第三十五話 誰が為の正義
「…なるほどな。アンタが言ってた『彼女』ってのは、そのマリって子の事だったのか」
「ああ…後悔したか?気分の良い話では無かっただろう」
「否定はしない…アンタにとってマリは…本当に大切な人だったんだからな」
「その唯一の大切な人さえ、私は守れなかった…『親に代わってお前を守る』などと言っておきながらな…実に愚かで…滑稽で…情けない話だ」
「セツ…」
リーフェウスは、セツに対する同情を隠せなかった。
「…私がカロスに言った言葉を覚えているか?」
「『弱者を守る為に戦う』ってやつか?」
「そうだ…あの時、既に私は自分の信念がよく分からなくなっていたんだ」
「何故だ?今話した内容からでも、何となく察せなくもないが…」
「あの日から私は、弱き者を守る為に戦い始めた。だが、事はそう簡単には進まなかった…」
「ほう」
「私が守った弱者達は、『どうせアイツに守ってもらえる』という安心感から次第につけ上がり始め、他者を害するようになったのだ…」
そしてセツは、酷く悲しそうな声で言った。
「教えてくれ少年…私は…何の為に戦っているんだ?私の正義は…誰の為に存在しているんだ?」
リーフェウスは少しの間考えてはいたが、初めから答えは半分決まっていた。その問いに対して、リーフェウスはいつも通りの口調で答える。
「…前から思ってたが、アンタらは話を難しくするのが好きだな」
「…と言うと?」
「やれ『正義』だの『信念』だの…それらが無ければ何もしちゃダメなのか?善行にいちいち理由が必要なのか?」
「…!」
リーフェウスの答えは、至極単純なものだった。しかし、セツのような物事を深く考えすぎてしまうタイプの者にとっては、単純な言葉こそがよく響くのだろう。
「理由なんて無くても…『守りたいから守る』それで良いじゃないか。マリを守りたいと思ったのだって…そういう理由の無い感情だったんだろう?」
「…そうだな。私は…己の信念を定めることに躍起になりすぎていたのかもな」
「自由にやればいいさ。アンタが何をするかなんて、アンタが決めろ」
「ああ…まさかお前に学ばされる事があるとはな。感謝するぞ、少年」
「俺は自分の考えを語っただけだ」
「それでもだ」
そこで、リーフェウスは不意に自分がセツに接触した目的を思い出した。
「あ、そうだ。俺はアンタに聞きたいことがあるんだが…」
「私に?まぁとりあえず聞こう」
「アルヴィースって奴について、何か知らないか?『全てを知る者』って呼ばれてる奴で、俺は記憶喪失なんだが、そいつなら俺の記憶に関しても何か知ってるんじゃないかって思って、探してるんだ」
「アルヴィースか…大昔に本で読んだ程度だが…それでもいいか?」
「構わない」
「なら教えよう。まずアルヴィースとは『知識』や『情報』『言葉』を司る神だ」
「多いな」
「あの文献によれば、三神柱は特別な神で、権能を複数持っている…らしい。私が知っている事はそれだけだ」
「そうか、ありがとう」
「知識が乏しくてすまないな」
「いや、それでも助かる」
その時、セツはある事に気がついた。
「…少年、気づいているか?」
「え?何に?」
「周りだ…大量の淵族が集まってきている…!」
リーフェウスが辺りを見回すと、数百匹は超えるであろう数の淵族が近づいてきていた。
「話に夢中になりすぎたな…!」
武器を構えようとするリーフェウスを、セツが制止する。
「何で止めた?戦わずに逃げる算段か?」
「…少年、今日は私にとって大きな転機となるだろう。お前に…学ばされることがあったからな」
「それがどうした?」
「その転機を作ってくれた礼と、新たな生き方の第一歩として…お前は私が守る」
そう言うと、セツはあの仮面をつけて淵族の群れへと突撃していった。普通の人ならば大なり小なり心配するところであろうが、セツの実力を知っているリーフェウスは、全く心配などしていなかった。セツは淵族の身体をまるで豆腐のように破壊しながら、淵族の群れを壊滅させていく。その姿はまさに『夜叉』と形容するに相応しい勇姿だった。
(ラビアはよくあんなのに勝ったな…)
瞬く間に数が減っていく群れを眺めていると、背後から声が聞こえてきた。
「豁サ縺ュ…!」
「あっ」
リーフェウスが武器に手をかけるより先に、その淵族の真上からセツが降下してきて、淵族を粉々に打ち砕いた。
「アンタマジか」
「怪我はないか?」
「ああ」
その時、大きな音を立てて空間が引き裂かれて、カロスが顔を見せた。
「無事か、2人とも」
「思ったより早かったな」
「これでも時間がかかった方だ。それより、さっさと出よう」
こうして、セツとリーフェウスは無事に深淵から脱出できた。
「あ、帰ってきました!」
「体調は大丈夫なの?」
「どうせ大丈夫でしょ、コイツらならさ」
皆が普段通り談笑する中、セツはカロスと話し込んでいた。
「まずは感謝を述べよう。だが、今はそれより気がかりな事がある」
「何だ?」
セツは少し悩んで、また口を開いた。
「…いや、やはり気のせいだろう。忘れてくれ」
「そこまで言われたら気になるぞ。何の事かくらい教えてくれないだろうか」
「…少年…リーフェウスの能力のことだ。だが、本当に私の考えすぎの可能性もある。忘れろ」
そして全員は現世に帰り、カロス、セツとも別れた。だが、セツは帰り際にリーフェウスを呼びつけた。
「何だ?何か言いたいことでもあったか?」
「少年…会ったばかりの私を信用しろ、というのも無理な話だとは思うが…聞いてくれ」
セツは、一呼吸置いてから言った。
「あのラビアという男…警戒しておけ」
それだけ言うと、セツは夜の闇の中へ消え去った。
豆知識⑤
当然っちゃ当然ですが、「〇〇を操る」とか「〇〇を使って何かする」みたいな能力を持つ奴の強さは本人の発想力に依存します。ヴァルザとセツが良い例で、ヴァルザは自己回復やバフデバフ程度にしか使ってませんが、セツはめっちゃ色んなことが出来てます。戦闘IQの違いってやつですかね




