第九十話 雪の降る休日
真月との決戦から1週間経った日の朝。その日は休業日だというのに、寝ている灰蘭の部屋のドアが叩かれた。
「何よ朝っぱらから…」
一応起きてはいたが、それでもまだ眠たい目を擦ってドアを開けると…
「おはよう灰蘭」
やけに目を輝かせたリーフェウスが立っていた。
「おはよう……何の用?私…まだ寝てたいんだけど」
「雪だ」
「え?」
「雪積もったぞ」
そういえば、季節はもうすっかり冬である。
「…だから何よ」
「雪合戦しよう」
「…」
眠そうな灰蘭の目に映る、幼い子供のように目を輝かせるリーフェウスがほんの少しだけ可愛く見えたのは秘密である。
「おお灰蘭、起きたか」
「こんな時間に起きるなんて珍しいな」
「起こされたのよ…そこの子供に」
灰蘭が指差した先には、ウッキウキで雪を両手で固めるリーフェウスがいた。
「アイツ意外と可愛いよな」
「雪初めて見たって訳でも無さそうなのにな」
「…これから毎年、雪が降る度にこんな時間に起こされるって事かしら?」
「言っても今8時だけどな」
「灰蘭が起きるの遅いだけだぞ」
その時、硝光の肩に何かがぶつかった。
「お前早速始めやがったな!」
「神と人間が戦うんだ!3vs1でも良いよな!?」
「早起きさせられた恨みよ!」
ヴァルザ、硝光、灰蘭の3人は一斉に雪玉を投げるが、それら全てを紙一重でリーフェウスが躱していく。
「よく考えたらアイツ未来視あるから当たらないじゃねえか!」
「ずるいぞリーフェウス!」
「実戦にずるいも何も無い!」
「「お前が言うな!」」
その時、灰蘭の部屋の隣の部屋で目を覚ました者がいた。誰あろう、アルカディアである。アルカディアは、先程から自室に響く鈍い音が気になっていた。
「……何ですか…こんな時間から…」
お前も朝弱いのか。
「…リーフェウスさん達でしょうか」
アルカディアは枕元に置いていた法輪を後頭部にセットし、顔を洗って歯を磨いてから玄関を開けた。
「皆さん一体何を…はぐぁっ」
それと同時に、アルカディアの顔面に雪玉が直撃した。アルカディアは後ろ向きに倒れ、法輪が『ガラン』と音を立てて床に落ちる。
「アルカディアァァァァァァァッ!!」
「何つうタイミングだ」
「逆に運良いだろこれ」
そのリーフェウスの叫び声で、目を覚ました者がもう1人居る。誰あろう、セイリアである。
「うぅ…ん。今日はよく寝たな」
セイリアは部屋の物を壊さないように手袋を着け、アルカディアと同様に顔を洗い、歯を磨いてから外に向かう。
「雪かきでもしているのか…うぐぁっ」
なんとなく予想出来ていたと思うが、セイリアがドアを開けた瞬間、セイリアの顔面に雪玉が直撃した。
「セイリアも逝ったァァァァァァァッ!」
「リーフェウス!お前これで前科2犯だぞ!」
「墓は後で建ててやるからな…」
「雪合戦より優先順位低いのね…」
その時、リーフェウスに向かって小さな雪玉が飛んできた。
「全く…起きて早々雪の塊をぶつけられるとはな」
「ええ…見せてあげましょうか。神の力というやつを」
なんとなく苛立ってそうなセイリアと、金色のバリアを纏ったアルカディアが参戦した。
「そのバリアずるいぞアルカディア!」
「未来視が使える貴方に言われたくありませんね!」
何とも微笑ましい光景だが、ここで灰蘭はとある2人がいない事に気がついた。
「硝光…そういえば、ラビアとメイは?」
「ああ、あの2人は今朝からクロノケージに出かけてるぞ」
その頃、クロノケージ某所では…
「お待たせしました、ラビアさん!」
「あ、来た」
いつも通りの服装のラビアと、少しいつもとは違う衣服に身を包んだメイの姿があった。普段の聖女のような衣装ではなく、年頃の女子のような可愛らしい服装だ。
「でも…本当に良いの?貴重な休日を僕と過ごす上に、ただ街を歩きたいなんて」
「はい!ここはラビアさんの故郷に似てるんですよね?」
「そうだけど」
「なら、それだけで楽しいんです!ラビアさんの人間時代が想像出来て…ラビアさんの知ってる事を教えてもらうの、私大好きですから!」
「…そう。じゃ、行こうか」
2人はゆっくりと歩き出した。
「そういやさ、君その服どうしたの?」
「実家に戻って取ってきたんです!」
「…ここからカレアスまで…結構な距離あるけど?」
「リーフェウスさんに送ってもらいました!」
「依頼料取られた?」
「はい!」
「アイツ…」
2人は近未来的な街並みを眺めながら散歩していた。
「…お腹空いたね、何か食べたいものある?」
「あ、じゃあ私…こんびに、というものに行ってみたいです!」
「コンビニね、丁度そこにあるから寄ってこうか」
2人がコンビニの自動ドアを抜けると、意外な人物と遭遇した。
「いらっしゃいま…せ…」
「…何してんのこんな場所で」
店員の格好をしてレジに居たのは、かの顔馴染みである死神だった。
「いや…ヴェンジェンスの生活費がいよいよとんでもない事になってな…私がバイトするしかなくなってきたんだ」
「にしてもコンビニって…」
「ここ以外全部落ちた」
(こんなのがあの世を治めてんのか)
と、そこにまたもや知った顔が入ってきた。
「また負けた…」
先日、正体が明かされた元スケイドルの都市伝説、セツである。
「セツさん…またギャンブルしに行ったんですか?」
「久しいな、童。これが大人の嗜みというやつだ…童やアルヴィースもいつか分かるだろう」
「分からなくて良いよ、メイ」
「分からなくて良いぞ、メイ殿」
「は…はい」
そして2人は昼食を食べ終え、再び散歩を始めた。
「ラビアさん…私、思うんです」
「何?」
「もしラビアさんが…権能も何も無い普通の人間で、その状態で私と出会ってたら…って」
「へぇ…どうして?」
「…ラビアさんの悩みって、大体権能のせいで起こるものじゃないですか。その…い、一応…私の恋人なので…苦しんでる姿は見たくない、と言いますか」
「…ハハッ。君…本当に綺麗な心を持ってんだね」
「ありがとう…ございます…?」
メイは戸惑いながら返事をするが、その後すぐに言いたかった事を思い出す。
「あ、それでですね…私は最近、その考えを改めたんですよ」
「どんな風に?」
「もちろん、ラビアさんには苦しんで欲しくはありません。ですが…ラビアさんのその…『性根の優しさ』と言うのでしょうか、それは…ラビアさんがありとあらゆる苦しみを知っているからこそ、持てるものなんじゃないか、と」
「…まぁ、生憎僕は自己肯定感が高い方じゃない。悪いけど…誰に何と言われようが、僕の僕に対する結論も、この世界に対する結論も変わらないよ」
「そう…ですか」
少し残念そうにするメイを横目で見て、ラビアは言葉を続ける。
「でも…少なくとも今は君が居る。君の人生がいつ終わるかなんて、僕ですら知り得ないけど…せめてそれが終わる時までは、一緒に居よう……居て…くれるかい?」
格好も喋り方も普段通りなのに、ラビアの表情は何故かいつもと違って見えた。
「ふふ……はい!ずっと…ずっと一緒ですよ!」
「…ありがとう、しの……メイ」
「え?」
「いや、昔の友達の名前が出ちゃっただけさ」
ラビアは慌てて訂正するが、メイはそこまで気にしていないようだった。
「それより…ふふ…さっきのラビアさんの顔、いつもと違いましたね」
「はぁ?僕の表情はいつも通りでしょ」
「いやいや、あの時だけは年頃の…私と同い年くらいの男の子に見えましたよ?」
「……君には敵わないな」
「同い年と言えば…ラビアさん何歳なんですか?」
「4000…」
「あ、精神年齢の方です」
「17歳だけど」
その時、メイは目から鱗みたいな顔をしていた。
「…何?」
「と…年上だったんですか!?」
「君何歳だよ」
「16歳…です」
「年下だったの!?」
普段の、リーフェウスなどと一緒にいる時のラビアならば『くだらない茶番』と一蹴するようなやり取りだった。だが、不思議とメイと居る時だけはそれが快いものに感じられるのだった。
「じゃあ改めて……これからもよろしくね、メイ」
「はい!ラビアさん!」
幸せそうな顔のメイと、微笑みを浮かべるラビアの2人を祝福するかのように、満天の星空が煌々と光っていた。




