第?話 憎悪に堕ちる月
リーフェウス達が様々な場所を冒険している時代から約2000年前、スケイドルの北西に位置するとある村で、「彼」は生まれた。普通ならば、命の誕生は等しく祝福されるものであり、祝福されるべきものである。だが、その赤子は…
「忌み子…忌み子が生まれたぞ…!」
その赤子は、生まれた時から髪と歯が生えていた。だが、あくまでもそれだけである。たったそれだけのことで忌み子と扱われてしまったのは、当時続いていた天災の影響故か、それとも人間自身の醜さ故か、定かではない。
「忌み子なんぞと関われば、何があるか分からん…」
「やむを得ん。牢に入れておく他ないだろう」
『忌み子』の両親や、その近隣の者、果ては村中の人間が口々にそう唱えた。こうして『忌み子』は、まだ物心もつかぬ内から牢の中で生きることとなった。だが、村民達もまた半端な対応をしており、檻に赤子を放り込んだと思えば、食事はしっかり与えていた。しかも、不思議なことに、様々な種類の村民が食べ物を与えに訪れていた。だが、それは決して『忌み子』に対する僅かな温情などでは無く、もし『忌み子』が死亡した際に「自分がやったんじゃない。だって食べ物を与えたのだから。自分は悪くない」と思い込む為の、単なる保身の材料作りであった。そうして、牢の前に訪れる人々の思惑など知らぬまま、『忌み子』は四畳の空間で人生を過ごした。だが、『忌み子』が生まれてから10年ほど過ぎたある日転機が訪れた。
「…?」
『忌み子』は小さな窓から、誰かが覗いていることに気がついた。だが、それは今まで向けられていた侮蔑や嘲りの視線ではなく、純粋な好奇の視線だった。その視線の主は、『忌み子』と同じくらいの年齢の少女だった。
「あなたが、『忌み子』?」
「…」
「なんで牢に入っているの?」
「…」
「本当の名前はなんて言うの?」
「…?」
奇妙な時間が過ぎていった。会話にならないのは当然である。外界との関わりが食料の供給口しか無かった『忌み子』は、言葉をほとんど知らないのだ。数少ない知ってる言葉と言えば…
「ねえ、なんでさっきから何も言わないの?」
「…小、汚ね、え?」
「えっ?」
『忌み子』が今までかけられた言葉は、ありとあらゆる罵詈雑言のみだった。それ故に『忌み子』が知っている数少ない言葉も、必然的に罵詈雑言のみだった。
「…あなた、言葉を知らないの?」
「こと、ば?」
「本当に知らないんだ…」
「しら、な、い?」
「…あなた、可哀想ね。ただ…髪と歯が生えた状態で生まれただけなのに…」
「か、わい、そう?」
「…決めた。私、あなたの友達になるわ」
「とも、だち?」
「そう、友達」
「友達…」
「あなた、名前も無いのよね?」
「…」
『忌み子』は、まだ相手の言った言葉を繰り返すことしか出来なかった。
「じゃあ私がつけてあげるわ」
「な、まえ?」
「そう、名前よ。そうね…あなたは…なんとなく、お月様みたいね…」
「お、つき、さま?」
「うん。なんとなくだけど、優しくて、穏やかな雰囲気だから」
「うーん…月…生きる月…あっ思いついた!」
「…?」
「今からあなたの名前は『生月』よ。この言葉が聞こえたら、あなたのことを言っているのよ」
『生月』。それが、『忌み子』につけられた名前であり、後のディザイアの本名である。子供ながらの安直な命名ではあったが、気にいるかどうかは本人次第だ。
「なまえ…しょうげつ?」
「そうそう。気に入ってくれると嬉しいな」
「あ、りがと、う」
そう言うと、『忌み子』改め生月は、ぎこちなく笑った。
「名前…名前…?」
「あ、私の名前?ごめんごめん、言ってなかったね。私は『星導』だよ。正直…女の子らしくない名前だからあんまり好きじゃないんだよね…」
「せいどう…星導…!」
今し方聞いた名前を繰り返すと、生月は再び目を輝かせてぎこちなく笑った。
「『良い名前』って言いたいのかな?ありがとね!」
それからというもの、星導と生月は共に時を過ごすことが多くなった。勿論、親に止められることもあったが、それでも星導は生月の所へと通い続けた。そしてそれは、他の村民のような濁った内心故の行動ではなく、ただただ生月を想っての行動だった。
それから1年半ほど過ぎると、始めは幼子のような喋り方だった生月も、普通の人間と同じように流暢に喋れるようになっていた。だが、日々は決して穏やかなものばかりではなかった。
「お!いたいた。噂通りの見窄らしい見た目だぜ」
「こいつ寝てやがるのかぁ?俺達は動いてる姿が見てえってのに…」
ガラの悪い2人組が、まるで見せ物小屋の動物を見るような目で言った。1人は眼鏡をかけた痩せ型で、もう1人は対照的に太っている。実際のところ、そこまで広くない村の中では、生月がいる牢は見せ物小屋のような扱いだった。
「ピクリとも動かねえな…」
「チッ。つまらねえ…起きろっての!」
その2人組のうちの痩せている方が、眠っている生月に向かって石を投げつけた。だが、それでも生月は目を覚まさない。
「もう死んでんじゃねーの?」
「ハァ…退屈凌ぎにもなりやしねえ…使えねえな」
「行こうぜ」
「おう」
2人は去っていき、入れ替わるように星導がやってきた。
「やほ!今日もきたよ…って、それ!どうしたの!?」
「ん…これ…?ああ、頭の傷のこと?大丈夫。痛くないよ」
「でも血が出てるよ…?どっかにぶつけた?」
「これは…さっき、誰かが投げた石で出来たもの」
「…そいつらどこいったの?」
「分からない…」
「なんで怒ってないの?」
「僕は…『忌み子』だから。生まれてきちゃダメだったから」
「そんなのおかしいよ!前から思ってたけど!ちょっと生まれた時の見た目が違っただけで、なんでここまでされなきゃいけない訳!?」
「…それが、普通じゃないの?」
「普通じゃないよ!本当なら、君だって…私と同じような生活が出来てたはずなんだよ…?」
「そう…なんだ」
「生まれてきちゃダメだった人なんて…いる訳ないじゃん…」
「星導…」
「ほら、ちょっと窓に近づいて」
「?」
生月に手渡されたのは、小さな手拭いだった。
「これで、血とか涙とか拭きな?」
「涙…?僕は泣いてなんか…ただ目の辺りから、水みたいなのが出てくるだけで…」
「それを泣くって言うの!」
「ふうん…」
それからはまた、いつも通りの日々が続いた。時折、あの2人組のような輩もやってきたが、星導が撃退していた。生月は、今まで強い感情を抱いたことがなかった。どんな痛みを受けても、どんな罵声を浴びても、特になんの感情も湧かなかった。それが、当たり前だと思っていたからである。しかし、そんな生月でも、星導と過ごす日々は「幸せ」だと感じられるのであった。そしてそれは、星導にも同じことが言えた。いつしか2人は、親友と呼べる間柄になっていた。だが、その幸せは永遠ではなかった。生月が13歳の頃、その日はやってきた。村の大人達の間では、会議が行われていた。
「近頃の天災は…より一層酷くなってきておる…」
「なんとか出来ないものだろうか…」
「そうは言っても、今まで色々な方法を試してきたが、結局はその場凌ぎにしかならなかっただろう?」
「やはり…アレしかないか…」
「ああ…生贄だ。神に贄を捧げて、天災から守ってもらうんだ」
「『今まで通り』にな」
「幸い、今回分の『生贄』はもういる。多少こじつけにはなってしまったが、奴が生まれた時に布石を打っておいてよかった」
「では、その方向で事を進めるとしよう」
そう、生月が『忌み子』と呼ばれていたことには、大した理由などなかったのだ。ただ、いるかどうかも分からない神に縋る為の贄にする。その為だけに彼は今までの人生をあの四畳間で過ごしたのだ。そして、その会話をこっそり聞いている者がいた。
「嘘…でしょ…」
星導である。この会議には星導の両親も参加しており、なんとなくではあるが、両親の後をつけていたのである。
「教えなきゃ…!ここにいたら殺されちゃう…!」
程なくして、星導は生月の牢の前に辿り着いた。
「星導…?どうしたの…?」
「説明はあと!ここから逃げよう!一緒に!」
「どうして…?」
「後で説明するけど、あなた殺されちゃうのよ!」
「…!分かった」
流石の生月も、星導の様子から事の重大さに気づいたようだ。
「じゃあ、扉壊すからちょっと離れてて」
星導は予め持ってきておいた金槌で、木製の扉を叩き壊した。
「さ、逃げよう!」
「う、うん」
そして2人は、人の住んでいない裏道から、村を出る事を試みた。もうすぐ、裏門が見えてくる。
「ありがとう、星導。僕なんかの為に…」
「いーのいーの!私もこの村あんまり好きじゃないから!」
「そうなの?」
「うん!ここから出たら、またいっぱい話そう!」
「うん…!」
だがその時、何かが空を切る音が聞こえた。次の瞬間、銀色の矢が星導の身体を撃ち抜いていた。
「え…?」
星導は、糸の切れた人形のように、その場に倒れ込んだ。腹部からは、かなりの量の血が出ている。何が起きたか理解できていない生月の耳に聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。
「外すなよお前」
「まあいいだろ?どうせあの女も『忌み子』の仲間だ」
あの時の2人組である。片方は相変わらず眼鏡をかけていて、もう片方も相変わらずの肥満体型である。
「なんで…星導を…」
「あ?理由なんてねえよ。ただ外れちまっただけだ」
「強いて言うなら、『忌み子』なんかに関わるからだな。つまり、その女が死んだのはお前のせいなんだよ」
「僕の…?」
「ああそうだ。お前なんかと関わったせい。なんなら、お前さえ生まれてこなければ、その女は死なずに済んだかもなぁ?」
そう言うと2人は、意地悪く、陰湿そうな笑いを浮かべた。
「僕の…せいで…」
その時生月が抱いた感情は、どのように表せばよかったのだろうか。悲哀、憤怒、焦燥、悲嘆。表しきれないほどの様々な感情が生月の中で渦巻いていたが、その渦の中心にあるものは即ち「憎悪」だった。そしてその憎悪は、生月の人格を変えてしまうほどに大きなものだった。
「そうか…そうか…『俺』のせいか…ククッ…全部『俺』のせいなのか…」
「あ?何ブツブツ言ってやが…」
「ふざけんじゃねえ!」
次の瞬間、2人組の両腕が消えた。鈍い音を立てて彼らの足元にその腕が落ちた。ディザイアの異能が覚醒したのである。
「な…!?」
「痛ってえええええ!」
「面白ぇなぁ…!お前らはこんな気持ちだったんだなあ…!」
「てめえ…!」
2人は反抗の意思を示したが、それもすぐに消え去ることとなる。痩せ型の方の姿が一瞬消えたかと思えば、肥満体型の方の頭上から赤い液体が垂れてきた。肥満が上を見ると、無惨な姿で吊るされている痩せ型の姿があった。
「う…うわああああああ!」
「死ねよ…!」
ディザイアは棘と茨で肥満の方も滅多刺しにすると、星導の身体に背を向けて、村の方へと歩いていった。その手にはどこから出したのか、茨の巻きついた大剣が握られている。
「居たぞ…!『忌み子』め…!」
「その名前で呼ぶんじゃねぇよ…!俺には…!生月って名前があんだよ!」
異能も持たず、せいぜい弓と刀くらいしか戦闘手段のない村民など、最早ディザイアの相手ではなかった。ディザイアは今までの恨みを晴らすように大剣を振るい、自分をこんな目に遭わせた憎き人間達を虐殺していった。
…と、その時。
「駄目…」
ディザイアの肩に、後ろから弱々しく手が添えられた。その手の正体は、致命傷を負って尚、生月を心配して後を追ってきた星導だった。だが、ここで最大の悲劇が起こってしまう。
「うっ…!」
その肩に添えられた手の主を、限界まで憎悪に塗れたディザイアの精神は『敵』と判断したのだ。ディザイアは、反射的に茨で…星導の心臓を貫いてしまったのだ。
「星…導…」
「あはは…全然痛くないや…私…もう死ぬみたい…」
「星導…!ごめん…俺は…僕は…!」
「謝るのは私の方だよ…結局…君を守れなかった…」
「そんなこと言わないで!」
「ねえ…生月…最期に1つ…約束して…くれる…?」
「するよ!何個でも!どんなものでも!だから…だから…!」
「君は絶対に…悪者になっちゃ駄目…だよ…」
その言葉を最後に、星導は動かなくなった。ディザイアの中にある感情は、今や憎悪一色となっていた。自分をこんな目に遭わせた人間への憎悪、その人間を生み出したこの世界への憎悪、何より大きかったのは、唯一の味方を自らの手で奪ってしまった自分自身への憎悪だった。
「こっちに居るぞ!しかも誰かを殺してる…!」
「遂に本性を現したな…!」
そんな言葉は、今のディザイアには届いていなかった。ただ、ディザイアは一言こう呟いた。
「ごめん、星導。約束…守れそうにないや」
以下はスケイドルの治安組織の資料室に保管されているとある事件の資料の一部である。
(掠れていて読めない)年頃、スケイドル北西部に位置する村にて、大量虐殺が起こった。残存していた魔力から、犯人は異能を持っていると推測。村民は1人残らず殺害されており、1つを除いて五体満足の遺体は存在せず、その1つの例外の遺体も心臓部を的確に刺し貫かれており、犯人は村民に対して異常な憎悪を抱いていたと見受けられる。また、スケイドルに限らずに同様の事件が多発しており、目撃者の情報によると、「鋼鉄の棘や茨を操っていた」との事から、犯人の事を以下「鉄鬼」と呼称する。各国がそれぞれ治安組織から部隊を派遣するも、帰ってきた者は誰1人いなかったらしい。この事を深刻視した世界中の国々は、各国の精鋭を集めて鉄鬼の討伐隊を編成するという異例の事態へと発展し、その討伐隊にも多大な犠牲は生まれたが、鉄鬼に致命傷を負わせることに成功。それ以降は鉄鬼の目撃情報も被害も出ていない為、鉄鬼は死亡したものとしてこの捜査を終了する。
あの事件から2年ほど経ったある日…
「酷い傷だ…」
「…誰だ…お前…てか…寒い…」
「初めまして、私はタナトス。死後の世界の神だ」
「何の…用だ…」
「率直に言おう。君の力を貸してほしいんだ。君は人間に対して強い憎しみを抱いているだろう?私と組めば、君のその憎悪を向ける先を用意してやれる」
「ハッ…そりゃ面白ぇ…」
(ごめん…星導…俺はもう…引くに引けないところまで来たみたいだ)
こうして、『復讐鬼』は生まれた。
キャラクタープロフィール⑯
名前 星導
種族 人間
所属 なし
好きなもの 世話を焼くこと 鳥(肉ではない)
嫌いなもの 差別 他人の苦しみ
異能 なし
作者コメント
めっちゃ明るい底無しの善人。この世界のモブは基本的にクズか変人しかいないので星導のような人間は珍しい。(名前ついてるのにモブ扱いはどうかとは思うが)イメージした言葉は「星」「導き」「救済」




