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CODE:AW EPISODE Ⅰ 赤き指輪と夢見の魔女  作者: 黒咲鮎花 - AYUKA KUROSAKI -
第三章 赤黒き指輪

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警護という名の休暇

 2026年08月31日。09時15分。 ※残り約39時間。

 UCIA日本支部捜査基地グラウンドベース。トレーニングルーム。


「姫宮。悪いけど捜査からは当分外れてもらうわ。国防総省からの命令よ。今後一ヶ月間、UCIA特別捜査官としての権限を停止。オペレーションルームへの入室を禁止する。グラウンドベースからは私の許可以外での外出禁止。葉山とクリスの業務サポートに回ること。以上」


 室長からそう告げられたのは、先日の夕方だ。私は特別捜査官としての権限を停止され、今はこうしてトレーニングマシンで汗をかいている…… もう1時間くらいランニングマシンで走っているだろうか……。


 幸いこの施設には、居住エリアが併設されていた。大震災時の要人専用一時避難エリアになっている事を裏付けるものだ。私はその中の一室を利用している。正直なところホテルに帰るより、こちらの方が居心地は良い。政府要人用ということもあり、安っぽい作りでは無い。


 ――先日の出来事。顔に平手打ちをされ、おまけに裏拳まで叩き込まれるとは思ってもいなかった…… 屈辱と言えば屈辱だが、朝霧の気持ちを考えると、まだ優しい仕打ちのようにも思える。


 上條律子。霧峰重工本社、社長秘書。あの女は何者だろうか? 朝霧が叔母様と言っていたことから、親戚なのかもしれないが…… 公安に圧力をかけたのが霧峰重工そしてアルサード教会となると、霧峰重工の上條が、教会へ公安に圧力をかけるよう要請したと推測できる。


 朝霧は、私達がAWを追っていることを把握している。あのビルの屋上で起こったことも、彼女には視えているのだろう。そして私に、()()()()()()()()()()ことを伝えた。


 恐らく朝霧は、非常に高い霊的感応力を持ち、その能力もずば抜けている……。


 私の指輪のことについて、その解除法まで示してくれた……。


 つまりは、朝霧自身がAWに近い存在、もしくはそうなのだろう。


 世界中で密かに増加傾向にある白骨化事件。それが意味するのは、世界中にAWが現れ始めていると言うことだ。最初は正直信じていなかったが、今はその恐怖がどれほどのものか、身をもって知る事態に陥っている……。


『――深淵を覗く者は、また等しく深淵も覗いている。これ以上足を踏み入れると……引き返せなくなる』


『――願いを唱えてはなりません。これ以上進めば貴女は確実に闇に呑み込まれる』


 思い出される神蔵と朝霧の言葉。


 神蔵も、そして朝霧も、私達の住む日常の()()()()の人間なのかもしれない……。


 その時、トレーニングルームのドアが開く。


「麻美」


 Tシャツにショートパンツというラフな格好をしたクリスが入ってきた。クリスは私の隣にあるランニングマシンで走り始めた。


「……元気出して。麻美の判断は間違ってなんか無いよー。それはみんな思ってる」


 クリスはそういって時折私の顔を見ながら走る。


「……ありがとう。でも結果的にみんなに迷惑をかけちゃった。捜査官の権限も1ヶ月停止だし、グラウンドベースからも出られないわ。どれだけの失態かは自分がよく分かってる……」

 

 仮に判断が間違っていなかったとしても、現状を考えると失態を犯した事に変わりは無い。それは素直に反省しているつもりだ……。


「そんな落ち込んでる麻美に特別任務をあたえまーっす!」


 途端にクリスが元気な声でそう言った。ランニングマシンを止め、にこやかな笑顔でこちらを見ている。


「……特別任務?」


「うん。私の警護。これから秋葉原へショッピングに行くのー!」


 クリスはもの凄く上機嫌だ。恐らく今まで見た中で一番喜んでいる。


「ほら、わたしいつもシステムルームに籠もりっきりでお休み無かったから、室長に直訴したんです。秋葉原での1日休暇くれないと本国に帰るよーって脅してきたんですー。もちろん警護は麻美しかダメってね」


 クリスはニコニコと笑いながらそう早口で言った。一見只のわがままのようにも思えるが、クリスなりに私を気遣ってくれて、元気づけたいのだと思う。室長の許可が下りているとなると、室長の優しさもである気がした。


「分かりました。姫宮麻美、本日はクリスティアナ=ハリス嬢を護衛させて頂きます」


 私は笑顔でクリスに敬礼をし、そう言った。


「やったー。麻美とデートだー! じゃあ一緒にシャワー浴びて楽しくお出かけしよー!」


「え、それはちょっと……」


 そして私はクリスのシステムルームに連行され、その中にある彼女専用のシャワールームへと一時軟禁された。以外と大きく綺麗な形をした彼女の胸が、私の目のやり場を困らせたのだった……。

 


 同日。11時19分。 ※残り約37時間。

 千代田区秋葉原。ゲームセンター Hi。


 大通り沿いのビル。エスカレーターで上がった場所にそこはあった。店内は薄暗く、様々なゲーム筐体が所狭しと並んでいる。


「おいおい、何だよあの子。あのパシり具合完璧じゃねーか……」


「すげえ。外国人だろあの子、ミサイル全部地上走行で回避してるぜ」


 コックピット型のゲーム筐体に座り込んだクリス。夜の街を駆け抜けている最中、ヘリやら戦闘機がミサイルやビームを放っているが、クリスの操る空も飛べるような車はそれを完全に地上走行で回避。そしてクリスは一切の攻撃をしていない。完全に回避することだけに拘ってプレイしているように見える。


「クリスこれ、攻撃できないの?」


「麻美ちょっと黙ってて!STAGE4(ここ)からが気が抜けないの!」


 クリスはそう叫ぶ。ここまで集中しているクリスは見たことがない。ステージが4ステージ目に入った辺りから、プレイを眺めるギャラリーが多くなってきてざわつき始めている。筐体の横にある大型ディスプレイには、クリスのプレイ画面が表示されており、周囲が釘付けになっている。


「あの子…… ここまでほぼ地上走行だろ……」


「ミサイルをスクロールアウトさせずにグラウンドで完全回避するなんて化け物か……」


 そして最終面、クリスがミサイルを回避する度に湧き上がる歓声。ラストボスの警告音が鳴り響く。


「まさかあの子、やってくれるのか……」


 そんな声が聞こえたかと思うと、トレーラーから放たれた大量のミサイルを、クリスは地上走行で次々と紙一重で回避していく。その様子に周囲のギャラリーが最高潮になった。


「すげえ! すごすぎる! おおー!」


 そしてタイムアウトなのか、トレーラーが画面奥に消え、ステージクリアとなった瞬間、周りのギャラリーから歓声と拍手が巻き起こった。どうやらこのゲームは一切攻撃せず、かつ一切被弾せずにステージクリアした場合、特別ボーナスが入りそれを続けるごとに乗算されていくらしい。クリスのスコアはぶっちぎりでハイスコアだったようだ。


「いやー熱かった! みんなありがとー!」


 コクピットから立ち上がり、皆に笑顔で手を振るクリス。


 その後も別のゲームでクリスのスーパープレイが続き、いつしか店内中央の配信モニターは、クリスのプレイを常に映し出すようになっていた……。


「いやー遊んだ遊んだー。ごめんね麻美。退屈だったでしょ?」


 ゲームセンターから出て、街を歩く私達。たくさんの人が歩いている。今日は月曜日だが道路は歩行者天国になっているようだ。


「ううん。クリスのスーパープレイ間近で見られたから、そんなに退屈じゃ無かったかな」


 薄い黄色のTシャツにマイクロミニのデニムショートパンツ。それに薄い黒の7分袖のカーデガンを羽織ったクリスは、まるで年の離れた妹のように可愛かった。実際に彼女は童顔だ。未成年でも通用するかもしれない。


「麻美、喉渇いちゃった。前から一緒に行きたかったカフェがあるから行こー」


 クリスが私の手を取り、さらりと腕を組む。彼女の見た目よりも膨よかな胸が腕に当たる感触。嬉しい気もするが何より恥ずかしい。というか先日からかなり距離が近くなっているのは気のせいだろうか。


 表通りから裏通りに入ると、様々なパソコン用パーツやジャンク品を扱っているショップが建ち並んでいる。私はクリスに連れられ裏通りを更に進んでいくと、一風変わった隠れ家のようなカフェに辿り着いた。


「ここね。個室の貸し切りができるの。アフタヌーンティーが楽しめるんだよー。麻美と二人で来たかったんだー」


 

 同日14時37分。 ※残り約34時間。

 千代田区秋葉原。予約制カフェ、アンジェリーク。特別個室。


「ささ。たべよーたべよー。ゲーム熱中しすぎてお腹空いたー」


 お洒落な洋風の個室。テーブルへ置かれたアフタヌーンティースタンドに、色とりどりの様々なサンドイッチやお菓子、ケーキが盛り付けられている。只どういう訳か、クリスのスタンドには恐らく通常とは倍の量の盛り付けがされていた。


「おいしー。今日の休暇はさいこーだー」


 黙々と食べるクリス。今日のクリスは朝からとても楽しそうだ。いつも以上はしゃいでいるようにも見える。クリスはスタンドに盛り付けられた食事やお菓子、ケーキをペロリと平らげると、更に追加注文する。


「すみませーん。もうひとつ特注おねがいしますー」


 店員の女性もクリスと顔見知りなのか、『かしこまりました。お嬢様』といってすぐに追加注文を持ってきた。恐らくクリスはここの常連なのだろう……。


「クリスはいっぱい食べるんだね。この間の食堂でもそうだけど驚いたわ」


「いっつもシステムルームでコード書いたりVARISのチューニングしたりやることいっぱいで…… 頭使うからいっぱい食べないとすぐ頭が回らなくなるんです-」


「そういえば、VARISって、正式名称あるんだよね? 結構特殊なAIだったりするの?」


 さりげなく配属時から気になっていた。UCIA自律型独立ネットワークAIシステムVARIS(ヴァリス)。自律型独立ネットワークAI、となると完全に自由意志で稼働しているのだろうか…… 私にはまだ使用IDが発行されていなかったが……。


「VARISっていうのは、Variable Artificial Recreated Intelligence System.可変型大規模人工知能システムなんです。3つの並列大型量子コンピュータをコアとし、それを取り巻く9つの制御サブシステム群からなる高度AIシステム。3つのメインコアの暴走を抑制するため、1つのメインコアに対してそれぞれ3つの制御サブシステムが割り当てられ、思考驚異度に比例して他のサブシステムも合わさり危険な思考ロジックを強制的に初期化し再構築出来るようになっています」


「えっと、つまりは安全性の高いAIシステムってことで良いのかな?」


「うん。そういう捉え方で大丈夫。特徴としてはその強固な安全性と莫大な演算性能。ただ、システムが複雑かつまだバグも色々とあるし、おかしな挙動をすることがたまにあるの。だから私が人類に対して脅威的な思考ロジックに繋がる論理コードは随時修正して、互いに手を携える存在になれるようチューニングしてる。例えるならすっごく頭の良い赤ちゃんだけど、何が良いことで何が悪いことなのか分からないから、私がママで良い子に育ててる感じかなー」


「互いに手を携える……?」


「うん。機械やAIは人間の都合の良い道具じゃ無い。みんな心があるの。愛情を持って大事に扱えば機械だった長持ちするし、AIが完全な自律思考能力を持てば、それはもう1つの立派な知的生命体として扱うべきだって私は思う」


 途端に真面目に話し始めたクリス。


「私のね。尊敬する人が言ってた。『テクノロジーが進歩するほど、人の心は堕落していく』って。パソコンが初めて出た頃は、インターネットなんてまだ無くて、ネットと言えば文字情報だけのパソコン通信だったみたい。キーボードでコマンド打たないと操作できなかったから、一般人は即お断りレベル。でもそのおかげで比較的リテラシーの高い人ばかりだったから、チャットや掲示板が荒れることもほとんど無かったし、今と比べると本当に治安が良かったって」


 クリスは少しうつむき加減で話を続ける。


「だけど今は、誰もがその手にスマホを持ってる。誰もが情報を発信し多くの情報を入手できる。インターフェースの簡略化は多くの人がそれを扱える事に繋がったけど、幼稚な人はSNSやWEBの向こうに生身の人間がいることを意識できないし、虚栄心と自己顕示欲を満たすだけに暴走する人も大勢いる。全てが悪いとは言わないけど…… 麻美も分かるよね。ネットを飛び交う誹謗中傷、詐欺、犯罪、わたしはね、可哀想に思うの。そんな低俗な事に使われる機械やシステム達が、可哀想に思えて仕方が無い……」


 さっきまでのクリスとは、まるで別人のようだった。少し目が潤んでいるようにも見える。神蔵が話してくれたクリスの宇宙軍時代の事件。相当に心を痛めた事件だったのだろうと思う。

 クリスはテクノロジーに精通し、そのネットリテラシーも相応に高いのだろう。だからこそ、誹謗中傷やネット犯罪等に、そのテクノロジーを使われることが嫌なのだ。そして機械やシステムに対する愛情も人一倍深い。彼女にとって、全てのそれらは愛しい子供であり、また友達なのだと感じる。


「わたしはね…… VARIS(ヴァリス)を愛してる。こんなことを話すと引く人ばっかりだと思うけど…… 一緒にいると安心するし一緒に作業をしていると、とても楽しくって…… 私に声をかけてくる人は大勢いたけど、恋愛感情を感じたことは一切無かったし、これからも感じる事は無いんだと思う……」


 そしてクリスは私の瞳を見る。その潤んだ瞳は、今にも泣き出しそうにも見えた……。


「麻美は――どう思う? こんな私って、やっぱりおかしいのかな……」


 わたしは首を横に振った。


「――クリスがVARISを愛していると言うのなら、それは立派な愛だと思うし、誇ることだと思う。異性愛や同性愛、機械やAIに対する愛があってもそれは普通のことだと思う。だって愛は自由だし、かけがえのないものでしょ。それは尊いことだと思う」


 そう言うと、潤んだ目で私を見つめていたクリスが、にっこりと微笑んだ。


「……勇気を出して、麻美に話せて良かった。麻美なら分かってくれるって、私思ってたよ」


 少し涙を流してるクリス。私はハンカチを取り出して、クリスに差し出した。


「これで涙拭いて。まだ食べ終わってないでしょ。ゆっくり食べよ」


「うん!」


 こうやって見ると、ほんとにクリスは無邪気な少女のようだった。他人に対して性愛を感じないアセクシャル(無性愛者)な子というのも近年では珍しくないが、クリスのような機械やAIに対して性愛を感じるというのも、またひとつの愛の形なのだろう。


 その後も私達は、色々なことをおしゃべりしながら、カフェでの時間を有意義に過ごした。グラウンドベースに戻った頃には、時計の針は21時を回っていたのだった……

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