第?話 虚幸へ導く者
豆知識
過去編が投稿される前にプロフィール出しちゃったので言えなかったんですが、アルカディアは神というより反魂に近いです。
アルカディアは、クロノケージという大都会で生まれた。アルカディアの父親は、クロノケージで最も大きな企業の社長であり、母親はその父親の秘書だった。また、アルカディアは三人兄弟の次男で、兄と妹がいた。兄は勉強とスポーツ両方の才に恵まれ、父の跡取りとして教育を受けていた。妹の方は文武双方の成績は平凡であったものの、代わりに秀麗な容姿と外向的な性格、そして芸術全般の才に恵まれていた。両親は、そんな2人をよく気にかけ、愛していた。
一方で、アルカディアには全く何の才能も無かった。勉強、スポーツ、音楽、その他様々な事に挑戦してみるも、兄や妹を上回ることは無かった。両親は、アルカディアを早々に見放した。当然ながら捨てられた訳ではないが、両親がアルカディアに構うことは無くなった。理由は分からないが、アルカディアには大体の見当がついていた。それは父の思想である。幼い頃に一度だけ入った社長室と父の自室には、『才無き者に明日無し』という文言が書かれた紙が、額に入った状態で大きく飾られていた。当時のアルカディアは子供ながらにドン引きしたのを覚えている。
そんなアルカディアだが、一応心の支えは存在していた。その一つが、妹である。妹の名前は『リナ』といい、誰からも求められず愛されないアルカディアにとっては貴重な話相手だった。ちなみに、アルカディアはリナから『アル』と呼ばれている。
「だーれだ?」
突然、アルカディアの視界が塞がれる。その問いに、アルカディアは微笑みながら答える。
「…貴方しかいませんよ、リナ」
「また敬語…私には使わなくていいって言ってるじゃない」
「癖なんですよ。昔から周りにいるのは…私より偉大な方ばかりでしたから」
「そう…」
リナが机に向かっているアルカディアの手元をのぞき込んでみると、何やらノートとペンが転がっている。
「また書いてるの?」
「ええ。私の唯一の趣味なので」
アルカディアの趣味というのは、小説を執筆することだった。もちろん文才があった訳ではなく、アルカディアもそれは分かっていた。彼が執筆を続ける理由はただ一つ。リナが褒めてくれたからである。
「まあ、私はアルの話好きだからいいけどね」
「リナの方こそ、私なんかに構っていて良いのですか?」
「いいの。どこに行っても私を変な目で見てくる人がいるから…アルの近くは私の安全地帯なの」
「…そうですか」
しばらく話した後、リナは自分の部屋へ戻っていった。その途端に、アルカディアは大きな溜息をついて机に顔を伏す。
「ハァ…気づかれて…ないですよね?」
アルカディアは、『両親から構われなくなった』とは言ったが、それは『期待されなくなった』という事である。実はアルカディアは、両親と兄からストレスのはけ口として使われていた。本人の性格が温厚な事も相まって、アルカディアは両親と兄からすれば都合の良いストレス発散の道具だった。その日はリナが来る直前まで母親に罵声を浴びせられていた。アルカディアは、リナを心配させたくなくて、受けた傷は全て隠していた。それ故に、当時からアルカディアの精神はボロボロだった。それでも、執筆活動とリナの存在だけを支えにして、何とか生きていたのだ。
それから3年後、リナは才能が開花し、世界的なシンガーソングライターとして有名になった。アルカディアは、相変わらず家族のストレス発散道具になりながら執筆を続けていた。だが、その筆は以前よりも進みにくくなっていた。
「…どうして…何が駄目なんだ…」
その理由は、何かの賞に挑む度に味わう幾度と無い落選である。何度も言うが、アルカディアは自分に才能が無いのは分かっている。だからこそ、暴力を振るわれても罵声を浴びせられても、筆を折る事はしなかった。だがそれは、失敗しても何度でも立ち上がれるという事ではない。
「……もう、今日は寝ましょうか」
最近のアルカディアは、寝る事が好きになっていた。正確には、寝る事によって見られる夢が好きだった。何もかも思い通りにいかない現実とは違い、夢の中ならば幸せになれる。才能がある自分が、その世界にはいるのだ。
「…朝…」
夢から覚めた時、アルカディアはいつも涙を流す。どれだけ良い夢を見ていても、現実が変わる事は無いのだから。
「…始めましょう。無才の者は、立ち止まる事など許されないのですから」
アルカディアは、努力を決して怠らなかった。書き方なども必死に学び、同じ道の先人達の本を読んだりもした。それでも、その努力が実ることはなかった。その頃から、アルカディアの部屋には鍵がかかっていることが多くなった。それによって、必然的にアルカディアがリナと会話する回数は減っていった。
そしてある日、事件は起こった。
それは、いつものように母親から暴行を受けていた時の事だった。
「全く…悲鳴の一つくらい上げなさいよ。つまらないわね…あら?」
母親に、自身が書いた小説が見つかってしまったのである。アルカディアの全身に汗が噴き出てくる。
「何よこれ…くだらない駄文じゃない」
アルカディアは黙っている。
「こんなもの書いている暇があるなら勉強の一つでもしなさい!」
そして母親は、アルカディアのノートをビリビリに破り裂いてゴミ箱に投げ入れた。
「…」
「いい気味ね」
母親はそう言い残し、部屋から出て行った。アルカディアは涙すら流さず、ゴミ箱の中からノートだった物をかき集めて復元に努めた。
更にその翌日、アルカディアに追い討ちをかける出来事が起こる。アルカディアは見てしまったのだ。部屋に置いてあるテレビの中で、インタビューを受ける青年の姿を。その青年は、少し前にアルカディアが応募した賞で最優秀賞を取った青年だった。
「受賞おめでとうございます。今のお気持ちを教えてください」
「そうですね…まだ実感が湧きません」
アルカディアはその映像を見ながら、『まぁ実際受賞したらそうなるでしょうね』と思っていた。
「作品の作成にはどれほど時間がかかりましたか?」
「いやぁ…正直言いにくいのですが、何度も書き直したり悩んだりしたせいで、締め切りまでの数日で書き上げたんですよね、これ。でも、結果的にはそれが良い評価を貰えて嬉しい限りです」
アルカディアはその言葉に震えた。自分が数ヶ月以上かけて書いた作品は佳作にすら入らなかったのに、いくら推敲の期間があったとはいえたった数日で書き上げた作品が最優秀賞を取ったという事実に。もちろん、青年に非は全く無いという事は分かっている。それでも、アルカディアの中にはやるせない気持ちが渦巻いていた。
「流石ですね。やはり、これが才能という物なのでしょうか」
そのインタビュアーの言葉を聞いて、アルカディアのこれまで溜め込んだ感情が爆発した。
「…うるさい!」
アルカディアはテレビを地面に叩きつけた。
「何が才能だ!才能が無ければ…何をしても無駄だって言うのか!どこの誰だ!『努力は報われる』なんて妄言を吐いたのは!」
アルカディアは一度落ち着きを取り戻し、地面に崩れ落ちて力無く呟く。
「所詮…努力じゃ才能には勝てないという事ですか…」
それからの判断は早かった。部屋にあった適当な紐を輪にして、天井に括り付けた。そして、それに首を通す。それだけだった。
(さようなら…リナ)
誰からも愛されず、必要とされず、何一つとして思い通りにならなかった彼が、最初で最期に自分の意思で選べた物。それは自分の死であった。彼は自分の才能の無さ…いや、能力不足を才能のせいにする自分と、努力が報われない世界に絶望して自ら命を絶った。本当に、自分を愛して必要としてくれていた、ただ1人の人間を残して。
…そのはずだった。
「…おや…私は…」
気がつくと、アルカディアは真っ暗な空間にいた。自分は確かに死亡したはずだが、何故か『生きている』という感覚がある。その時、空(?)から声が聞こえてきた。
「おはよう」
「え…おはよう、ございます」
アルカディアは反射的に返答する。それはとても優しそうな声だった。それと、何故かは分からないがこの空間に来てから全身の震えが止まらない。
「急に呼びつけてすまないね。私の事は……うん、『月』とでも呼んでくれ」
そのままの口調で、月は言う。
「突然だけど、私は複雑な事情があって、何人かの部下を作ろうと思ってるんだ。無念の死を遂げた君のような、何かの強い負の感情を持つ者達でね」
「は、はい」
「そこで、だ。取引をしよう。私が君に相応しい能力を与えてやる。その代わり、私の部下となってくれないか?」
アルカディアは考えた。『それは対価が釣り合っているのか?』と。しかし、既に一度死亡している今、何を恐れると言うのだろう。アルカディアの答えは決まっていた。
「…分かりました。その話、乗りましょう」
「フフフ…君ならそう答えると思っていたよ」
そして、アルカディアは現世に帰ってきた。その途端、アルカディアの頭の中に様々な声が流れ込んできた。それは、この世界に生きる人々の願いだった。
「もうこんな世界嫌だ…」
「永遠に夢の中にいたい…」
「何の為に…生きているんだ…」
アルカディアは涙を流した。そして、決意した。この世界の人々を救いたい、幸せにしたいと。例え行き着く先が虚構…いや、いずれは消え去る『虚幸』だったとしても、人々の願いを叶えてあげたい。と。
夢に敗れた者達の、理想郷の為に。
キャラクタープロフィール
名前 リナ
種族 人間
所属 なし
好きなもの 音楽 絵 アルカディアの小説 ピザ
嫌いなもの 脂の多い肉 暑さ
異能 なし
作者コメント
コイツが歌手になった理由はアルカディアと共に家を出て、どこか遠い場所で暮らす為。どれくらい売れたのかというと、基本的に江戸時代みたいなスケイドルにCDという概念が生まれたほど。普通にまだ存命かつ現役で、あの日仕事で家にいなかったせいでアルカディアの自殺を止められなかった事をこの上なく後悔している。




