第八十四話 年長者の役目
時は少し遡り、場所は深淵。ラビアに待機しているよう指示された萬屋の人間組とカロス、そしてセイリアが特に何もせず指示通りに待機していた。
「…暇だな」
カロスは暇を持て余して、対角になるように開通させた次元の裂け目を出たり入ったりしている。
「タナトス、うるさい」
セイリアが慣れているかのような口調でカロスを諭す。
「ラビアさんの作戦って…どんな内容なんでしょうか」
「さぁな。アイツの事はアイツにしか分からねえよ」
「アタシ達…本当にここで待ってるだけで良いのか?」
「…ラビアを信じるしかないわ。どのみち私には作戦なんて立てようがないもの」
全員の不安が少しずつ募っていく中、カロスとセイリアは…
「…飴玉」
「ま……マリトッツォ」
「何と?」
「マリトッツォ」
「何と?」
「マリト…何回言わせる気だ」
1ミリも緊張していないようだ。
「『ツォ』から始まる単語など存在するのか…?」
「いやそこは相場『オ』からだろう」
「何か話してると思ったらしりとりしてんのかよ」
ヴァルザが呆れていると、突然周囲に轟音が響いた。
「何事だ」
カロスが冷静に周囲を見回す。が、辺りには何も見当たらない。
「何だ…深淵でも地震が起こる事が…」
カロスがそう言いかけた時、カロスの足元から巨大な蛇のような生物が飛び出してきた。その蛇はよく見ると目から血を流している。
「あっ」
セイリアが短く声を漏らすのも当然だろう。カロスがその巨大な蛇に丸呑みにされたのだから。
「えっ…カロスさん?」
「ここだ」
「わっ」
心配そうにしていたメイの背後の空間を引き裂いて、カロスが帰ってくる。
「何だあの生物は…深淵を研究している私でも見た事がないぞ」
カロスが思考を巡らせていると、意外な人物から答えが出てきた。
「あれ…もしかして…」
そう呟いたのは灰蘭だった。
「灰蘭殿、心当たりが?」
「ええ…スカーヴ…あっ、この前戦った使徒なんだけど…その人が昔深淵に落ちた時に遭遇した怪物っていうのが居て、それに見た目が似てるのよ」
「あれ何て名前だったっけな」
「星喰だろ」
「名前からしてまずそうな相手だな…」
「感じる魔力も普通ではないぞ…!」
セイリアとカロスは、少しの間小さな声で話し合っていた。
「よし…皆、聞いてくれ」
どうやら何かの策を練っていたようだ。
「人間組の者は一旦ここを離れてくれ。星喰の相手は私とセイリアが引き受ける」
「え…私達も一緒に戦った方が良いんじゃ…?」
「アルヴィースの人員配置で重要なのは、我らではなくお前達人間組だ。そもそも我とタナトスはお前達の護衛役…これが任された役目だからな」
「案ずるな。こう見えて私達は時折手合わせをしている故…互いの戦い方は熟知している。年長者は年下を守るものだろう?ここは年長者としての役目を果たさせてもらおう」
4人はしばらく黙って考え込んでいたが、もう一度星喰の咆哮が響いた時、メイが全員の意思を代弁するかのように決然と言った。
「…分かりました。絶対…無事でいてくださいね」
「「ああ、当然だ」」
2人は奇しくも言葉をハモらせた。そして人間達は遠くへと避難する。
「…台詞を被せるな気色の悪い」
「お…乙女に向かって気色悪いとは何だ!」
「1万歳の分際で乙女を名乗るか…常識も権能で破壊してしまったのか?」
「黙れ!」
「ぐぁっ」
そんなやり取りをしている間にも、星喰の牙がカロスを狙う。
「当たるか」
カロスはセイリアを置き去りにして別次元に避難した。
「え、おい!我も連れて行け!」
身体能力が(神の中では)標準的なセイリアではこの至近距離での攻撃を避ける事は出来ない。では彼女はどうするのか。
「思いやりの無い後輩だ…!」
セイリアは薙刀を握りしめ、灰色の髪を靡かせながら地面を抉るようにして星喰の目を斬りつける。
「!!!!!!!!!!!」
左目を潰された星喰の咆哮が周囲に響き渡る。
「生きてたか」
「またでかい10円ハゲを作ってやろうか?」
「そこまで怒る事でもないだろう」
星喰は大口を開けて、体色と同じような黒色の炎を吐き出す。
「またか…」
カロスが後ろ向きに倒れ込み、次元の狭間へ身を隠そうとしたその時…
「逃がさんぞ…!我も連れて行けと言った筈だ!」
「引っ張るな馬鹿」
そんな掛け合いをする2人の背後から高温の黒炎が迫り来る。だが、その着弾点に2人の姿は見当たらない。間一髪で回避が間に合ったようだ。
「服の裾が燃えた…」
「そんな裾の長い服を着ているからだ」
「誰のせいだと思っている?」
獲物を中々仕留められない苛立ちからか、星喰は更に大きな咆哮を上げてカロス達に襲いかかる。
「タナトス!逃げてばかりでは埒が明かないぞ!」
「私が星喰の表皮を破れるとでも?アレの鱗は硬いぞ」
「何故自信満々に言う!」
「今回の手柄は君に譲ろう。私が気を引く」
カロスはそれだけ言い残し、次元を渡って星喰の頭上まで移動した。
「もう片方の目も潰させてもらう」
カロスは大鎌の先端を星喰の右目に突き刺し、そのまま鎌を引き抜く。星喰は激痛のあまり、その巨体を暴れさせている。
「セイリア!」
カロスが名前を呼びながらセイリアの方を向く。
「来い!」
セイリアの掛け声と共に、セイリアの背後の空間がヒビ割れる。そのヒビを突き破りながら、暗い銀色の竜…アジダハーカが姿を現す。
「行こう、共に!」
「!!!!!!!!!」
アジダハーカは星喰にも負けないほど大きな咆哮を上げ、周囲の全てを焼き尽くしそうなほどに激しい黒炎を吐き出す。それと共にセイリアの薙刀の刃部に銀色の魔力が集まり、薙刀が振り抜かれる。標的ではなく、標的の周囲の空間ごと破壊する防御力完全無視の一撃である。
「火力の調整くらいしてくれないか」
セイリアの背後からカロスが顔を覗かせる。
「何を悠長な事を!まだ奴は生きて…」
「いや、その心配は必要ない」
土煙が晴れると、そこに星喰の姿はなかった。
「どこへ行った…?やけにあっさり終わったが…」
「…星喰の目からは、私達が戦闘を始める前から血が流れ出ていた。それは『月』が精神に干渉した証…星喰も『月』の支配を受けていただけだったのだろう」
「今の攻撃で支配が外れて、本来あるべき場所に帰ったという事か?」
「あるべき場所というより…ここではないどこか、だろうな」
いまいち釈然としないまま、星喰との戦闘は呆気なく終わりを迎えた。
「…まぁ何はともあれ、人間組と合流しよう」
カロスとセイリアは、あの4人が走って行った方向へ歩き出した。




