第八十九話 あの言葉
真月が瞬く間に侵略者の軍団を壊滅させると、それを見ていたリーフェウスは感嘆の声を漏らした。
「俺達は…あんな奴と戦ってたのか…」
「そうだよ。犠牲ゼロで勝てたのは何よりも凄い奇跡なんだから」
その時、赤黒い霧が渦を作り、その中から真月が現れた。
「これで…贖えたかな」
「まぁいいんじゃない?正直、この星が無事なら僕はそれで良いし」
小さく乾いた笑いを上げると、ラビアは真月の目を見て質問を投げかける。
「それで…何か理由は見つかった?」
「…まだ分からない。けど…元はと言えば、私の目的は『アイオーンを否定する事』だ。それならこの星を穢すよりも、アイオーン本人を穢した方が気分が晴れる。例えそれが…アイオーンの生まれ変わりだったとしても」
「素直じゃないね…って言いたいけど、君の場合はそれが本心なんだろ?」
「ああ」
「好きにしなよ。何か思い悩んだら僕のとこに来れば良い。僕なら君の気持ちを理解出来る…君の『友人』になれるよ」
ラビアは、最後の『友人』という言葉を妙に強調して言った。
「…アルヴィース」
「今度は何さ」
「その…『ゆうじん』とは何だい?大昔にもアイオーンにそう言われたが…未だに意味が理解出来ないんだ」
それを聞いた瞬間、ラビアは突然笑い出した。
「なるほど…『ゆうじん』は洒落の類なのか…」
「ああ違う違う。君の言動が面白くてさ」
「?」
真月は首を傾げている。
「それはそれとして……こういうのはどうだい?『友人』という言葉の意味を探す為に、人々と共に生きる…せっかくなら目的とかあった方が良いでしょ?」
「君は教えてくれないのかい?『言葉』の神、アルヴィースよ」
「教えちゃったらつまらないじゃんか。知識ってのは人生や暮らしを豊かにする反面、過剰に知識を持ちすぎると感性が死んでいくんだ。君に分かるように言うと…『虚無』だね」
「なるほど…」
何やら小難しい話をしている2人に、他の誰もついて行けてないようだ。
「真月。忘れてはいないだろうな?」
突然、セツが腕を組みながら呼びかけた。
「お前の心情がどうであれ、この戦いは私達の勝ちだ。約束通り教えてもらうぞ…私の正体を」
そういえば、そんな約束もしていた。
「いいよ。せっかくだから、順を追って話そうか」
真月はセツの方を向いて話を始める。
「私は封印された後、安定した悪感情を供給して力を取り戻す為に赤月の使徒を作った…これは知っているね?」
「ああ」
「だが、赤月の使徒とは言ってしまえば私の眷属だ。私の魔力量ならば大量に作る事自体は問題無い…が、私と言えど初めての試みには些かの不安がある。そこで…私は使徒の実験的な個体を作った」
その真月の最後の台詞を聞いて、一同が騒めく。その騒めきの中、何かを察したカロスが驚いた様子で呟く。
「という事は…セツの正体は…」
「うん。君の想像通り…」
「最初の赤月の使徒、『夜叉』だ」
一瞬全員が沈黙するが、すぐにその意味を理解して…
「ええええええええええええ!!?」
などと言う驚きの叫び声を上げた。ラビアも口には出していなかったが、多少なり驚いたような顔をしている。だが、当のセツは特に反応もしないまま次の質問を投げかける。
「それは分かった…が、ならばどうして私をスケイドルに放置したのだ?」
「簡単だよ。君を使徒として運用する気が無かったからさ。使徒にしては…少々強すぎるからね」
そんな会話を聞いて、リーフェウスはラビアに耳打ちする。
「真月が認めるって…やっぱりセツって強いんだな」
「そうだよ。僕ですらある程度認めるくらいだからね」
「さて…今日は柄にも無く喋り過ぎて疲れた…私はそろそろお暇して、アイオーンの転生を待つ事にするよ」
そう言い残して、真月は赤黒い霧の中へ消えて行った。そして真月の影響で赤く染まっていた空が元に戻った瞬間、ずっと黙っていた人間組が大きく息を吐く。
「あぁ怖かった…!よくお前らアイツの前で普通に出来るな…」
真っ先にそう言ったのは硝光だった。
「月ってあんな見た目と名前だったのね…もっとこう…異形の何かかと思ってたわ」
「やっぱ人間から見たら怖いんだ?」
「怖いですよ…ラビアさん大丈夫なんですか?」
「そりゃねぇ…僕の感受性はとうの昔に死滅してるし…」
「本当にアンタはブレないな…」
星の命運を懸ける程の大きな戦いを終えても、彼らはやっぱりいつも通りなのであった。




