第十九話 死神
回を重ねるごとに硝光がアホになっていく
「…何があってこうなったんだよ」
ディザイアとの死闘を終え、最後に裂け目から出てきたヴァルザとベルは、目の前に広がる光景に困惑していた。神経衰弱をしているラビアと灰蘭。どこからか迷い込んだ蝶を追いかけまわしている硝光。ここまではまあ納得がいくだろう。問題は上半身が壁にめり込んだリーフェウスとその側であたふたしているメイである。
「…生きてんのか?こいつ」
リーフェウスは無言で親指を立てる。
「腹立つなそれ」
「お帰りなさい。2人とも、無事で何よりです」
「ようメイ。これ何があったんだ?」
「話せば長くなります…」
大体十数分ほど前…
寝ているラビアの顔に落書きをしているリーフェウスとメイが会話していた。
「うーん…まずいな」
「どうかしましたか?」
「もうラビアの顔面に余白がない」
「…それ水性ですよね…?」
「油性だが」
「その方がまずいですよ!」
「まあ腕とかに書いていけばいいだろう…あれ、ラビアどこいった?」
「実に滑稽だったよ…まさか僕が寝てると勘違いしていただなんてね!」
そう言うと同時に、ラビアはリーフェウスの顔面を殴り飛ばした。
「ラビアさん起きてたんですか!?」
「僕はずっと昔から眠ることができない体質なんだよ…ただでさえ疲れが取れにくいってのに、横になってる人間の顔をずっとくすぐりやがって…!」
そして今…
「ってことがあったんですよ」
「100パーこいつが悪いじゃねーか」
「てかいい加減出てこいよ」
そして、久しぶりに全員が一堂に会した。
「皆無事だったか。よかった…」
「ラビアさんの顔は無事じゃないですけどね」
「集まるのは実に五話ぶりじゃないかい?」
「あなたって時々何言ってるかわからない時があるわよね」
「まあ何はともあれ、鍵とやらは全部集まったじゃねーか。これでようやく主に……あっ」
ベルが漏らしたその声を、ラビアは聞き逃さなかった。
「何か問題でもあったかい?」
「い…いや…別に」
「あったんだろう?」
ラビアの背後の法輪には「読心」の文字が浮かんでいた。
「プライバシーの侵害だぞ!」
「いいから話してみなって」
「…えー皆さん…非常に言いにくいのですが…」
「ああ、話してみろ。大丈夫だ、大体のことじゃ俺は怒らない」
「今、我々の前方にあるこちらの扉…俺の主がいる部屋に繋がってるんですが…」
「おう。それくらいは想像できるぜ」
「これ…俺が作ったんですよね」
「…は?」
「いやだから…俺ってこの組織の中でも結構古参なんだけど…この屋敷を建てた時の大体の作業は…俺がやったんですよ」
「なるほど。それで、その扉もあんたが作ったと」
「はい…それで…こっからが本題なんですけど…」
「早く言いなさいよ」
ベルは動揺のあまり、敬語になっていた。
「…鍵とかいらないんですよね、この扉」
全員が、驚きのあまり沈黙した。
「それは…どういうことだ?」
「てか、お前の主サマはそれ知らねえのかよ?」
「主はああ見えて結構歳いってるから…」
「年齢はいくつなんですか?」
「4桁はあった気がするけど…」
「相当なお爺さんですね…」
その頃、その扉の向こうにいるタナトスは…
(…ん?そういえば、なんとなく『鍵』とか言って部下に持たせたアレはなんだ?というか…そもそもこの部屋に鍵なんてついていたか…?)
(まずいな…あの少年達は怒っているだろうか…いや、考えるよりも確かめた方が早い。まずは魂の様子を見て…)
タナトスは、死神であるが故に魂に干渉することができた。
(ああダメだ、ものすごく怒っている。全員表には出していないがそれぞれがかなり苛立っている。無事にこの戦いを終えられるだろうか)
タナトスが思考を巡らせていると、扉が蹴破られた。
「本当だ…鍵要らなかったな…」
「何も蹴らなくたって…」
「ご機嫌よう、改めて自己紹介しよう。私はタナトス。今タナトスと名乗ったが、私のことは『カロス』と呼んでくれ。人間時代の名前の方が好きなんだ」
タナトス…改め、カロスは、軽く頭を下げた。
「なんか…思ってたのと違うな」
「もっと問答無用で襲いかかってくるかと思ってたぜ…」
「アタシも…てか、元々人間だったんだな」
「神の中にはそういう奴もいるよ。法則性はわからないけどね」
カロスは、その顔に僅かな微笑みを浮かべていた。
「なあ主。あんたの身に…何があったんだよ。昔のあんたなら…部下や他の魔族に人里を襲わせたりなんてしなかったはずだ!」
だが、そのベルの質問を聞くなり、その微笑みは消えた。
「ベル、人は変わるんだ。私だってそうだ…人間時代の私を知っているなら、理解できるだろう?」
「だから…!何があってあんたが変わっちまったのかって聞いてんだよ!」
「それを話したところで何になる?冥土の土産にでもするつもりか?まさか、私を改悛させようなどとは考えてないだろうな?」
「下がりな、ベル。もう戦闘は避けられない」
「チッ…あんたと戦うことになるなんてな…!」
「もし…もし私を改悛させるつもりならば、実力で証明してみせるがいい。君たちの正義を、君たちの意思を…!」
そう言うと、カロスはどこからか禍々しい雰囲気を放つ大鎌を取り出し、それを構えた。
「開戦だ」
一言、そう呟いたカロスの姿は、不思議なことに元の場所にはなかった。それどころか、この部屋のどこにも見当たらない。
「どこに消えた…!」
「これが主の異能だ!別の次元から奇襲をかけて来るぞ!」
「よく知っているじゃないか…!」
カロスの大鎌が、ベルに向かって垂直に振り下ろされた。ギリギリで回避はしたが、すぐさま追撃が来る。
「止まるなベル!」
リーフェウスが剣で鎌を弾き、そこに今度はヴァルザが追撃を入れる。
「甘い」
だが、その瞬間ヴァルザの頭上に数えきれないほどの巨大な氷柱が降ってきた。リーフェウスが即座にバリアを出してカバーはしたものの、全員はその一悶着だけで痛感した。
『自分達の相手は、死を司る神なのだ』と
キャラクタープロフィール⑯
名前 カロス(神名はタナトス)
種族 神
所属 奈落
好きなもの 金 駄洒落
嫌いなもの 仕事
異能 次元移動と瞬間移動(あと氷系の魔力)
権能 不明
作者コメント
作中で初めて登場する神で、元ネタはギリシャ神話の死神である「タナトス」。ディザイアよりも初期からいる故に時々名前を間違える。なんとなく魔法タイプっぽい印象が強いかもしれないが、普通に近接戦も強い。伊達に死神の名を冠してはいない。イメージした言葉は「失望」「死神」「不信」




