第?話 モノクロームの追憶
豆知識
概念種が死亡してもそいつが司る概念が消滅することはありません
安心してぶっ殺しましょう
今からおよそ138億年前。まだ『無』でしかなかった場所に宇宙が、この世界が生まれた。そして世界が生まれると同時に、2つのとある存在が生まれた。それが正の概念を司る『聖』の概念種『アイオーン』と、負の概念を司る『穢れ』の概念種『真月』である。真月はこの時からあの姿で、アイオーンは真月の外見の色彩を反転させたような姿をしていた。
「初めまして、我はアイオーン。君は?」
「私は真月。君は…私の半身か?」
「どうやらそうらしい…これからよろしく頼む、真月」
「ああ」
神には往々にして、権能に応じた役目が用意されている。彼らの役目は、2人の後に誕生していった様々な星、文明、生命などに、アイオーンが『福』を、真月が『禍』を与える事だった。2人はその役目に対して、特に何とも思ってはいなかった。最初のうちは。
『福を与える』というのは、例えば新たな生命の誕生や、作物の豊穣、文明の発達などの大規模なものから、悲願の成就、無病息災などの個人の事も範疇に入っていた。一方『禍を与える』というのは、例えば生命の死滅や、作物の不作、文明の破滅などの大規模なものから、地震、津波、荒天などの災害も範疇に含まれていた。
ここで1つ考えてみてほしい。貴方はこの『福』と『禍』、どちらを好み、愛するだろうか?
余程の捻くれ者でない限り、答えは前者だろう。誰が死を望むだろうか。誰が破滅を望むだろうか。誰が災害を望むだろうか。ここまで来たならもうお分かりだろう。真月はアイオーンとは違う『望まれない存在』なのだ。災害が起こる度、何かが死を迎える度、誰かの『憎悪』が真月に突き刺さるのだ。
(何故…人々は私を憎む?何故…アイオーンは人々から愛される?私達のやっている事は同じ…役目を果たしているだけだというのに…)
一応の擁護として説明するが、ほとんどの場合災害や死は真月が自分の意思で起こしている訳ではない。真月が居るから起こる事象なのだ。だが仮に人々にそんなものを説明したところで、真月への憎しみが増すだけだろう。そんな理由で、真月とアイオーンの間には徐々に軋轢が生まれていった。
一方、当のアイオーンは真月の事を本気で大切に思っていた。自身の唯一の友人として真月を見ていた。だが生憎、真月はそういった『情』が理解出来ない。真月の中には暗く峻烈な悪感情が渦巻いているだけで、アイオーンもまた真月の感情を理解する事は出来なかった。次第に真月は、自らの意思で世界に禍を与えるようになった。当然ながらアイオーンがそれを見逃す筈もなく、2人は口論になった。真月によって破壊された星の地表に2人は立っている。
「真月…また星を破壊したようだな」
「…だから何だ?人気者は人気者らしく笑顔を振りまいていれば良いものを…」
「我は人気者などではない。ただ役目を果たしているだけ…君と同じだ」
そのアイオーンの台詞は、不運にも真月の1番の地雷を踏み抜いた。
「役目を果たしているだけだと…?」
「ああ、そうさ」
「ふざけるな。その役目を果たした結果…君だけが人々に望まれているんだぞ…!」
「…?真月は…愛されたいのか?」
先程も言った通り、アイオーンには負の感情が理解出来ない。アイオーンからすれば、この口論もちょっとした痴話喧嘩のつもりだったのだろう。
「不平等だと言っているんだ。同じ事をしているだけで…何故こうも扱いに差が出る?」
「いいかい真月、禍福は表裏一体だ。君のその『禍』の力も使い方次第で…」
いかに負の感情が理解出来ないアイオーンと言えど、徐々に事の重大さに気づき始めたようだ。真剣な表情で真月に語り掛けるが、真月は聞く耳を持たない。
「禍福が表裏一体だと言うのなら尚更だ。禍があるから、人々は福の存在を喜べるのだろう?福が居るから、人々は禍を恐れ、その対策を講じる事によって進化出来るのだろう?だというのに…悪者はいつも私だ。これを不平等と呼ばずして、何を不平等と呼ぶ?」
「真月、聞いてくれ…我は…」
「戯言はもういい…君の言葉には吐き気がする……私だってこう生まれたかった訳ではない。私だって…望んで生まれてきた訳ではないというのに…!」
「真月…」
アイオーンは察していた。もう真月には、自分の言葉は届かないという事を。
「…分かった」
「何を?まさか私の気持ちが分かる、などとほざくのではないだろうな?」
「我は君の友人として…君の凶行を止める義務がある。日と場所を改めて…戦おう、真月」
『君の友人』という言葉に、真月は一瞬妙な感覚を覚えた。
そして時は経ち、約束の日が訪れた。だが、ここでアイオーンを予想外の出来事が襲う。とある2人の神がアイオーンに助力しようとしだしたのだ。『シェーム』と呼ばれている光の神と、夢を司る概念種『幻』の2人だった。アイオーンはその申し出を断り切れず、承諾してしまった。
(ああ…また…真月の傷を抉る事になってしまう)
アイオーンは途方に暮れていた。何かの思いを巡らせる間もなく、真月がその場にやってきた。味方を率いて姿を見せたアイオーンに向かって、真月は心底憎そうな声音で吐き捨てる。
「アイオーン…私への当てつけか?」
「…」
いつもなら何かを言い返してくるアイオーンが、今回に限っては沈黙を貫いている。その普段とは違う様子から、流石の真月も何かを察する。しかし、その『敵意』が色褪せることはない。
「「…始めよう」」
その掛け声は奇しくも同時に発された。それと同時に、真月は指を鳴らして‘‘白花車の零落‘‘を発動する。赤黒く重々しい斬撃が飛び交い、シェームと幻の身体が両断された。
「邪魔者は消えた…さぁ、来るがいい」
こうして、かの『神々の戦い』は幕を開けた。あの青い星の人々が『火星』だとか『金星』だとか呼んでいた惑星はもちろんの事、青い星すらも2人の戦いの余波で壊滅に陥った。拮抗する戦いが終盤になってくると、真月は赤黒く禍々しい、中央に目のようなものが浮かんだ天体のような姿に変化した。恐らく、人の姿よりも『穢れ』という真月の本質に近い姿なのだろう。
「真月……すまない」
その畏怖すら感じさせる姿を見て、アイオーンは何故か未知の感情に襲われた。
(そうか…これが…『悲しみ』というものか)
激闘の末の辛勝の間際、アイオーンは初めて悲しみを理解した。敗北し、封印される瞬間に真月は吐き捨てる。
「アイオーン…私はいつか君を…この世界を否定するぞ…!」
「…やってみたまえ、我の予想では…君は再び失敗するだろうがな」
金色の光に包まれながら、真月は封印された。そしてアイオーンは己の全ての力と引き換えに、この戦いで壊滅した星の中で唯一人が住んでいた星、地球を再生させた…
…そこから、地球では様々な事が起こった。
ある者は自分が助けた人間が悪人と化した事で人間に『失望』した。
ある者は多数派による『理不尽』で唯一の家族を奪われた。
ある者は世界の真実を知り、全てがどうでもよくなった。
ある者は『無才』が故に夢を諦めた。
ある者は今まで信じていた希望を『奪われた』
ある者は内心に秘めていた『狂気』に支配された。
真月は封印されて尚、世界に穢れを齎していた。今思えば、真月は確かに多少なり誰かに望まれたかったのかもしれない。だが今は違う。今の真月の目的は、アイオーンが文字通り命懸けで創り上げたこの世界を穢す事、つまり『アイオーンを否定する事』…ただそれだけだ。
ちょっと小話
アイオーンvs真月の戦闘は元々結構しっかり書くつもりだったんですが、よく考えたらもう勝敗は何度も作中で語ってるし大まかな状況も知れ渡ってるから別にいいか、くどいよなって思って書きませんでした




