第八十六話 月禍
ラビアと人間組が真月に力を供給している管を破壊した事を皮切りに、真月との戦いは新たな局面を迎える。
「ここが正念場だ!回復が消えた今、従来の方法を使えば倒せる筈…」
セツが味方を鼓舞するように叫ぶが、それを嘲笑うかのように真月は技を発動する。
「"蒼天を穢す混迷"」
真月の背後の空間に大量の赤黒い目が開き、不協和音と共に赤い光を放つ。
「う…頭が…!」
その光を直視してしまったアルカディアは、頭を両手で抱えて座り込む。
「"秩序を穿つ穢れ"」
今度は真月の横に5つの赤黒い穴が開き、そこから穴と同じ色をした光芒を放つ。その威力は凄まじく、着弾した壁が悉く抉れていくほどだった。にも関わらず、真月本人はまるで『容易い』とでも言わんばかりの余裕そうな表情を浮かべている。
「まだ終わりじゃないよ。"万劫たる禍殃"」
真月を中心とした円形状に、赤黒い炎が広がっていく。避けられないと判断したリーフェウスは『神』の力で未来を変え、何とか炎をやり過ごす。
「面白い…私を相手にここまで奮闘する生物は初めてだ。その闘志がいつまで続くか…見物だな」
真月は両手に黒い魔力を集め、それを解放する。
「"氾濫する疼痛"」
大量の黒い茨がリーフェウス達に襲いかかる。が、今度はラビアがその茨を全て打ち消す。それに対して、真月は上空に移動し、天井全体に無数の赤黒い穴を開ける。
「"天穹より降り注ぐ終焉"」
技名通り、その穴からは赤黒い光芒が雨のように降り注ぐ。地面を抉り、リーフェウス達の体力を確実に奪っていく。
「さぁ…耐えてみたまえ。"天地灼滅の星芒"」
口ぶりからして、それは恐らく真月の奥義に近いのだろうか。真月の頭上に満月のような赤黒い魔力の塊が現れ、そこから一筋の光が降りる。その光が地面に着くと、尋常じゃない程に禍々しい魔力がドーム状に広がって大爆発を起こした。それは、地上でリーフェウス達を待っているカロス達にも感知出来るほどだった。
「今の轟音は…!?」
「彼らは…無事で帰って来てくれるだろうか」
カロスの心配とは裏腹に、リーフェウス達は奇跡的に生還していた。
「改変残しておいてよかった…!」
「ね?使うなって言っただろ?」
「今初めてアンタに感謝した…」
「……え?」
いつも通りのやり取りをするラビアとリーフェウスに、セツが少しの焦燥と共に声をかける。
「回復を断ち切ったはいいが、今度は近づく事すら出来なくなったぞ…!」
「やっと近づいても誤差みたいなダメージしか与えられないしな…せめて、一撃で真月を倒す方法でもあれば…」
リーフェウスが手立てを考えていると、そこにラビアが声をかけた。
「あるよ、1つだけ」
「本当にあるのですか…?あの月を倒す方法など…」
アルカディアは『信じられない』と思っていそうな声で聞く。
「実は君達の認識には多少の誤りがある。真月に効かないのは敵意を含んだ攻撃だけさ」
「敵意を含まない攻撃など存在するのか?」
「僕には出来ない。もちろん君にも、多分アルカディアにも出来ないだろうね。でも1人…それが可能な奴が居る」
セツとアルカディアは揃ってリーフェウスの方を向く。
「え?俺?」
「そうだよ」
「そうとか言われてもな…敵意なんて意識した事もないし…」
「それだよ。君、今まで戦ったどの相手に対しても敵意を抱いてなかっただろ。でなきゃ和解なんてしようとしない」
「それは…確かにそうだが…攻撃しなきゃいけないんだろう?なのに敵意を抱いてはならないって…」
イメージの湧かないリーフェウスに対して、ラビアは面倒そうに言う。
「ハァ…君やった事あるじゃん。『敵意の無い攻撃』」
「誰に?」
などと聞きつつ、リーフェウスには半分その答えが分かっていた。
「僕にだよ。君の『コイツを救いたい』って感情、それが必要なんだ。まぁ、風情の無い言い方をすれば『同情』だね」
「うっわ台無し」
「うるせぇ」
そこで、リーフェウスに新たな不安が生まれる。
「だが…素性も知らない存在にどうやって…」
「…これくらいは僕が手助けしてやるよ」
ラビアはリーフェウスの脳内に『ある映像』を送った。
「これは…」
その映像を全て見終わるまでの時間は、リーフェウスにとっては短いようにも感じられたし、長いようにも感じられた。そして、その時のリーフェウスの頭上には…あの日ラビアに剣を振り下ろした時と同じ、『決意』の文字が浮かんでいた。
「…何だい?その力は…」
どうやら、負の概念そのものである真月には『決意』という物が理解出来ないようだった。そしてリーフェウスは、ゆっくり、ゆっくりと真月に歩み寄る。
「…?」
真月は本気で状況が理解出来ていない。真月の正面にまで迫ったリーフェウスは、金色に輝く魔力と共に剣を構える。
「な…!」
流石の真月も驚いたようだ。当然だろう。敵意を持たずに攻撃に転じれる者など、生まれたばかりが故の純粋さを持つリーフェウス以外に存在しない。真月は慌てて両手に魔力を集めるが、一歩遅かった。
「…俺は、アンタを救いたい」
リーフェウスの剣が、真月の身体を斬り裂く。見た目だけならば重傷の筈だが、不思議と真月は痛みを感じていなかった。『痛み』そのものでもある彼が、だ。
「……少年…お前は本当に大した者だ」
「そうですね…私達は皆、あの方の意思によってここに立っているようなもの…多少無理矢理にはなってしまいますが…リーフェウスさんの力で、この世界は救われたと言っても過言ではないでしょう」
真月は地面に膝をつき、顔を下に向けている。意気消沈している…かと思いきや突然顔を上げて笑い出した。
「ハハハハハハ!これは面白い!よもや私が…ただの神如きに敗北を喫するとはな!」
「まぁ4対1だしな…アンタ本当に強かったぞ」
「君も…中々やる方じゃないか。概念種でもない存在に意表を突かれるとは思わなかった」
「…何か仲良くなってますね」
「というか、負けたのに何故笑えるんだ…?」
「多分…内心では全部どうでもいいんでしょ。この世界が滅びようが生き永らえようが…真月はそれに本心から関心を向けている訳じゃないんだ」
その時、セツはある事が気になった。
「そうだ少年、先程お前が見た『映像』とは何だ?あの瞬間からお前の表情が変わったように見えたが…」
「それは…」
リーフェウスは一瞬真月の方に目を向けた。その『映像』というのは言わずもがな真月の過去であり、本人の承諾無しに語るのは気が引けたからだ。
「…構わないよ」
真月は短くそう言った。『穢れ』の神の過去が、今語られる。




