第五十九話 先導者の悔恨
何だかんだあってラビアがリーフェウス達の元へ帰ってきた数日後、アルカディアがリーフェウスの部屋にやってきた。
「失礼します」
「どうした?」
アルカディアは少し言いにくそうに言う。
「ラビアさんに頼み事があるのですが…」
「ならラビアに言えば良いだろう」
「それが…その…貴方も知っての通り、あの方は中々に毒舌じゃないですか。そのせいか気が引けまして…」
「ああ…」
リーフェウスが首を縦に振りながら共感していると、突然部屋のドアが開いた。
「何が『ああ…』だよ。僕に直接言いに来れば良いだろ」
若干不機嫌そうなラビアが部屋に入ってきた。
「で、頼みって?」
「…引き受けてくださるんですか?」
「僕を何だと思ってんのさ。やってやるよ」
「俺は必要ないな。散歩でもしてくる」
アルカディアへの配慮として外出したリーフェウスを見送り、2人は本題に入る。
「リナに…妹に謝罪したいのです。『勝手に居なくなって申し訳ない』と」
「ふーん…分かったけど、君の妹って有名人なんだろ?僕らが会えんの?」
「そこで貴方の力を借りたいのです。恐らくリナはクロノケージにいるので、貴方の権能で居場所や様子を伺ってから話しかけようと」
「なるほどね…じゃ行こう」
こうして2人は、クロノケージへと向かった。しばらくして到着すると、ラビアが少し高揚したかのような口調で言った。
「ここ…実際見るとやっぱり旧世界のままだ…」
「そういえば、何日か前にリーフェウスさんから聞きましたが、貴方は旧世界から生きている方なんですよね」
「うん。すごい似てるんだよね。クロノケージはさ」
道路には沢山の車や自転車が行き交い、道行く人々は皆携帯のような物を持ち歩いている。その光景は、ラビアにとっては約4000年ぶりに見る光景だった。
「ここの景色は…貴方にとっては故郷の景色に等しいのですね」
「そういうこと。…て」
ラビアが複雑そうな表情で声を漏らす。
「ここって犯罪率高いの?」
「ええ…最も発展しているが故か、事件や手口の複雑さは他国とは比べ物になりません」
「な〜んか嫌な予感すんね…」
ラビアとアルカディアは、雑談しながらリナを探して街中を歩き回る。ラビアはふとある事を思い出して、アルカディアに問う。
「…君ってさ、正義についてどう思う?」
ラビアが思い出したのはセツのことだった。ラビアは、なんとなくアルカディアとセツの考え方に近いものを見出したのだ。
「正義…ですか」
考え込むアルカディアの法輪が、太陽に照らされて淡く光る。
「あくまで私の持論ですが…創作の世界では往々にして、正義は人を救う物として描かれています」
「そうだね。僕が見た数少ない創作物でも、正義ってのはそういう扱いだった」
「ですが…現実は違う。その『正義』とやらで…一体誰が救えるでしょう?貴方の過去は聞きました。私も貴方も…果たして正義の力なら救われたのでしょうか?私は正義なんて無力…ただの言葉だと思います」
「へぇ…」
(セツとは全然違う考え方だ…ま、知ってたけど。実際聞くと権能で知るよりも感じる物があるね)
またしばらく歩いた頃、アルカディアがラビアに質問する。
「本当に、この方向に進めばリナが居るのですか?」
「それがさ…なんか移動してるっぽいんだよね。僕の権能で知れるのは、居場所とかの大まかな情報だけだからさ。やろうとしなきゃ詳しく知れないんだ」
「今、リナはどうなってるのですか?」
ラビアは足を止めて、リナの情報に集中しだす。
「えっとね…今リナって子は…車の中かな」
「仕事か何かで移動中…でしょうか」
「それで…リナは今寝てるよ」
「疲れてるのでしょうか…何処へ向かっているかは分かりますか?」
「うん。何か段々人気のない場所へ移動してってるね。てか何なら縛られてない?この子」
数秒間、2人の脳内に『ポク、ポク』という木魚のような音が鳴った。そして『チーン』という音と共に、2人は結論に辿り着く。
「誘拐されてるじゃねぇか!」
「誘拐されてるじゃないですか!」
意外すぎる事実に、アルカディアは珍しく焦燥する。
「どうしましょうか…助けなければならないのは確かですが…」
そんなアルカディアに、ラビアは不敵そうな笑みで返す。
「安心しなって。僕の実力は君だってよく知ってるだろ?でも、1つ聞かせてくれ」
「はい?」
「これって君が嫌煙した『正義』ってやつじゃないのかい?」
その問いに、アルカディアは自信ありげに答える。
「…私が『人を救う正義』の前例となるのも、悪くないでしょう?」
(…訂正。やっぱどっかが似てんだね。セツとアルカディアは)
「せっかくだから君が妹を助ければ?格好いいところ見せてやれよ」
「…私は力加減が苦手なのですが…」
「僕がどうにかしてやるよ」
2人は十数分ほど走った後に、壁に苔やツタが生えている倉庫らしい場所に辿り着いた。
「ここですか」
「それじゃ、僕は裏方に徹するよ」
「はい、よろしくお願いします」
その頃、倉庫の中では…
「…」
目を覚ましたリナは、自分が縛られた状態で椅子に座っている事に気がついた。
「あれ…私…」
少し遠くで、数人組の男が話しているのが聞こえてくる。リナが目を覚ましたのにはまだ気づいてないようだ。
「確かあの女の親も有名人なんだよな…」
「身代金はたっぷり貰えそうだな」
(えぇ…何これ…何かのドッキリ?でもドッキリにしてはしっかり縛られすぎじゃ…)
リナ自身もこの状況をよく分かっていなかった。と、その時。窓から見える空が金色に光り始めた。
「お…おい、外がなんか光ってるぜ」
「あぁ?」
2人の男が窓から外を覗いた時、誰が何かを詠唱する声が聞こえてきた。
「人々は願った…自らが抱いた願いと共に、破滅していきたいと」
その瞬間、倉庫全体が凄まじい大爆発に包まれた。リナの周りには半透明のバリアらしきものが貼られている為、リナは無事だった。だが、リナを攫った男達どころか倉庫すらも、跡形も無く消し飛んでいた。瓦礫の中から、黒いコートに身を包んだ男が這い出てきてアルカディアに言う。
「限度があるだろうが…」
「申し訳ありません…つい張り切ってしまって」
アルカディアは一息ついてから、リナの方を向く。
(…私のことは覚えているでしょうか)
今のアルカディアの姿は、リナが知るものとはかなり異なっている。後頭部に浮かぶ法輪、赤く染まった両目、首に緩く巻かれたスカーフなど、人間時代とは違う特徴が多々あるのだ。しかし…
「……アル?」
リナは、アルカディアの事をちゃんと覚えていた。
「覚えて…いるのですか?」
「当たり前じゃない!アル…死んじゃったんじゃなかったの?」
「それは…紆余曲折ありまして。とにかく、今は元気でやってます」
それを聞いた途端、リナは泣き崩れた。
「よかった…本当に。ごめんね…アルの事…助けてあげられなくて…」
「そんな…謝るのは私です。あれだけ私に寄り添ってくれたのに…私はリナから離れる事を選んでしまった。すみませんでした…そして、ありがとうございます」
「謝らないで!悪いのは親と兄さんよ!」
そのやり取りを居心地悪そうに見ていたラビアが、少し控えめに言う。
「えっと…僕は帰るよ。積もる話もあるだろうし、君のタイミングで帰ってきな」
「はい、分かりました」
こうして、ラビアは一足先に帰宅した。
「ラビア…随分と遅かったな」
帰宅して真っ先に見えた顔は、リーフェウスの顔だった。
「色々あったんだよ…疲れた…」
「…何があったかは知らないが、ともかくお疲れ様だ」
ラビアが帰ってから少しして、アルカディアも帰ってきた。
「あれ、早いじゃん」
「忘れてたんですが…クロノケージには『スマホ』なるものがあるので。リナと連絡先交換しました」
「君の口からそんなハイテクな台詞聞きたくなかったな…」
すると、2階から硝光が飛び降りてきて、興奮気味にアルカディアに言う。
「リナって…もしかしてあの歌の人か!?」
「ええ、そうですが…」
「マジか…!アタシ大ファンなんだよ!サイン頼めないか?」
「やってみましょうか」
(こんな奴らを…僕は殺そうとしてたんだな)
そんな様子を見て、ラビアは微笑みながら感傷に浸っていた。
たまには真面目な後書き(長いです)
ラビア君の結末についてなんですが、正直作品の面白さを優先するなら死んだままか退場の方がよかったと思うんですよね。強すぎてつまらないですし。そもそも本作のテーマは「救済」なんですけど、ラビア君にとっての1番の「救済」は紛れもなく「死」しか無いんですよ。でも死を救済と解釈してしまえばいつぞやに話した作品の信条的にここから全キャラ殺さなきゃいけなくなるんですよね。それは流石によろしくないという事で、私は考えました。ラビア君って言ってしまえば「もう1人の私」なんですよ。じゃあ私が心の奥で望んでいる事はなんだろうって考えた結果、「自分を理解してくれる誰かが側にいてくれる事」がラビア君にとっての救いなんだという結論に至ったのです。あれが私がもう1人の私に与えてやれるせめてもの救いだったのです。
長文失礼




