第八十五話 弱者の役目
「…よし、ここまで来れば流石に大丈夫だろ」
カロスとセイリアに星喰の相手を任せ、遠く離れた場所まで走ってきた萬屋の人間4人。その表情は、どこか曇りを見せている。
「……なぁ」
硝光が普段よりも元気なない声で呟く。
「何だよ」
「…大体言いたい事は分かるわよ」
硝光は一瞬灰蘭の方を向いてから、小さな声で話す。
「アタシ達…何が出来るんだろうな」
「…私も同じ気持ちだわ。相手が規格外過ぎて…人間の私達じゃとても太刀打ち出来ないもの」
「…結局、種族の間の格差は越えられないって事かもな…」
自分達の命どころか、この星全ての命まで懸けた戦いだというのに、その戦いにおいて何の戦力にもなれない。そんな無力感が、萬屋の4人を包んでいた。と、その時、暗い雰囲気が漂っていた場の少し上の方に黒い穴が空いた。穴の端には黒いグリッジが走っている。
「やぁ皆、さっきぶり…うぉあ」
何かが穴の中から出てきたと思ったら、地面に激突した。
「ラビア…お前が転ぶなんて珍しいな」
「僕だって少しは焦る事くらいあるんだよ…あらよっと!」
ラビアはそのまま空中を1回転して立ち上がった。
「さ、皆。お待ちかねの仕事だよ」
「やっとか…でもどこでやるんだ?ここか?」
「違う違う。着いてきて」
4人は突如として現れたラビアに着いていく。
「…君達さ、『人間の自分達なんかに何が出来るんだ』とか思ってただろ」
唐突に、先頭を歩くラビアが振り返らないまま尋ねる。
「…ああ。相手はとにかく…今までの奴らとは比べ物にならない程の化け物なんだろ?そんな奴に…アタシ達が太刀打ち出来る訳ないじゃんか」
硝光の弱々しい声を聞くと、ラビアは顎に指を添えて答える。
「うーん…ま、確かに…君達は戦力にはなれないね。相手は神の上位互換だ。いくら僕より弱いとはいえ、僕の次に強大な存在である事は間違いない」
「やっぱり…」
「でもさ、力になる事は出来るでしょ?」
「…?なんか違うのか?」
「そりゃ違うよ。例えばメイとかアルカディアってさ、戦う事自体はあんまり向いてないけど…その分僕達の補助で力になってくれるだろ?まぁそれはもう戦力って言うんだけど…とにかく、戦う以外の方法でも手助けは出来るって事」
「でも…相手は」
メイがラビアに何かを言おうとした時、痺れを切らしたようにラビアが叫ぶ。
「だから何度も言わせんじゃねぇよ!ずっと励ましてやってるじゃん!受け取れ!素直に!」
普段の落ち着いた様子からはとても想像出来ないようなラビアの台詞に、4人は思わず笑みが溢れる。
「ふふ…あなたがそこまで感情を出すなんて珍しいわね」
「いつも出してるでしょ」
「いやお前の『いつも』はあの何考えてるか分からねえ妙な笑顔だ」
「やばい奴みたいに言わないでくれない?」
「やばい奴だろ…色んな意味で」
その時、ラビアのおかげで徐々にいつもの雰囲気に戻ってきた一行の前に異様な光景が見えてきた。
「ここだよ、君達の仕事場は」
「何ですか…?これ…」
そこには地面から数本の赤黒い管が伸びていた。その管は深淵の真っ黒な空へ繋がっていた。
「説明すると面倒なんだけど…とりあえず、僕が合図したらこれを壊してくれ。方法は何でも良いから」
4人は武器を構えてラビアの合図を待つ。やがて、その管は脈動を始め、赤黒い魔力を深淵の上空に向かって運び始めた。
「今だ!壊せ!」
「ああ!」
4人が一斉に武器を振り下ろすと、その管はあっさりと切断され、黒い霧となって消滅した。
「これで…良いのか?」
「うん、よくやってくれたよ。あとはカロス達と現世で待ってな。僕はアイツらのところに行かなくちゃ」
ラビアはすぐに黒い穴を作り出し、その中へ消えていった。そんなラビアと入れ違うように、カロスとセイリアが歩いてきた。
「ほら居たぞ」
「賭けは我の負けか…東に居ると思ったんだがな」
「君方向音痴だろう」
「今更か?」
「いや賭けの敗因を突きつけただけだ」
相も変わらず緊張感の無い連中である。
「無事で何よりだ。もう『役目』とやらは完遂したのか?」
「はい、あとは現世に戻って待ってろ、とラビアさんが言ってました」
「分かった」
こうして、萬屋の4人とカロス、セイリアは現世に帰った。
一方、赤い月の内部では…
「ラビア!やっと帰って来たか!」
「まだ全員生きてんの?しかも五体満足って…やるじゃん」
「だから何目線だアンタは」
「神」
「黙れ」
そのやり取りの合間に、アルカディアがラビアに近寄って来た。
「ラビアさん…先程、月があの管から魔力を供給しようとした時、突如として管が爆発したのですが…何か心当たりはありますか?」
ラビアが返答しようとした時、真月がゆっくりと立ち上がる。
「なるほど…先程の君は…深淵に向かったのだろう?そこのマフラーの男が言っていた『待機させている奴ら』に……私の力の供給源を破壊させる為に…!」
「そうそう。補足すると、管を壊すだけなら僕がやればよかった。でも、あれはほぼ君の身体の一部だからね。僕とか神とかの強大な存在が近づいたら君に勘付かれる…だから、あえて力の弱い人間にやらせたのさ。現に君は気づく事が出来なかった…僕の作戦勝ちだね」
「ハハハハハハ!面白い…君、名前は?」
「アルヴィース。コイツらはそう呼んでないけど」
「そうか…アルヴィース。確かに…今のは私の負けだ。だが…この戦いの負けはまだ認めるつもりはない…!」
「いいね、そう来なくちゃ」
「君達を屠る程度に…深淵からの供給など不要。私の力のみで…君達を穢す」
不協和音が鳴り響き、真月の左目が赤く光る。次第に真月の身体は禍々しい色の霧に包まれていく。
「お決まりの第二形態だね。皆、気を引き締めな」
やがてその霧が晴れると、ラビアの言った通り、姿を変化させた真月がいた。髪が乱れたせいか前髪で隠れていた左目が顕になり、頭上には赤い光輪が浮かんでいる。そして真月は、少し歪んだ声でリーフェウス達に言う。
「万象は、私に回帰する」
戦いは次の段階へと進む。




