第四十三話 神威と神意
「その無知故の希望ごと、終わりにしてやろう…この世界を…!」
ラビアが左手を動かすと、その動きに連動してカロスが壁に叩きつけられた。
「…っ!」
そして間髪入れずに、無数の光の槍と青白い光線がカロスに向かって飛んでいく。爆風や土煙で、カロスの身体は完全に見えなくなった。
「オーバーキルだろ」
「ラビアに何したんだアンタ」
すると、リーフェウスの真横から、空間を裂いてカロスが出て来る。
「ハァ…私が聞きたいものだ」
「前から思ってたが、痛くないのか?」
「痛いに決まってるだろう?『不死』は『無敵』とは違うんだ」
「おい!無駄話をしている暇はないぞ!」
セツの叫び声で、リーフェウスとカロスは反射的に宙へ跳びあがる。依然空中に居るラビアが、地面から多数の火柱を立てたのだ。
「チッ…降りてこい!」
ヴァルザは大剣を一振りして、紫色の斬撃を飛ばす。ラビアは何故か避ける素振りを見せず、ヴァルザはそれに対して多少の違和感を抱いたものの、『当たった』と確信していた。だが…
「…幼稚な攻撃だね。欠伸が出るよ」
その斬撃は、ラビアに直撃する寸前に、グリッジのような模様と共に消滅した。
「なっ…!」
「何驚いてんのさ。そこの人外2人組から僕の能力は聞いてるんだろ?遠距離攻撃なんて…僕に通じると思うなよ」
人外2人組とはセツとカロスの事だろうか。
「なら近接戦はどうかしら?」
硝光と灰蘭がそれぞれの武器に炎と雷を纏わせて飛びかかるも…
「…」
ラビアが無言で指を鳴らすと、確かにラビアに向かって跳び上がったはずの2人は、跳び上がる前と全く同じ姿勢で地面に立っていた。
「えっ!?今アタシ達…アイツに…」
「僕は実質的に『この世界の全てに干渉できる』んだよ。それは君達個人の攻撃のような、小さな物も当然対象だ」
「マジかよ…」
「さて、準備運動も終わった事だし…とっとと終わらせようか」
その言葉が放たれた直後、依然としてポケットに手を入れたままのラビアの頭上に、空一面を覆い尽くすほど大きな魔法陣が現れた。
「いつも思ってたんだよね…何で皆、最初から本気で戦わないのかな、ってさ」
その巨大な魔法陣の中央から、一筋の白い光が放たれた。それは地面に着弾した途端に、とてつもない規模の大爆発を起こした。それは、不死であるカロス以外の全員の命を奪い得るもの…そのはずだった。
「…あ、あれ?アタシ達…生きてる?」
「…何が起こったと言うんだ?」
セツだけでなく、その場の全員は状況を飲み込めていなかった。
「…チッ。忌々しい…」
だが、そのラビアの反応を見て、先程の現象が少なくともラビアの不利益になるという事は分かった。
リーフェウスは気を取り直し、ラビアに斬りかかる。
「…この程度で僕が取り乱すと思わない事だ」
リーフェウスの剣撃は目で追うのが大変に感じるほど速かったが、それをラビアは危なげなく躱していく。
「本当に…本当に世界を滅ぼすつもりなのか?」
リーフェウスは、まだ対話を諦めていなかった。
「何度も言わせるなよ。もうこの世界に救いは無い。だから僕が終わらせるんだ…全部」
「ああ確かに…救いなんて無いかもしれない。でも…決して下らない世界なんかじゃないはずだ!聡明なアンタなら分かるだろ!」
ラビアの顔が、また曇った。
「……綺麗事じゃ、誰も救えない。言葉に…形の無い物に…一体何が出来る!」
リーフェウス達には、ラビアの身に何があったのかは分からない。だが、『言葉の神』でもあるラビアの口から出たその言葉は、酷く悲痛に聞こえた。
「ああ…そうか。アンタはもう…諦めたんだな」
「ハッ、何だよそれ?知った風な口利くんじゃねぇ!」
ラビアに蹴り飛ばされて、リーフェウスは地面に叩きつけられる。
「耳障りなんだよ…お前らの綺麗事は!」
その言葉を皮切りに始まった弾幕は、凄まじいものだった。形容するならば、まるで世界の終末。ラビアが最強の神であるという事を全員は再認識させられた。火柱、竜巻、落雷、吹雪。この世界のありとあらゆる攻撃魔法が、リーフェウス達を襲った。
「おいおい…反撃の隙すらねえぞ!」
「てかカロスはどこ行ったんだよ!」
「さっきリーフェウスを連れて別次元に避難してたわよ」
「アタシ達も連れてけよ!」
「彼なりの考えがあるのだろう。私達は生き残る事に専念するべきだ」
その頃、カロスの異次元空間では…
「何で俺だけ連れてきた?」
「時間がないから手短に話すぞ。先程も言ったが…ラビア殿に勝利する為の鍵は君だ」
「そうは言われても…理由を聞いてもいいか?」
「すまない、これは君自身が気づかないと意味が無いんだ。君の『能力の創造』という能力に制約は無いとは言ったが、それでもある程度具体的なイメージが無ければ恐らく発動は出来ないだろうからな」
「要は俺の能力が鍵って事か」
「ああそうだ。私が与えられるのはヒントだけだ」
「じゃあそれだけでいいから教えてくれ」
「彼の力は、『この世界に存在するもの』にしか働かない。『この世界に存在しないもの』が彼の唯一の弱点となる…それだけだ、戻るぞ。後方支援がメイ殿1人では負担が大きいだろうからな」
「他には何か無いのか?」
「…強いて言うなら、君は恐らくその力を既に一度発動させている。無意識だろうがな」
2人が元の次元に戻ると、未だに世界の終わりかのような光景が繰り広げられていた。
(既に一度発動させている?……ダメだ、分かる気がしない…!)
その時、とある言葉がリーフェウスの耳に入ってきた。
「チッ…やっぱ当たらねえか…!」
「どうすんだよ…!アイツ…未来でも見えてやがるのか?」
不安そうに呟く硝光の声を聞いて、リーフェウスは何かを閃いた。
(………そうか…分かった。この世界に存在しないもの…ラビアの唯一の弱点。それは…)
その時、硝光の叫び声が聞こえた。
「灰蘭!危ない!」
灰蘭は、逃げ回るうちにバランスを崩して転んでしまった。すぐに立ちあがろうとしたが、今回の相手はその僅かな隙すら命取りになる。セツが空中を蹴って助けに向かうが…
(駄目だ、間に合わない…!)
無数の斬撃が、灰蘭の目と鼻の先まで迫っていた。灰蘭は思わず目を閉じる。
だが…
「…?また…さっきと同じ…」
今度こそ死を覚悟した灰蘭だったが、いつまで経ってもその瞬間は訪れなかった。
戸惑う灰蘭の目の前には、いつの間にかリーフェウスが立っていた。
頭上には金色に輝く『神』の文字を浮かべて。




