第三十二話 孤闘
ちなみに前回(勝手に)借りていったディザイアの武器はしっかり返却したそうです
いつの間にやったんでしょうね
「何だここは…」
「ここは奈落だ。現世で戦えば周りに被害が及ぶ」
「まぁここがどこだろうが関係はない…!」
セツは三次元的な動きでリーフェウス達に襲いかかる。
「速い…!」
「喋る余裕はあるんだね?」
「ほぼ喋ってないだろ」
当然ながら、主に狙われているのはカロスだった。
カロスの方も武器や魔法で応戦するが、どうやら近接戦闘ではセツに軍配が上がるようだった。
「どうした!あれだけの大口を叩いておきながらこの程度か!?」
「…昔も同じ事を言った気がするが…正面戦闘しか知らない君では私とは相性が悪いぞ」
カロスがそう言った瞬間、地面から幾つもの氷の棘が生えてきた。セツは咄嗟に後ろに跳んでそれを躱わすが、それのせいでセツの仮面が割れた。
「あれがセツの素顔か…!」
「素顔を見るのは久しぶりだな」
仮面の下にあった素顔は、リーフェウス達が抱いていたイメージ通りの、凛々しく中性的な顔立ちだった。
「セツって女なのか?男なのか?」
「今そんなのどうでもいいわよ」
「貴様如きに一撃もらうとは…私の腕も鈍ったか」
セツは左手に黒い風のような魔力を集めている。
「そろそろ…遊びは終わりにしよう!」
セツがその左手を強く握ると、全身に黒い魔力を纏うようになった。
セツが武器を振るたびに、黒い風が巻き起こる。カロスは、その黒い風や魔力に覚えがあった。
「これは…淵気…!何故君がこれを操れる?」
「知ったことか!『お前の目は何故見える?』と聞かれたらお前は答えられるのか!?」
どうやら淵気を操る能力は、セツの生来の物らしかった。
「何だこの感じ…淵気って魔力使えれば身体に害は無いんじゃねえのかよ…」
「セツが操る淵気はかなり濃い物だ!調子が悪いなら無理はするな!濃い淵気は身体の表面に当たるだけでも害がある!」
ヴァルザだけに留まらず、後衛のメイとラビア以外は全員、体のどこかに不調を覚えていた。
「どうしましょう…魔法でも回復させられないです…!」
「損傷っていうより、衰弱って表現の方が正しいかもね…」
「何か違うんですか?」
「どれだけ凄腕の回復魔法でも、老化は止められないし若返りも出来ないだろ?それと同じ感じだよ」
だが、身体が衰弱していようとリーフェウス達は5人である。対してセツはたった1人。いくらセツが強くても、人数差を補うには限度がある。
「大勢相手は経験があるが…こうも実力者揃いでは少し不利だな」
セツは周囲に淵気を集め、鴉や狼のような姿の淵族を作り出した。
「なるほどな…!淵気を操れるならば、淵族をも創り出せるという訳か…!」
数匹の鴉や狼、それとセツ本体を合わせて、リーフェウス達とセツの人数差は無くなった。
「コイツらも結構速いぞ!気をつけろ!」
「ならそれを止めてやろう…!」
リーフェウスの頭上に『制』の文字が浮かび、前方に波動を放った。セツ本体には当たらなかったが、セツが生み出した淵族には命中し、動きが見事に停止した。そこに全員が1匹ずつ攻撃を加え、淵族は消え去った。
「淵族って攻撃通りにくいって聞いてたけど…急所が狙えるなら関係なかったな」
(チッ…やはり畜生程度の知能しか無い奴らは使い物にならんな)
また元の人数差になってしまったが、セツに焦る様子はない。
「少しはやるようだが…所詮は人間。私には敵わない!」
セツが右手を目の前の空間にかざすと、広範囲に淵気の風が吹き荒れた。
「灰蘭!虫だ虫!しかも…なんか足が動かないぞ!」
「虫?いないわよ虫なんて」
「虫なんていねえ…けど、足が動かねえのは俺もだ…!」
淵気の暴風に当たった瞬間、何故か全員の動きが格段に鈍くなった。
「この感覚は……『恐怖』か。久方ぶりの感情だ。恐らくは当たった者に恐怖を植え付けるだけでなく、一部の者には幻覚を見せる作用もあるのだろう」
「淵気って本当…厄介な物体だな…!」
「なんで…ラビアさんは平気なんですか…?」
「別に僕怖いものなんて無いし…」
その時、リーフェウスは何かを思いついた。
リーフェウスは武器を掲げ、頭上に『浄』の文字を浮かび上がらせると、青白い光が辺りを包む。
「灰蘭!虫いなくなったぞ!」
「そう、よかったわね」
「やっぱりアイツ便利だな」
「助けられたな、リーフェウス殿」
一方で、セツの頭の中ではある考えが巡っていた。
(クソ…どんな手を使っても、誰かが対応している…やはり…私の信念など…)
そこまで考えが回ったところで、セツは己を奮い立たせるように叫んだ。
「それでも…私は負ける訳にはいかないのだ!正義の為に!弱者の為に!『彼女』の為に!」
リーフェウス達は『彼女』という文言が少し気がかりだったが、戦闘中にそんな事を考えている暇はない。右手に槍を持ち、左手に黒い爪を発現させたセツは、獣のような雄叫びをあげ、黒い暴風を巻き起こしながら襲いかかってくる。だが…
「今だ、メイ殿」
「はい!」
カロスの能力で背後に回ったメイが大砲のような光弾をセツに向かって放つ。光弾自体は躱されたが、それも想定内である。
「リーフェウス殿!」
「ああ!」
「すまない、セツ」
短くそう言うと、カロスとリーフェウスがセツの胴体を切り裂いた。セツは先程までの勢いを残したまま、地面に倒れ込んだ。
「勝った…のか?」
リーフェウスの問いには答えず、カロスはセツに語りかける。セツにはまだ意識があるようだ。
「そろそろ分かったか?私も最近学んだばかりだが…個人に出来ることなど高が知れているんだ」
「…!」
勿論、カロスには悪意など微塵も無い。だが、それを聞いたセツの脳内には、とある記憶が想起された。
『個人に出来ることなど高が知れているんだよ』
『個が集に敵うとでも?』
『君の味方なんて誰もいないんだ』
『君には…誰も守れやしない』
それは出来ることなら忘れていたい記憶だった。しかし、それは忘れられない記憶だった。それは忌まわしい記憶だった。かつての己の無力を思い出させる…忌まわしい記憶だった。
「ああああああああああああ!!!」
突如として叫び声を上げたセツに、一同は思わず警戒する。セツは淵気の暴風を起こし、全員を吹き飛ばすと、魔力で小さな足場を作ってカロスに急接近する。そして…
「…!」
セツの槍が、カロスの喉を貫いた。
「カロスさん!」
「問題…ない。死ぬほど痛いが…私は…不死だ」
全員の視線はセツに向けられる。
「何が正義だ…!何が信念だ…!そんな物に葛藤するくらいなら…私が全部壊してやる!弱者も強者も善も悪も最早関係ない!何が正義かは…私が決める!」
そう言うとセツは大量の淵気を纏い、その姿を変化させた。束ねていた黒髪は解け、黒い上衣を纏っている。
「ラビア…アレ、反魂ってやつか?」
「違うよ…前にした話覚えてる?『この世界の生き物は強い感情を抱くと進化する』みたいな話」
「ああ…」
「今セツに起こったのは正にそれだよ。一時的なものだとは思うけど…反魂みたいにガス欠でくたばることはまず無いね…!」
その時、ヴァルザは少しの違和感を抱いた。
(あれ…ラビアにディザイアの死因って話したか…?)
「恐れるがいい…!私こそが…この世界の断罪者だ!」
リーフェウス達は気を緩めず、セツに向かっていく…が、セツは一瞬のうちに後衛以外の全員を戦闘不能まで追い込んだ。
「何だよアイツ…強すぎるだろ…!」
全員が大なり小なり絶望を抱く中、ただ1人いつも通りの男がいた。
「…まぁ、頑張ったんじゃない?たまには僕も働かないとね」
「アンタ…正気か?」
「僕を疑ってんの?いいからメイに治療してもらいなよ」
それだけ言い残すと、ラビアはセツに向かってゆっくりと歩いていった。
豆知識③
淵気はありとあらゆる負の要素を含んだ魔力みたいなものです。淵気に触れた場合の影響は人によって違い、大体の場合は体調不良が起こりますが、精神に異常が起こったりすることもあるらしいです。
セツはそんなやべー代物を操ってるんです。危ないですね




