第二十話 神威
『死を司る神』という強大な敵を前に苦戦するリーフェウス達。それを後衛から見ていたメイは、あの大砲のような光弾を放とうとしていた。だが…
「今はやめておいた方がいい。かえって隙を晒すことになるよ。機会が来るまでは援護に徹しておきな」
すると、少し頬を膨らませてメイが言った。
「なんでラビアさんは戦わないんですか?」
「そりゃアレだよ。後衛だからね」
「その刀使えばいいじゃないですか」
メイは、恐らく今まで全員が思っていたことを口にした。
「これは本当にやばい時用の奥の手だからね。前衛のアイツらがまだ生きてる以上、使う必要はないでしょ」
一方、リーフェウス達は5対1であるにも関わらず、カロスに対して目立ったダメージを負わせられずにいた。
そしてベルは、戦闘中でも変わらずに、カロスに語りかけていた。
「しつこいぞベル…!何度言ったら分かる?人は変わるんだ!」
「あんたこそ何度言ったら分かるんだよ!その理由を教えてくれって言ってんだよ!」
ベルとカロスは、同じような問答をずっと繰り返していた。だが、先に折れたのはカロスの方だった。
「…私は、人間に失望したのだ」
「失望?人間時代のあんたからは想像もできねーな!」
「ああそうだろう。所詮人の考え方など…少しの要因で大きな変化を遂げるのだからな」
「もう昔みたいに…人を愛してはいないんだな…」
「私は人間を愛したことなどない…!」
「なら!『あの頃』に見せてた顔はなんだったんだよ!心の底から…仲間を信じて、愛していたんじゃねーのかよ!」
「愛?信頼?形のないものに何が出来る?せいぜい詩人の商売道具にしかならないだろう!」
カロスは力強く鎌を振り、ベルを弾き飛ばす。
「…今ようやく理解したぜ。あんたは変わったよ…だから俺達が…あんたを元に戻す!」
とは言ったものの、現状は何ひとつ変わっておらず、苦戦は続いていた。
「ラビアさん…私達も戦った方が…」
「まだいいよ。僕はともかく、君が攻撃に回ったら誰があいつらの援護をするんだい?」
「でも…このままじゃ…」
「うーん…こんなんでいいでしょ」
ラビアはそう言うと、カロスの魔力によって薄く凍りついた天井に、薄く、広く火を放った。
「ええ…」
メイは小さく呆れたような声を出した。
リーフェウス達が苦戦している理由は、ただカロスの実力が高いからというだけではない。単純にこの部屋が寒いのだ。身体の温度が下がれば、必然的に動作の速度も遅くなる。カロスは、そこまで想定した上で戦っていた。
「リーフェウス!火出せねえのか!」
「出来る訳ないだろラビアか俺は!」
「いや出来るでしょ君の能力なら」
「そういうあなたは出来たりしないの?」
「丸焼きになりたいなら別にいいけど」
「加減はしなさいよ」
一方、カロスは…
(おかしい…何故この者達は未だに倒れずに戦える?何度か致命傷に準ずるダメージも負わせた筈だが…ああ…なるほど)
次の瞬間、メイの背後には鎌を大きく振りかぶるカロスの姿があった。
「援護者が居たのか」
突然のことに立ちつくすメイだったが、メイの身体に傷がつくことはなかった。いつの間にかカロスの真横に立っていたラビアが、カロスの鳩尾を蹴り飛ばしたからである。とてつもない音と共に土煙が立ち、カロスは壁に叩きつけられた。
「マジでなんなんだよアイツ」
「よく神相手にあんなことが出来るな…」
「もうラビア1人でいいんじゃないか?」
「それは流石に…」
「ラビアさん…ありがとうございます…!」
「礼なんていい」
その時、土煙の中からカロスが出てきた。
「中々…やるようだな…」
「まだ立ち上がれんのかよ…!」
「当然でしょ?相手は一応神様だ」
(さて、そろそろかな…)
「再開だ」
カロスが鎌を握り、リーフェウスに向かってくる。
だが、突進の最中に、カロスの前方に斬撃が降ってきた。カロスの裾の長い衣服の端が切断される。
「何…?」
カロスの視線の先には、左手をかざすラビアの姿があった。
「頼むから動かないでくれよ…わざわざこんな面倒くせぇ作戦を実行に移したんだからさ…」
「作戦だと?」
「誰でも思いつく安直なものだよ」
その時、カロスの頭上から何かが落ちてきた。
「何だこれは…雨…?」
「な訳ないでしょ…ここは室内だよ?」
「じゃあこれなんだよ?」
今度は硝光が心底不思議そうに聞いた。
「じゃあヒントをあげよう。この水は元々カロスのものだよ」
ちなみに、原理を理解できていないのは硝光だけであった。
「なるほどな…私の氷を利用したという訳か…!」
「御名答。ついでに寒くて仕方がなかったこの部屋も、普通の気温に戻ったみたいだよ」
「だからなんだ?私の身体を濡らした程度で私に勝てるとでも?」
その言葉を遮るように、ラビアが言った。
「硝光、やりな」
「え?アタシ?…ああそういうことか!」
そう言うと硝光は、雷を纏った槍をカロスに向かって投げた。すると、水で全身が濡れているカロスは、当然感電した。
「小賢しい…!」
すぐに体勢を立て直したカロスだったが、リーフェウス達もその隙を見逃さない。リーフェウスが剣をカロスの服の裾に刺して動きを止め、すかさずヴァルザが飛び蹴りを入れる。
「チッ…!」
さらに、ベルが右腕を思いっきり振り抜き、カロスの胴体を殴ろうとする。だが…
「よくやったじゃないか…予想以上だよ」
攻撃が当たる寸前で、その腕はベルの身体ごと弾き飛ばされた。と、その時
「今だメイ、撃て!」
「はい!」
カロスの死角から、カロスの全身を軽く包めるほどの大きさの光球が飛んできた。
「見事…!」
それが命中すると、カロスを中心とした大爆発が起きた。
「メイ、相変わらずの大砲だな」
地面にうつ伏せになっているメイは、無言で親指を立てる。すると、土煙の中から声が聞こえてきた。
「見事な連携だ…君達を侮っていたこと、お詫び申し上げる」
「そりゃどうも」
ラビアが小さな笑いと共に応える。
「だが、まだ負けを認めるつもりはない。ここからは、君達を敵として認め、そして君達の示した意思に敬意を表し、私の全霊で相手をしよう…!」
次第に魔力が渦のようになり、カロスの周りに集まっていった。その中で何が起こっているのかは、誰にも分からなかった。だが、その中で起こっていることが、リーフェウス達にとって良くないことであるということは、誰の目にも明らかであった。




