第?話 呪い(中編)
ラビア君が「守れ」と言われたのは地球だけですが、ラビア君の権能の範囲は宇宙全体です。ややこしくて本当ごめんなさい。
リーフェウス達が深淵の地で激闘を繰り広げている時代から、約4000年前。まだ国という概念すら無かった頃の話。新しい世界を守る神として生まれ変わったラビアは、耐え難い苦痛と真実を知ってしまったが故の虚無感を携えながら、周辺の集落を目指して歩いていた。
「…ゲームみてぇな世界だな…」
前生の趣味を思い出しながら、ラビアは村に入る。そこまで文明は発展していなさそうだったが、何故か2M強くらいの大きさをした人型の機械が一体、村の中を徘徊していた。
「この村の守り手ってとこか…」
妙に違和感を放つ機械を一瞥し、ラビアは誰とも話すことなく村の端にある崖まで歩いていった。辿り着くと、ラビアはその崖に腰掛けて考え事を始めた。自身の権能によって知ったこの世界の常識だったり、様々な情報を整理する為だった。
「…で、この世界ではアイオーンは『創造主』って呼ばれてるのか…」
数十分ほど経った頃、ラビアは自分の背後に誰かが立っている事に気がついた。
「…誰?」
「わっ、気づいたんですか?一体どうやって…」
「ハハ、まぁ…色々あってね」
そこに立っていたのは、肩辺りまでの長さの銀髪を携えた少女だった。
「あの…こんなところで何を?村の人じゃないですよね…?」
「…別に何かをしてた訳じゃない。ただ暇を潰していただけさ」
ラビアは本当の事は言わなかった。もし、自分が世界の全てを知る神である事を話せば、何か面倒な事になると思ったからである。そもそも、ラビアは元来人を信用する性格ではない。それ故に、たった今会ったばかりの赤の他人に自分の素性を話すことはしたくなかった。
「君の方こそ何の用?こんな怪しい奴に話しかけるなんて、用もないのにやる事じゃないでしょ?」
当然ながら、ラビアの権能を使えばその少女の要件を知る事も可能だ。というか、実際その答えをラビアは知っていた。だが、何故かどうしてもラビアは自分の目や耳で確かめたものしか信用しようとしないのである。
「えっと…特に用事とかは無いんですけど」
「はぁ…?」
予想通りの意味不明な答えに、ラビアは思わず辟易する。ちなみに、ラビアの権能は世界の全てを『知る事ができる』だけであって、理解できるかどうかはラビア本人次第なのである。
「あ、でも私…親が数年前に死んじゃって、今一人暮らしで…よかったら、その…友達とか…欲しいな、って」
「…」
依然として、ラビアにはその感情が理解できなかった。
(友達…か)
「…まぁいいよ」
その途端、少女の表情が明るくなった。
「…!ありがとうございます!嬉しいです!」
「元気な子だ…」
「あ、私『エリザ』って言います!あなたの事は、何と呼べばいいでしょうか?」
「僕?僕は…」
『アルヴィース』と名乗ろうとして、ラビアは一瞬迷った。何故なら、先程整理していた権能によって得られた情報の中に、『アルヴィース』という神の情報があったからである。それが自分の事だという事は分かっていたが、問題はその知識がどの程度浸透しているのか、という点である。そんな時、ラビアはある事を思いついた。
(そうだ、それこそ権能を使って確かめればいいじゃないか)
ラビアはエリザの情報に集中する。その結果、エリザの脳内にアルヴィースに関する情報は存在しなかった。それは即ち、エリザがアルヴィースの事を全く知らないという事を表していた。
「あの…どうかしましたか?」
「…アルヴィース。それが僕の名前だよ」
「わあ…神秘的な名前ですね!」
「そうかい?名付け親には感謝しなきゃだね」
ラビアがエリザに対して抱いていた感情は、ある種の『期待』だった。
(そうだ…いくらこの世界が苦痛に満ち溢れていても、それが全てじゃない。この子みたいに…ただただ純粋な内面を持つ人間だっているんだから)
ラビアはそう思い込み、エリザを友人として認めた。エリザと一緒にいれば、自身の苦痛も少しは和らぐかもしれないと思ったからである。
それが、ただの現実逃避である事も知らずに。
それから半年ほど経った頃、ラビアの周りには幾つかの変化が起こった。1つ目は、エリザの他に神の友人が出来たという事。その神の名は『アダムカドモン』。進化と意志を司る神で、アイオーンが言っていた『ラビアの役目を手伝う存在』らしかった。特に親しい訳でもなかったが、時折2人で談笑くらいはしていた。そして2つ目は、エリザに対するラビアの感情である。
「アルヴィースさん、こんにちは」
「やぁ、エリザ」
2人は、暇が出来るとこの崖に来ては談笑するのが日課になっていた。それは、お互いにとってかけがえのない幸せな時間だった。その日、ラビアはとある決心をした。自身の素性を話す、という決心である。理由は単純で、ラビアにとってのエリザはこの世界で出来た最初の友人だったからである。そして全てを知っているが故に、ラビアは目の前の人間の本性を知る事もできる。そのせいで苦しむ事もあったが、エリザの心は何の裏表も無い清純な心だった。彼女は、虚無に染まっていたラビアの心に色を付けた存在なのである。
「ねぇ、エリザ。突然だけど僕は…」
「はい?」
「僕は、この世界を守る為に生まれた神なんだ」
「…え」
「脈絡が無くてごめんね。でも、そろそろ君に言っておきたくてさ」
「…すごい」
「何て?」
「すごいですよ!アルヴィースさんって、神様だったんですね!そんな人と友達になれただなんて…私は幸せ者です!」
ラビアは、正直なところ少し恐れていた。この話をする事で、自分達の関係が変わってしまうのではないかと。だが、それは杞憂だった。
「…君なら、そう返すと思ってたよ」
微かな動揺を悟られないように、ラビアはいつもの調子で言う。
「アルヴィースさん」
「何?」
エリザが、少し真面目な表情で言う。
「あなたは…死なないで下さいね?」
その言葉に、ラビアは思わず息を呑む。ご存知の通り、ラビアは『言葉の神』でもある。エリザのその言葉が、どんな過去から発されているのかは容易に想像できた。
「ああ…死なないよ。僕は」
「はい、約束です…!」
「もう暗くなってきたね」
「それじゃあ、また明日」
ラビアは、その会話を物陰で聞いている影があった事に気づけなかった。それが、悲劇の種となってしまった。
『あなたは…死なないで下さいね』
『また明日』
それは彼が受けた、2つ目の呪い。
翌日、ラビアは目が覚めた時から嫌な予感がしていた。正午を少し過ぎた辺り…いつもエリザが来る時間になっても、今日はエリザが来なかった。そしてその理由を…ラビアは知ってしまっていた。
呼吸と鼓動が加速する中、ラビアはエリザの家へと向かった。だが、中に人の気配は無い。路地に回って見ると、そこには…
「…何で」
エリザの遺体が放置されていた。
「…どうして。どうして…『また明日』って…言ったじゃないか」
その瞬間、ラビアの中に激しい苦痛が渦巻き始めた。それ自体はいつもの事だったが、友人の死を目の当たりにしてそれが更に加速したのである。ラビアは路地に立ち尽くしたまま、犯人を探し出す。そして、その理由も。理由など、権能を使えば本人に聞くまでもない。
「……ハハッ…こんな…くだらない理由で…」
エリザを殺害した犯人は、とある1人の男だった。そしてその理由は…ただその男がエリザに恋をしていた。その男は、エリザがラビアと一緒にいるところを見て嫉妬した。そして今日、エリザに自身の好意を告白したところ、『他に意中の相手がいる』と断られたので逆上。そんな理由だった。
ラビアの中に、再び虚無が溢れ始めた。ラビアの苦痛の源の数は計り知れない。その中には、『人間の醜悪さ』も含まれていた。あの時、この世界で初めて目が覚めた時に、ありもしない信条を捏造してまで否定した現実が、今再びラビアの心に突き刺さった。
ラビアはエリザを埋葬すると、村の上空へと浮かび上がった。そして、背後に『破滅』の文字が浮かんだ光輪を出現させると…
その村を一瞬にして、村民ごと焼き払った。それと同時に、ラビアは心に決めた。『もう人とは関わらない』と。
それから1000年ほど、ラビアは出会いと別れを繰り返した。皆、ラビアにとってかけがえのない大切な存在だった。それでも、全員ラビアの元から離れていってしまう。事故、寿命、怨恨、自殺。様々な別れを経験した。それだというのに、ラビアだけは老いず、朽ちず、衰えず。『もう人とは関わらない』と決心したというのに、何故そんな事をしているのだろうか。それは誰にも分からない。ラビアは機械ではないし、神ではあるが元は人間だ。誰かから親愛の情を受ける度に、ラビアの脳が勝手に判断してしまうのだ。『今回だけ、今回だけ』と。
そんな事を繰り返すうちに、ラビアは人に親切される事が苦手になった。その度に、ラビアの心によく分からない痛みが走るのだ。また、眠る事も出来なくなった。常に身体中を駆け巡る惨苦と自身と親しかった者達との別れの光景が、目を閉じる度に鮮明に浮かび上がってくるのだ。今になってラビアは、あの時アイオーンが見せた表情の理由が分かった。
当然、自死も考えた。計画も練った。実行の一歩手前まで行った。だが、『呪い』がそれを阻止するのだ。
『新たな世界を…頼んだぞ』
『あなたは…死なないで下さいね』
『また明日』
それらの言葉は、かつてはラビアの『生きる理由である呪い』だった。だが、虚無に塗れ、汚れてしまった今のラビアにとってそれらの言葉は、『生きる事を強いる呪い』でしかなかった。
クッソどうでもいいですが、ラビア君は自分の権能(知識の方)の事を「権能君」と呼んでます。




