第二十八話 深淵が勝手にこちらを覗いている
ちなみに作中でも言ったと思いますが、深淵で何が起こるか分からない理由は『淵気』という特殊な大気のせいです。
リーフェウス達は街で目撃された淵族を深淵へ送り返す為に、街外れの古民家へとやってきた。鍵はかかっておらず、もう人は長らく住んでいないようだった。あれだけ意気揚々と突入していった硝光は、5分後にはしっかり列の真ん中で縮こまっていた。
「硝光…早く歩いてくれない?」
「し…仕方ないだろ!大体ラビアは怖くないのかよ!」
「全く」
「何でだよ!てか思ったより広いなここ!」
「古民家というより、最早屋敷ね…」
「なんだっていい。さっさと済ませて帰ろう」
そうは言っても、灰蘭の言う通りこの建物は広い。リーフェウス達は三手に分かれる事にした。『三手』である理由は…まぁお察しの通り、硝光がゴネたからである。
「何故幽霊を怖がるんだ…死神と一戦交えたとは思えないな」
リーフェウスは、硝光が聴いたらまた怒りそうな台詞を吐きながら屋敷を探索する。
「ここの空気…入った時から思っていたが、深淵と似ているな。淵気とかいったか…何が起こるか分からない以上、三手に分かれたのは失策だったな」
廊下の突き当たりを曲がったところで、リーフェウスは梯子を発見した。
「俺は屋根裏を見るとするか…」
リーフェウスは梯子を登っていくが、屋根裏に頭を入れたところで、頭頂部に何かがぶつかった。
「なんだ?何かの箱か?」
リーフェウスは一段梯子を降り、剣を抜いて障害物を破壊する。障害物は何かの箱にしては硬く、その先は屋根裏にしては明るかった。
「…?」
若干の違和感を抱いたリーフェウスが梯子を登り切ると…
「……え?」
そこに広がっていたのは、先程自分がいた廊下だった。いや、辺りをよく見回してみると、最初に入った時よりも周りが暗い。『そこ』に入った経験のあるリーフェウスは直感的に理解した。
「まさかここ…深淵と繋がってるのか?」
リーフェウスはもう一度、自分が行こうとしていた屋根裏を見てみる。だがそこには、先程見た時とは打って変わって、まさに『深淵』と称するに相応しい闇が広がっていた。
一方、ラビアは…
「雑草まみれだな…」
内部の手入れが行き届いていないことに文句を言いながら、屋敷を探索していた。特にどこを見ようという当ても無かったので、何となく目の前にある襖に手をかけた。
「…!」
ラビアは何かに気づいたようだ。
「この先…何かあるね」
それが良い事か悪い事かは分からないが、ラビアの選択は…
「ま、開けた方が面白いだろ」
ラビアは極めて短絡的な理由で勢いよく襖を開けた…が、すぐに『スパァン!』と音を立てて襖を閉めた。
「何だよアレ…」
もう一度ゆっくり襖を開けたラビアが見た物は、分裂と合体を繰り返す人型の黒いインクの群れだった。
「うわぁ…気持ち悪…」
嫌悪感を露わにするラビアの背後には忍び寄る『黒い』影があった…
また一方、灰蘭と硝光は…
「…硝光、歩きにくいわ」
「じゃ、じゃあアタシをここに置いていくって言うのか!?」
「分かった…分かったからせめて抱き付かないで」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「何よ!びっくりさせないで!」
「今…今黒い何かが…!前の通路を…!」
「そいつね…硝光!追うわよ!」
「こ…腰が…!」
灰蘭は呆れて、ため息混じりに言う。
「じゃあ硝光は外で待ってて。私が入り口までついていってあげるから」
「ありがとう…」
少し歩いた後、2人は入り口にたどり着いた。特に何も言わずに灰蘭は扉に手をかける。
「えっ?」
だがその瞬間、すぐ後ろにある襖が開いた音がした。
「…硝光、ここで待ってて」
灰蘭は入り口の扉を通ったはずだが、何故か出た先は先程開いた後ろの襖だった。
「こ…これ…」
「ええ…私達、閉じ込められてるわ」
「どど、どうすんだよ?」
「まずは他の2人と合流しましょう。考えるのはそれからよ」
その時、2人の背後から『ヒタヒタ』といった足音が聞こえてきた。2人が反射的に振り向くと…
「で…出たぁぁぁぁぁ!」
目撃情報の通りの黒い人型…淵族がそこに立っていた。全身が黒いインクで構成されていて、時折身体の一部にグリッジのような物が走り、顔は真っ暗な空洞である。
2人は武器を構えるが、淵族に襲ってくる様子はない。しばらく2人を見つめた後に、踵を返してフラフラとどこかへ歩いていった。
「何だったんだ…?アイツ…」
「得体の知れない奴とは戦わない方がいいわ。合流を急ぎましょう」
その時、近くの襖が開き、見慣れた顔が出てきた。
「一体どうなってるんだここは!構造が明らかにおかしいぞ!」
「リーフェウス!無事だったのね!」
「まさかお前の顔を見て安心する日が来るなんてな…」
「ああ、2人とも無事だったか。よかった」
「詳しい説明は省くけど、私達ここに閉じ込められたらしいわ」
「それは俺も分かってる。どこの扉がどこに繋がってるのか…全く見当もつかない」
「いっそ壁とか壊していったら出られたりしないのか?」
あれやこれやと話し合っていると、突然とてつもない轟音が辺りに響き、屋敷全体が粉々に崩れ去った。
「えええええええええ!?何だ何だ!?」
戸惑う3人の視界には、荒い息をしているラビアの姿があった。
「ラビア!アンタがそんな顔するなんて…何があったんだ?」
「話せば…長くなるよ…」
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気色の悪い光景に嫌悪感を示していたラビアは、右足にくすぐったさを覚えた。それと、『カサカサ』という物音が聞こえてきた。
「…?」
不審に思ったラビアが足を左手で払ってみると、手の平についていたのだ。黒く光る身体を持ち、高速で移動する『ヤツ』が。
「うわっ」
ラビアは無意識のうちに、カロスとの戦いで使用したあの隕石を落としていた…
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「全然長くないじゃない」
「てか無意識であんなもん落とすなよ!」
「結局…何も分からず終いだったな」
「別にいいんじゃない?淵族が何かした訳じゃないんだし…ここが深淵と繋がってたとしても、もう僕が吹き飛ばしちゃったし大丈夫でしょ」
「じゃあ次はカロス達との合流だな」
こうして4人は再会し、釈然としないまま黒鴉班との合流を目指すのだった。
キャラクタープロフィール㉓
名前 灰蘭
種族 人間
所属 主人公陣営
好きなもの 水 動物
嫌いなもの 特になし
異能 なし
作者コメント
炎属性バランスアタッカー。リーフェウス達が野宿する時の火は大体灰蘭が魔力を使って出しているので、たまに焚き火の中に剣を置き忘れることがある。イメージした言葉はないが、イメージした動物は「梟」と「カピバラ」なんかカピバラっぽくないですか?