第二十二話 半端者
「そんなことがあったって訳か…」
どれくらいの時間が経ったかは分からないが、全員はカロスの過去のことを聞き終えた。
「ああ…その後死亡して奈落に落ちた私は、実力を買われて先代の死神から次代の死神に任命された」
「死神って代替わりするものなんだな」
「そうだ。新たな死神となった私は、団長殿のように人助けをする組織を作った。どうやったのかは知らないが、私の後を追ってきたベルと共にな」
「それがヴェンジェンスって訳か」
「死神となってからも現世に赴く機会はあって、そこでも似たようなことをした。だが…私は誰1人として救えなかった。現世の人間も、奈落の魔族も、皆私の『中途半端な善意』の犠牲となっていった…」
ベルは、いつになく真剣な表情でそれを聞いていた。
「私はある時決意したのだ。半端な善人にしかなれないのなら…半端な善意のせいで誰かを苦しめてしまうのなら…いっそ悪人になってやろうと。今思えば、あの時の私は自棄を起こしていたのかもしれない…当時の私の中にはこれといった理論も無く、ただ己と是正のしようがないこの世界に対する失望のみがあった」
そこまで話すと、カロスはため息をついた。その時、静かに話を聞いていたベルがゆっくりと口を開いた。
「…誰も救えなかったって事はねーだろ」
「…何を根拠にそんな事を…」
「根拠とかじゃねーよ。よく考えてみてくれよ、アンタが今まで助けた奴らが、全員『あの日の通り魔』みたいになった訳じゃないだろ?」
「…」
「アンタは1人で行動しすぎなんだよ。あの日だって俺とか、他の団員とかを連れてけば、アンタがそこまで沈み込む事だってなかったんじゃねーの?もっと仲間を頼れよ」
その時、カロスは遠い昔にかけられた言葉を思い出した。それは、自分にとって最も大切だった人間…母からかけられた、至極単純な言葉だった。
『あなたには、私がついてるから。何かあったら、私を頼りなさい。もし私が死んだら…その時周りにいるお友達を頼るのよ』
カロスには長年、『友人』や『仲間』というものが理解できなかった。何故、いつ裏切るかも分からない者に背中を預けられるんだろうか。何故、本心の分からない者相手に、心を開けるのか。約2500年間もの間ずっと疑問に思っていたが、今ようやくその意味を理解し始めていた。
「仲間…か」
しばらく、沈黙が続いた。
「何はともあれ、此度の戦いの敗者は私だ。今まで行っていた数々の破壊指示も、取りやめさせよう。それと、私を正気に戻してくれたこと、礼を言う」
「礼なんていらないさ。大事なのは変えられない過去を憂いるんじゃなくて、未来をどう良くしていくかを考えることだ」
「…驚いた。団長殿と全く同じ事を言うんだな、君は」
「もしかしたら生まれ変わりかもしれねえぜ?」
「浪漫のある話だな」
「ああ、ベル。君に早速任せたい仕事がある」
「構わねーぜ」
「此度の戦いで起きたこの建物と、建物周辺の修復を頼みたい。任されてくれるか?」
「ああ!任せとけ!」
そう言うとベルは、走って部屋を出ていった。
「燃料切れってのは嘘だったのか?」
と、突然部屋のドアが勢いよく開いた。
「悪い忘れてた!ありがとな!俺の頼みを聞いてくれて!アンタらが困ったら俺も出来るだけ力になるぜ!じゃーな!」
再び、ドアが閉まった。
「別れって意外とあっけねえよな」
「それが旅ってもんだよ」
「私も、ベルと同意見だ。私に力になれる事があれば、遠慮なく言ってくれ」
「あ、じゃあ聞きたい事が」
「なんだ?」
「アルヴィースって神のこと、何か知らないか?」
超久しぶりに出てきたその単語に、カロスはどういう反応を見せるのだろうか。
「…すまない。私は彼と面識はない故に、微々たる知識しか持ち合わせていない」
「どんな些細な情報でも良い」
「そうか、ならば話そう。彼が、『全てを知る者』と呼ばれているのは知っているか?」
「ああ。だから、俺の過去のことも知ってるんじゃないかって思ってな」
「君のその推測は正しい。彼の知っている『全て』とは、この世界に存在する全ての生物の思考や記憶、過去までに渡る…要は、本当に全てを知っているのだ」
「なんかすっげぇ頭良さそうだな」
「硝光、今だけはそのアホっぽいコメントやめて」
「それだけではない。彼は、己の知っている全ての事象に干渉する権能を持っている。つまり、彼は大衆の記憶や認識を書き換えたり、何かの存在そのものを世界から抹消したり出来るということだ」
「なんだそれやっべえな」
「敵に回したくないわね…」
「あの…私も聞きたいことが…」
メイがおずおずと手を挙げた。
「聞こう」
「リーフェウスさんとラビアさんって、魔力を使うと髪とかが光るんですが、これは…?」
「ああ、それは体内の魔力の濃度が高いからだろう。強力な異能を持つ者に多く見られる現象だ…リーフェウス殿の異能は確か『能力の創造』だろう?」
「なんで知ってんだ気持ち悪い」
「魂の情報を読み取れば造作もないさ。ちなみにこれで他人の体重も知る事が出来てだな…ちょっと前に灰縁の体重をうっかり本人の前で口に出してしまってな、死神の丸焼きにされたぞ」
(姉さんよく上司にそんなこと出来るわね…)
「君は、これからどうするつもり?」
カロスは、真剣な表情で答えた。
「今までの行いの贖罪に加えて、此度の戦いで命を落とした部下を蘇生させるつもりだ」
「そんなこと出来るのか?」
「私は死と魂を司る神だぞ?それくらい簡単だ。元来私は、一度死した者を蘇生するのはあまり良く思ってはいない。だが、今回に限っては別だ。私のせいで、彼らは命を落としたも同然…しっかりと詫びを入れなくてはならない。特に…ディザイアは」
ヴァルザは、ディザイアが戦闘中に放った言葉の数々を思い出していた。
「そう…頑張りな」
「じゃあそろそろ帰るか」
「ええ、そうしましょう」
「またな!カロス!」
「お元気で」
「達者でな」
「ああ、君達の旅が上手くいくことを願っている」
一行が部屋から出ようとした時、カロスはある事に気づいた。
「待て、ヴァルザ殿。何か落としたぞ」
「ん?ああ、危ねえ危ねえ。ありがとな」
ヴァルザの手には、使い古されたボロボロの手拭いが握られていた。
特に章の設定とかはしてないんですが、章で分けるとするならここまでが第1章です




