人間嫌いを愛するヒロイン
女の子「お召し物、干しておきました!」
一張羅を洗濯された僕は、毛布にくるまっていた。
村を襲撃したドラゴンを討伐してから数日。
村には人出が戻っていた。
再び集落がモンスターに襲われる可能性もある。だが村人は、平生の生活を営んでいる。
それは、彼女がいるから。
彼女…名前をアイリーンという。
僕がこの世界に来てから、初めて出会った人間。
アイリーンの活躍を見ていた村人たちは、彼女の腕を見込んで用心棒を依頼した。
アイリーンは、僕と一緒の生活を保障するなら、と快く引き受けた。
それ以降、襲い来るモンスターを一騎当千で討伐する彼女は、村人たちから絶大な信頼を得るまでになっていた。
だが、彼女が村を守るのは村の為ではない。彼女は僕を守る為に、僕との生活の基盤となる集落を守っていた。
アイリーン「さて、主様!私と婚姻を結びましょう!」
僕はすかさず、こう返答する。
「くににかえるんだな おまえにもかぞくがいるだろう」
僕は彼女を拒んだ。なぜいきなり婚姻なんだ。性急すぎるだろう。
だがアイリーンは、粘り強く僕に言い寄る。
アイリーン「私という存在は、主様を守るために女神様が創造してくれたのです!
主様のおかげで、私は産まれることができたんです!つまり、私の居場所は主様のおそばなのです!」
彼女は、僕によって生を受けたと言う。
女神の言葉が脳裏に浮かぶ。
女神『お主の適性的に、お主は能力を授けるより、もっと良いものを授けた方がよいと思ったのじゃ。』
良いものって、この女の子か…。僕は落胆した。
僕は、生まれることは苦しい事だと考えている。それなのに、そんな僕によってこの娘の命が生み落とされてしまったのか。
女神よ。僕はせっかく死ねたのに、なぜ異世界に転世させたんだ。しかも新たな犠牲者まで増やして。
僕がこんなに彼女を避けるのには理由がある。
僕は現世で人間たちから受けてきた冷たい仕打ちから、人間不信になっていた。
彼女はきっと、美人局か結婚詐欺に違いない。
…そう決めつけているが、献身的に僕に尽くしてくれる彼女を見ていると、さすがに申し訳なさを覚える。
しかし、それでも僕は彼女を受け入れないし、受け入れるわけにはいかない。
仮にアイリーンの好意が本心だとするなら、猶更だ。こんな僕に尽くしてくれる優しい彼女の人生を、台無しにするわけにはいかない。
この世の中を生きるという苦しみを、こんなに優しい彼女に味わわせたくなかった。
僕への好意の真偽はどうあれ、僕は彼女を受け入れるわけにはいかなかった。
それに、アイリーンは村人から好かれている。
ただ集落を守るだけでなく、彼女の持ち前の明るさと愛らしい容姿、距離感の近い人柄は、多くの村人を惹きつけていた。
彼女に好意を寄せる男も多い。僕自身も彼女に、他の男の方が良いのではないかと提案した。
だが彼女は、頑なに彼らの申し出を断り続ける。
アイリーン「私には主様がいますから!」
アイリーンは、僕の傷心や内情も理解してくれていると言う。だから彼女はどんなに断られても意に介さず、強かに僕を慕い続けてくれていた。
そのうちアイリーンに言い寄る村人たちは、業を煮やして彼女に食ってかかる。
男A「なぜあんな男が好きなんだ!?」
男B「そうだ!あんな穀潰しのどこが良いんだ!?」
男C「貴女には、もっと相応しいパートナーがいる筈だ!」
僕「そうだそうだ!」
あれだけの美貌と愛嬌と強かさを有しながら、アイリーンはいつまでも僕のような冴えない男に固執している。その彼女の姿勢に、村の男たちはいきり立っていた。
僕も村の男たちにまじって、彼女が僕を諦めるよう訴えた。
だが、村の男たちの苦言と僕への侮蔑を聞いたアイリーンは、豹変した。
アイリーン「主様のおかげで私は生まれることができたんです。いわば私の創造主。私の主をバカにするの…?」
わなわな、とアイリーンは怒りに震える。
男「え、そんなつもりは…」
僕(え、何この娘…こわ…)
アイリーンの武功を目の当たりにしてきた村人にとって、今最も恐れているのは彼女の逆鱗に触れる事だった。
アイリーン「わかればいいんです♪」
ぱっと表情を戻した彼女は、いつものように僕に尽くしてくれる。これが、日常となっていた。