第五十五話 全てを懸けた一刀
アルカディアの一人称は「わたし」です
背中から6枚の黄金に輝く翼を生やし、同じような黄金の翼で両目を覆うという神々しい姿に変化したアルカディア。対するリーフェウスは物怖じすることなくアルカディアと向き合っている。そして、まるで『これからが本番だ』とでも言いたげな表情で笑いながら言う。
「来い」
その一言を皮切りに、アルカディアは様々な魔法をリーフェウスに向かって放つ。この場にいる唯一の人間であるメイは、ラビアの後ろで立っているのがやっとだった。アルカディアの使う魔法の属性は多岐に渡り、それはいつかのラビアとの死闘を想起させる程のものだったが、『あの』弾幕を経験したリーフェウスは、片方の口角を上げて呟く。
「取るに足らないな」
「そうですか…その余裕もいつまで続きますかね?」
アルカディアは右手を掲げ、その手のひらを力強く握る。すると、上空からとてつもない量の流星群が降ってきた。だがそれでも、リーフェウスの余裕は健在である。リーフェウスは『神』と『瞬』の力を発動させ、流星群を紙一重で躱していく。しかし、アルカディアの余裕もまた健在であった。アルカディアは両手を胸の前で合わせ、詠唱を始める。
「人々は願った…辛い現実を捨て、幸せな夢の中で生きていたいと…」
その瞬間、リーフェウスに強烈な眠気が襲ってきたが、リーフェウスは再び『神』の力を発動させる。すると、周囲にガラスが割れたかのような音が鳴り響き、リーフェウスの眠気が消え去った。そして、リーフェウスの剣はアルカディアの懐まで接近する。それを見て、アルカディアは再び詠唱を始める。
「人々は願った…他者を排斥し、己だけの世界で生きていたいと…」
詠唱が終わると、アルカディアの身体の周りに金色のバリアが出現した。リーフェウスはそれに構わず斬りかかる…が、アルカディアのバリアは想像よりもはるかに硬く、リーフェウスの剣を容易く弾き返した。その反動によって生まれた隙を、アルカディアは見逃さない。
「そして人々は願った…自らが抱いた願いと、この世界と共に、破滅していきたいと…!」
その瞬間、空に十字型の光が走り、その光の中央から一筋の光芒が放たれる。光芒が地面に着弾すると、戦場である庭園全体を揺るがす程の大爆発が起こった。
「…!」
「リーフェウスさん!」
爆発の中心にいたリーフェウスは流石に死を覚悟した…が、何故かリーフェウスは無傷だった。それどころか、周囲には爆発が起こった形跡が無かった。困惑するリーフェウスだったが、いつの間にか自分の目の前に立っている人物を見ると、その困惑は露と消えた。
「ハァ…まあ、初仕事にしては及第点ってとこかな」
「ラビア…」
「今回は特別に僕がやってやるよ」
ラビアは悠然とアルカディアに向かって前進していく。
「愚かですね…誰が来ようと結果は同」
アルカディアが言い終わる前に、先程のアルカディアのものよりも一回り細い光芒が、空に浮かんだ幾重もの魔法陣から放たれる。光芒の細さに反して、その威力はアルカディアのものとは比べ物にならない威力だった。リーフェウスの目から見ればもう決着がついていそうなものだったが、ラビアは全く手を緩めない。ラビアは指1つ動かさないまま、アルカディアがいたであろう場所にブラックホールのような黒い渦を発生させ、更にその渦の中心に数えきれないほどの数の斬撃を浴びせた。
「容赦なさすぎるだろ」
「前にも言ったけどさ…なんで皆最初は小手調べすんの?初めから殺す気でやれば早く終わるのに…」
その発言に若干引いているリーフェウスは、とある事実に気が付いた。普段魔力を使う時は多少なり光っていたラビアの目が、全く光っていないのである。リーフェウスは、恐る恐る聞いてみる。
「なぁ…アンタもしかして…これ本気じゃないのか?」
「いやまさか…」
メイがフリのような台詞を吐くと、ラビアが呆れたような口調で答える。
「言っただろ?本気で戦ったらこの星が無事じゃいられない、ってさ」
「「ええ…」」
リーフェウスとメイが複雑な気持ちになっていたその時、土煙が勢い良く晴れて、未だバリアを纏っているアルカディアが姿を現した。
「アンタも大概化け物だな」
「当然です…人々が抱く願いは…人々の欲望は、貴方達の想像よりも強固なのですよ」
ラビアは心底気怠そうな溜息をついて、グリッジの中から刀を取り出す。
「ま、知ってたけどさ…とっとと終わらせたいから、たまにはちょっと真面目にやろっか」
ラビアは刀の柄に手をかけ、半分ほど刀身を見せる。そこから放たれる絶大な魔力に、アルカディアは思わず防御の姿勢を取る。
「この世界の全てを…この一刀に懸けて」
依然として刀を構えるラビアの背後に、幾つもの光輪が現れた。『破滅』『虚無』『惨苦』『回生』『光明』『救済』…それらの文字が刻まれた光輪は、刀を収める動作と共にやがて一つの光輪に纏まる。その中央には『決意』の文字が刻まれていた。そしてラビアは全力で刀を振るう。ラビアの全て…即ち、この世界の全てを乗せた一刀。その威力は凄まじく、アルカディアのバリアを破壊するどころか、その向こうにある山、雲、果ては空さえも両断した。アルカディアの翼は消え去り、地面に膝をつく。そんなアルカディアに、ラビアはゆっくりと歩み寄る。
「…完敗です」
「潔いじゃん」
「一つ…聞かせてください」
「何?」
「何故…手加減をしたのですか?貴方が本当に本気を出せば…私など跡形も残らないはずなのに」
リーフェウスとメイは戦慄した。あんないかにも奥義っぽい見た目の技がまだ『手加減』の部類に入ることに。
「狙う場所を調整しただけさ……理由としては、君の過去を知っているから、かな」
「私の…過去を?」
「丁度いいや。勝者の特権として…君の過去を聞かせてもらうよ。コイツらも知りたがってるし、何より他人の過去なんて、僕の口から語るべきじゃないからね」
「…分かりました」
こうして、理想郷への先導者は己の過去を語り始めた。
豆知識
アルカディアのつよつよバリアはなんと他人には付与できません。私は自己中バリアって呼んでます。




