第?話 フィクサー
なんで主人公をあんな上位存在みたいな響きの名前にしてしまったのか、後悔でいっぱいです。
奈落での戦いから数日後、焚き火の側で魚が焼けるのを待つ硝光が突如として言った。
「そういやリーフェウスってなんで戦った相手を殺そうとしないんだ?」
「別に普通じゃないか?」
「そりゃそうなんだけど…アステールも、カロスも、今までに出会った山賊とかも全員殺そうとはしなかったよなって思ってさ」
「そんなにおかしなことか?」
「お前の性格なら『俺を殺そうとしたんだ。殺されても文句は言うなよ』とか言いそうだなって」
硝光の目にはリーフェウスがどう映っているのだろうか。
「まぁ…強いて言うなら、俺の経歴が関係してくるんだが…」
「経歴?傭兵だったって話かしら?」
今度は、灰蘭が質問した。ちなみにメイとヴァルザは既に寝ており、ラビアはいつも夜になるとどこかへと姿を消す。
「それよりもっと前の話だ。…あんまり話したくはないが」
「アタシは聞きたいぜ?」
「私も」
「…まぁいいか」
そうして、リーフェウスは己の過去を語り始めた。
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今からおよそ3年ほど前、どこかの国の森の中で、1人の青年は目を覚ました。生い立ちや、その他の自身の情報などは一切覚えていないが、不思議と『リーフェウス』という言葉が自分の名前であることは知っていた。だが、彼は戸惑っていた。何故自分がここにいるのか、ここがどこなのか、どうやってこの世界を生きれば良いのか。分かることなど名前以外に無い中、疑問だけが絶えず湧き出し続けていた。
リーフェウスは、目が覚めてから数日間は魔物や野生動物を狩って暮らしていた。この世界を生き抜く術は分かったものの、己のことは一切分からないままである。次第にリーフェウスは、自分の過去を知る方法を求め始めた。ついでに金と雨風を凌げる場所も。だが、当時のリーフェウスには、この世界の常識やルールなどは全く分からなかった。
「さて、どうしたものか…」
木陰でそんなことを考えていると、突然男の悲鳴が聞こえてきた。ここからそう遠くはない。
「考え事は後回しだな」
その当時のリーフェウスには、既に異能は発現していた。ただし、その時はただ『脚力と腕力が上がるだけ』の能力だと思い込んでいたが。
悲鳴の元に素早く駆けつけたリーフェウスは、男を襲っていた魔物を難なく撃破した。すると、襲われていた男は手を叩いてリーフェウスを賞賛した。
「素晴らしい!助けてくれて、どうもありがとう」
「礼には及ばないさ。じゃあな」
「待ってくれ、命を助けてもらったんだ…何か礼がしたい。今、必要な物はあるか?」
「必要なものか…」
ここでリーフェウスは、先程までの自分の考え事を思い出した。
「金と、雨風の凌げる場所が欲しい。最悪、金だけでも構わない」
「ほう…後者の用意は無理だが、金はなんとかなりそうだ…それも、今だけの話ではないぞ」
「どういうことだ?」
「まぁひとまず、私についてきてくれたまえ」
リーフェウスが男についていくと、やがて大きな館へとたどり着いた。中に入ると、館の門と同じくらい大きな扉の向こうへと招かれた。
「ただいま戻りました、ボス」
「収穫はあったか?それと、何やら想定外の土産があるようだが」
「いえ、収穫はありませんでしたが…ボスの言う通り、代わりとして優秀な人材を見つけて参りました」
リーフェウスが助けた男は、裏社会の組織…俗に言う、『マフィア』の類の幹部だった。
「ほう…貴様、名前は?」
「リーフェウス」
「ふん…手腕を実際に見ないことには何とも言えんな」
「腕は、私が保証します。ですが…今日出会ったばかりの者を組織に入れろというのも、無理な話でしょう…私に1つ提案が…」
「ふむ…それはいい」
「なんだ?何の話をしている」
「貴様の名やその他の情報を、他の同盟関係の組織に知らせておく。貴様は今から、裏社会専門の何でも屋として生きるのだ」
それからリーフェウスは、ボスの言う通りに裏社会の何でも屋として生きることとなった。最初の方こそ仕事は無かったものの、次第にリーフェウスの腕は知れ渡って行き、トラブルのある場所に必ず現れることから、いつしかリーフェウスは『フィクサー』という通り名で呼ばれるようになった。
一方でリーフェウスの仕事内容というのは、『何でも屋』とは言いつつも、任される任務は半数以上が『暗殺』だった。だが、リーフェウスはその仕事内容に関しては、特に何とも思わなかった。寧ろ、人は『生きる為』と言いながら家畜や魔物を殺すのに、何故『生きる為』でも人だけは殺してはいけないのか。リーフェウスの中にはそんな疑問がずっと前から存在していた。ただ、断じて人を殺したい訳ではない。自分のやっている事が非道な行いであることは重々承知していた。
そして数ヶ月が過ぎた頃…
「君が『フィクサー』か。来てくれてありがとう」
「挨拶は不要だ。仕事内容を教えてくれ」
「今回も変わらん。敵対組織の幹部を始末してくれ。これがターゲットの写真だ」
(またか…殺すばかりで能の無い連中だ。もしあの世の王なんかがいたら、大忙しだろうな)
リーフェウスは軽く心の内で蔑んだが、仕事は仕事である。
「それともう1つ…今回のターゲットは、近頃行われるとあるパーティーに参加するらしい。お前にはそこに潜入してもらう」
「分かった。場所が場所だから、俺の武器は持っていけない。支給を頼む」
「了解した。ナイフを2本と、適当な銃、それと予備の弾薬を用意しておく」
(『適当』な銃か…俺の扱いは相変わらず雑だな)
数日後、装備が支給され、リーフェウスは件のパーティーに潜入した。
(慣れない服だ…まぁ、これももうすぐ血で使いものにならなくなるが)
今回の任務は、リーフェウス1人で行っていた。
(さっさと始末して帰ろう。今回の標的は…いた)
リーフェウスの視線の先には、いかにも人の良さそうな男の姿があった。
(あんな奴も裏の人間なのか…人は見かけによらないな)
リーフェウスの暗殺の方法はいたってシンプルである。最初は友好的な面を見せ、人気のない場所に呼び出して殺す。ほとんどの場合は護衛も一緒についてくるが、関係ない。邪魔をするなら殺すのみである。
「失礼、俺はこの組織からの使いだ。ボスが是非、アンタと友好的な関係を築きたいと…」
リーフェウスはそう言いながら、偽造された名刺を取り出した。
「おお!あの人の部下か!今よりも更に関係を深めたいってことか?」
「ああ。ボスはそう願っている。詳しい話は向こうでしよう」
移動しようとするリーフェウスとその標的。2人の護衛も、当然のように同行する。だが…
「お前たち、ついてこなくていいぞ」
「で、ですが…」
「俺がいいって言ってんだ。おとなしく待っとけ」
そして、リーフェウス達はパーティーの会場となっている建物の裏に来た。
「で、詳しい話ってのは?」
「ああ、少し待ってくれ。メモがあるんだ」
そう言いながら、懐から銃を取り出そうとするリーフェウス。そのリーフェウスの耳に、少し予想外の言葉が入ってきた。
「いくらでも待ってやるぜ?俺はお前の組織のことは信用してるからな」
「信用…か」
(いつものことだが…いい気分ではないな)
「どうした?メモを無くしでもしたか?」
「ああ…代わりにこんなものが見つかった」
短く乾いた音が響き、標的は口から血を吐いて倒れ込む。
「任務完了…帰るか」
このような仕事で日銭を稼ぎながら、リーフェウスは1年ほど過ごした。そしてある日、いつものように仕事を引き受け、依頼人の元へと向かった。
「今回の標的だ」
それは、今までの標的と比べてガタイの良い男だった。
「これが?またどこかの幹部か?」
「いや、コイツは最近俺の組織を嗅ぎ回ってる野郎だ。邪魔だから消してくれ」
「まぁ構わないが…」
リーフェウスはその日、特にやることも無かったのですぐに標的を探し出した。
「間違いない。あれだな」
リーフェウスは背中に差した剣を握り、標的目がけて勢いよく振り下ろした。いつもなら、それで仕事は終わるはずだった。しかし…
「うわっ…いきなり何しやがんだ」
その男はリーフェウスの奇襲を紙一重で回避した。
「目的など話すと思うか?」
(この男…かなりの実力者だな…帰りたい…)
「俺は無駄な戦闘は避けたいんだよなぁ…お前強そうだし」
「正気か?自分を殺そうとした者相手によくもまぁそんな事が言えるな?」
「だって事実だもんなぁ…今だって仕事帰りで疲れてるし…」
『仕事』という言葉に、リーフェウスは反応した。
「アンタは何の仕事をしている?」
「どうした急に…傭兵団の団長だが」
「最近、何かの組織を調査しているか?」
「してるぜ。今日はその件について、部下の報告を聞きに行ってたんだ。そんなことより、戦いたいってんなら相手になるぜ?」
「…」
リーフェウスは、剣を持ったまま考え込んでいた。
(コイツのやっていることは、今の俺の仕事と本質的には変わらない。ただ、汚れ仕事かそうじゃないかってだけだ。なら…)
「…アンタはアンタが調査している組織から命を狙われている」
「ハァ…まぁ大体予想はついてたけどな。そんでお前は、その組織に雇われた殺し屋ってとこだろ?」
「ああ」
「目的話しちまっていいのか?」
「状況が変わった。条件次第で、アンタを見逃してやってもいい」
「へぇ?その条件ってのは?」
「…俺を、アンタの組織に入れてくれ」
リーフェウスは、少し迷ってからそう言った。そして、標的の男にはその迷いが感じ取れたのか、こんなことを言った。
「それは構わねぇ。けど、お前今ちょっと迷ったよな?」
「…否定はしない」
「理由は分かるぜ。今まで裏の世界で生きてきたから、今更表の世界で生きていくのは気が引けるんだろ?」
「…ああ」
「そんなの気にすんなよ。改心すれば過去の行いが清算される訳じゃねぇけど、どうせ過去は変えられない。なら、まだ変えられる未来のことを考えるべきだろ?」
その言葉は、リーフェウスの心に強く響いた。
「…なら、俺も俺の未来を良くする為に…行動を起こすとしよう」
そう言うとリーフェウスは、標的に背を向けた。
「どこ行くんだよ?」
「そう時間はかからない。しばらくしたら戻ってくるから待っていてくれ」
「答えになってねぇぞ?」
「フッ…ゴミ掃除だ」
その後リーフェウスはどのような行動を起こしたのか…それは、リーフェウスの話を聞いていた灰蘭と硝光のみが知っている。
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「という訳だな」
「へぇ…あの時お前がカロスに言ってた台詞は、団長の受け売りだったってことか」
「ああ、過去のことを聞いてから、カロスのことは他人とは思えなくてな」
「あなたの強さの理由がなんとなく分かった気がするわ」
リーフェウスは、少し真剣な表情になってこう言った。
「だが、俺が数多の命を奪ってきたことも事実だ。生きる為とはいえ、許されることではない。もし、この先どこかで、その所業の報いを受ける時が来たのなら…俺はそれを受け入れる。それが…他人の命を糧にして生きてきた者の、つけるべきけじめであり、持つべき覚悟だ」
いつの間にか焚き火の火は消えかけており、辺りは少し暗くなっていた。代わりに、夜空に浮かぶ星々が、リーフェウス達を照らしていた。
豆知識②
この世界は普通に銃があります。ただ、魔力を使った方が強いので表社会の人間はほぼ使いません。一方で、かつてのリーフェウスのような裏社会の人間(特に殺し屋)には魔力を感知される心配がないので銃は割と好まれています。




