くらいはしてやれる」
「本当ですか!?」
ようやく物事が進展を迎えて、メイの声は弾む。
「恋愛に限った話じゃないが…躊躇いは命取りだ。思う事があるならば、伝えられるうちに必ず伝えろ。行動に移さず後悔するくらいなら…行動に移した事を後悔した方が100倍マシだ」
そんなセツの言葉に頷くメイ。その様子を見ながら、セツはある事実に気がついた。
「童…今気づいたのだが、あの男なら初めからお前の恋情を知っていたのではないか?」
「あっ」
メイは今思い出した。ラビアが『全てを知る神』である事を。完全に意識の外だった、とでも言いたげな表情で固まるメイに向かって、セツは優しげな口調で声をかける。
「なら、もう迷わなくて良いな」
「…はい!頑張って伝えます!」
そして日が暮れた頃…
「ラビアさん、お話があります」
「ん?いいけど…」
2人は家の裏口から外に出て行った。事情を知っている仲間達は全員、
(頑張れ…!)
と思っていた。ちなみに唯一事情を知らないヴァルザは、
(タイマンでもすんのか)
と思っていた。
「で、話って?」
「え、えっと…私…は…あなたの事が…」
メイの声はか細くて聞き取りにくい事この上なかった。その心情も当然『知っている』ラビアは、優しく声をかける。
「無理して言わなくても大丈夫だよ。ちゃんと伝わってるからさ」
「あ…そう…ですよね」
「……返答の前にさ、少し話させてくれる?」
「ど、どうぞ」
「…僕にとってさ、生きる事ってそのまんま苦痛なんだ。前にも話したし、知ってるだろ?」
「はい」
「僕からしたら、何で君達はそんな必死になって生にしがみつくんだろうって、何で君達は僕を死なせようとしないんだろうって、疑問でしかない」
「…」
「僕はこの世界が大嫌いだよ。何も上手くいかないし、努力なんて報われないし、そのくせ形骸化した法や倫理の下で動いてるから、善人はただ損をするだけ…生きる事にも死ぬ事にも意味なんて無い。もう一度言うけど、僕は大嫌いなんだよ。何もかも」
「あ…」
メイはなんとなくラビアの返事が予想出来て、思わず声を漏らした。考えてみれば当然だ。半永久的な命を持つ彼にとって、誰かを愛する事なんて苦しみの種でしかないのだから。メイが諦めようとしたその時…
「でも」
「…はい?」
「でも…君のことは嫌いじゃない。これが僕に出せる精一杯の言葉だけど…君はこれを返事として受け取ってくれるかい?」
正直言って、メイにはラビアの真意が完全に分かった訳ではなかった。だが、その表情を見て全てを察した。
「…はい!ありがとうございます!」
それから2人は、いつかの日の夜のように屋根の上で星を見ながら、夜明けまで話し込んでいた。
私より先にもう1人の私が彼女作りやがった




