第四十二話 無知故の希望、全知故の虚無
「この日…遂にやってきたか」
リーフェウスが、いつもと変わらない口調で言う。
「あなた本当ブレないわね…」
「まぁ、コイツのお陰でアタシ達もあんまり緊張せずに済むんだけどな」
普段通りの会話をしていると、少し遅くカロス、そして最後にセツがやってきた。
「すまない、待たせたか?」
「いや、別に構わない」
「いよいよ…戦うんですね。ラビアさんと…」
「ああ…余計な事を考えている暇はない。さっさと向かうぞ。そして…全員生きて帰るんだ」
こうして、リーフェウス達は深淵へと向かった。
「いつ来ても…気味の悪い場所だ」
カロスの作り出した裂け目の先には、リーフェウスとカロスにとっては最早見慣れた光景…ドス黒い淵気が漂う空間だった。ラビアを探す為に歩き出そうとしたその時…
「リーフェウス殿、少し待て」
「なんだ?」
「此度の戦いでは、君の力が非常に重要となってくる。頼りにしているぞ」
「根拠は?」
「ラビア殿の実力は、君もよく知っているだろう。あれほどの実力を持った人物が、あのような回りくどいやり方をしてまで、君を始末しようとした…それは即ち、彼にとって君という存在が厄介だった、という事だ」
「…そう言われても、俺の『意志の権能』ってやつの記述…曖昧すぎてよく分からなかったんだが…」
「…まぁ、ここまで来たらぶっつけ本番でやるしかない」
その時、全員の頭の中に聞き慣れた声が響いた。
「やぁ、来たんだね」
「ラビア…!」
「今日ここに来たって事は…そういう事だね」
その声の後に、リーフェウス達の前の空間がねじれて、黒い穴が空いた。
「来なよ。僕はその先にいるからさ」
リーフェウス達がその黒い穴を通った先には、かつて仲間として共に戦った男の姿があった。相変わらず黒く裾の長い衣服に身を包み、背後には淡く光る光輪が浮かんでいる。
「もう会話なんて必要無いだろ?さっさと始めようよ」
「待て、その前に幾つか聞きたい事がある」
若干被せ気味にそう言ったのはリーフェウスだった。
「何さ、この期に及んで命乞いでもするのかい?」
ラビアは依然として、不敵な態度を崩さない。
「まずは単純な疑問だ。アンタは何故世界を滅ぼしたい?」
「…ハハッ。意外だねぇ…君って相手の動機とか興味あったんだ」
「アンタだからだ」
そのリーフェウスの言葉に、ラビアは一瞬表情を動かした。だが、それに気づいた者はいない。
「理由なんて単純だよ。僕はただ…この世界が大嫌いだから。それだけさ」
「何故世界を嫌う?」
「…君友達いないだろ?そういう会話の仕方する奴が僕1番嫌いなんだよね」
「質問に答えろ」
「はいはい…まぁ何個かあるけど…1番大きい理由から話そうか」
ラビアは、少しだけ間を置いてから話し始める。
「…僕の権能は知ってるだろ?」
「ああ、『熟語で表わせる物の力を操る』ってやつだろう?」
「そっちじゃねぇよ」
「なら、『この世界の全てを知覚し、それらに干渉する力』か?」
「そう…俗に、『知識の権能』だとか呼ばれてるやつさ」
一瞬素が出てきたラビアは、すぐにいつもの調子に戻る。
「君は、この力の事を聞いてどう思った?」
「どうと言われてもな…ただアンタが規格外の存在だという事を再認識したくらいだ」
「ま、君はそうだろうね…でも、後ろの連中はどうかな?大なり小なり、便利で強力な能力だと思ってただろ?」
リーフェウスの一歩後ろに立つ仲間達は、沈黙で答えた。
「…YES、って事かな。当然だね」
「何だ?アンタは何が言いたい?」
「想像してみなよ…『全てを知る』という事がどういう事なのか」
リーフェウスは言われた通りに想像してみたが、ラビアの考えはよく分からなかった。
「つまらないんだよ…何もかもさ。人は往々にして知識を求める。でも、知識を追い続けた果てにあるのは、ただ真っ黒な『虚無』だけなんだよ」
「つまらない…?たったそれだけの理由で、アンタは世界を敵に回すのか?」
「それだけじゃないって…『何個かある』って言ったろ?」
「じゃあ他の理由は?」
ラビアは、一瞬言葉を詰まらせる。
「……この世界から苦しみを無くす為には、どうしたら良いと思う?」
「それは…」
「…分からないよね。僕もそうさ。どんな方法を使ったって、完全に苦しみの無い世界なんて作れない。『全てを知る者』でさえ、その方法が分からないんだ」
「…だから世界を滅ぼすと?」
「そうさ。ある時僕は気がついたんだ…どんな苦痛も困難も…全てこの世界が存在しているから生まれるんだ、ってね」
「そんな事…」
リーフェウスが何かを言おうとした時、それを察したラビアが叫ぶ。
「だったら君に!どうにか出来ると言うのか!?最早『消滅』以外に…救いはあり得ないんだ!この世界さえ無ければ、僕も、カロスも、セツも、他の奴らも!苦しまなくて良かった!苦しみを知る事も無かったんだ!こんな世界に生まれてこなければ…こんな世界さえ生まれてこなければ!」
ラビアが魔力を解き放つと、辺りの空間が揺れ始める。
「リーフェウス殿!来るぞ!」
「その無知故の希望ごと…終わりにしてやろう。この世界を…!」
戦いの火蓋が、切って落とされた。




