勇者様、ケジメでございます
「どわああああああ!!」
真横を通った大きな棍棒が地面を抉り思わず叫び声を上げた。
地面が揺れ転がりそうになるが、耐えてひた走る。
「なに間抜けな声出しているのですか、みっともないですよ」
「じゃあ自分の足で走ってくれや! お前重いんだよ!」
ナンバイ山、だいたい七合目。
馬鹿デカイ棍棒を二本構えた四ツ目の巨人に追われる俺は脇目もふらず走っていた。
背負われている癖に畜生みたいな事を言う女神様を背負いながら。
「女性に重いだなんて失礼な勇者様ですね」
「実際重いんだよ! と言うかなーんで、自分で走らないんだよお前は!」
「神とは非力な存在なのです……。具体的には普段室内でゴロゴロしながら過ごしているので体力が無いのです。しかしそれでもですよ。女神という崇高な身体に触れられているのだから喜ぶべきではないでしょうか?」
「普段だったらベタベタ触りたいけどこういう時は別なの!」
俺にこう言われていても一向に背中から降りようとしない畜生女神……ウルレアを背負ったままひたすら巨人から逃げ続ける。
俺と同じ程の背丈があるウルレアは、女神の癖に重い。
ウルレアは身長が俺と同じくらいで女子にしては高めとは言え、俺よりも圧倒的に細い。
恰好もペラッペラな赤い羽衣を一枚着ているくらいの非常にラフなもの。
しかし、大きな物を胸に2つもぶら下げている上に尻もデカイからその分重い。
とある目的のためにウルレアと二人で山にやって来たところまでは良かったのだが、急に「あ、ちょっとしゃがんでもらってもいいですか?」とウルレアに言われ頭にはてなマークを浮かべながら言われた通りにしゃがむと、その次の瞬間しがみつかれた。
そこからずっと背負いっぱなしだ。
「すみません、スタイル良くて」
「謝罪に見せかけた自慢やめろや!」
俺の考えを見透かしたのか、そう言ってウルレアはそのふくよかな身体を俺に押し付けてくる。
平時だったら「おっふ……」と狼狽えていたが、命の危険が迫っている時にやられてもちっとも嬉しくない。
やった事がやった事とは言え、一人で行かせるなんて可哀想ですから……と優しい言葉を俺に掛けここまで付いて来てくれたのは感謝している。
それがまさか、最初から最後まで俺におんぶされたまま登山しようなんて考えているとは微塵も思っていなかった。
どんな言葉を投げても、どんな強敵に追われても、こいつは決して離れない。
俺は重りを抱えながら化け物がたむろする死地を走り回る事を余儀なくされていた。
「なんかあの巨人を一撃でぶっ殺せるような魔法は使えないのか!? 曲がりなりにも女神なんだろ!?」
日本からこの地へ俺を呼ぶという荒業をやってのけたウルレアなら、しがみつく事以外にも何か出来るだろう。
そう考え、俺の首に手を回して背中に居座り続ける女神に声を掛けた。
「勿論使えますよ。神ですので」
「よしなら頼むぜ! ……いや、使えるのなら初めから凄い魔法を使ってあの巨人を倒してくれよ!」
「こう揺れると魔法の詠唱中に舌を噛みそうで怖いので無理です」
「じゃあ降りろや!! この畜生女神が!!」
「……やろうと思いましたのですが、今の酷い言葉でやる気を無くしました。残念でしたね」
こんな時だと言うのに、畜生女神と言われた事が癪に障ったのかウルレアは頬を膨らまして俺の提案を拒否する。
どうしてこんな場所で拗ねてしまうのだろうか。
こいつは本当に女神なのか……?
そういうコスプレをしている変人って言われた方がまだ理解出来る。
とは言えだ。
こう逃げ回り続けるのにも限界がある。
「……ええーい! このままじゃ埒が明かねえ! 俺があの化け物を足止めするからその間に魔法で倒してくれ!」
尚も背中にしがみつこうと抵抗してくるウルレアを力づくでベリっと引き剥がし、拳を振り上げて巨人に突っ走る。
本当は神殿からなんか凄そうな剣をくすねて来たのだが、山を登る前、ウルレアが背中にしがみつく際に背中にあったその剣が邪魔だったらしく捨てられてしまった。
神殿からくすねた剣は山の麓に転がっている。
今頃、山賊かなんかに盗られているのではないだろうか。
「うおおおおおお!!!」
雄たけびを上げて巨人に走る。
「グボオオオオオオ!!!」
四ツ目の巨人も俺に呼応するかのように腕を広げて叫ぶ。
「――フンッ!!!」
さっきまで俺と一緒に雄たけびを上げていた巨人は突然冷静さでも取り戻したのか、小さく息を吐いて棍棒を振り下ろしてきた。
「あっ……」
最期にウルレアのそんな声が聞こえた。
―――――
「……この地に勇者様を召喚してから半年ほどが経ちました。他の勇者様方は旅に出られたというのに、アクタ様だけは旅に出るどころか、この国……いえ、もはや神殿からすらも一歩も出ていないようですが。…………そろそろ世界を救ってみたくなりませんか?」
ベッドでゴロゴロしながら本を読んでいたら女神がそう言って来た。
「あー、まだやる気がちょっと出なくて。明日なら頑張れると思うんだ」
俺は神殿に置かれていた聖書を読んだまま女神にそう返す。
本当はマンガでも読みたいのだが、そんな物はこの国に無いらしい。
本物の神を都市の中央に据える神聖王国。
この国は娯楽に欠けている。
俺は仕方なく、女神ウルレアの事について書かれた聖書を来る日も来る日も読んでいた。
読み過ぎて何処に何が書かれているのかを完全に理解してしまった愛読書だ。
「昨日もそうおっしゃっていませんでしたか?」
渋々と本を置いて神殿の中央に腰を据える女神ウルレアへ向き直る。
読んでいる本に書かれた女神が目の前に居るというのはなんだか変な感じだ。
「とは言っても外に行って何をすれば良いんだよ?」
「魔王の討伐とか、民への顔出しとか、魔物の退治とか……やれる事は沢山あります」
女神ウルレアによって俺は日本からこの世界へ呼ばれた。
明日も学校かー怠いなあーなんて考えてベッドに潜り込んだら、ベッドごと召喚された。
女神ウルレア。
聖書によれば超常の奇跡を起こせる一柱との事。
主に異なる世界から素質のある者を呼び、力と神託を授けて旅に出させる神らしい。
まぁ、召喚者目線からぶっちゃけて言ってしまえば、定期的に人間を拉致して自身の駒とする悪神だ。
俺と一緒に召喚された他の勇者は皆「うおー! 魔法が使える!」みたいな反応をして旅に出て行ってしまったが俺は騙されないぞ。
当の俺はベッドごと召喚されて女神から話を聞いている時、なんかソシャゲで強そうな名前の女神様だなーとしか考えていなかった。
ちなみに姉にアルレア、妹にダーレアがいるらしい。
レア一族だ。
なんか色々大事な事を話していたのだろうが、そんなこんなで何も聞いていなかった。
その時分かった事は、ウルレアという女神がピンクっぽい髪色のめちゃめちゃスタイルの良いお姉さんで、いつも変なペラッペラの服を着ているという事くらいだ。
「魔王って何か悪さしているんだっけ?」
魔を統べる者、魔王。
ゲームなら、勇者として召喚された俺達の役目は魔王を倒す事だろう。
だいたい心もとない武器をもらって旅に出るイメージがある。
「いえ、特に何もしていません。国を治めて自国の為に働いているくらいです」
この世界にはゲームに出て来るような悪い魔王が居る訳ではない。
ただ、魔を統べているだけの気の良いお兄ちゃんらしい。
先々代の老齢の魔王は悪逆非道の限りを尽くしていて、人間の国にも侵攻していた為、各地で甚大な被害が出ていたらしいが今はもう違う。
それなのに女神様は何故か魔王を討伐させようとしてくる。
昔色々あったらしいが、今違うなら別にほっといて良いのではないだろうか。
「俺の存在って民衆に知られているんだっけ?」
「いえ全く。挨拶しても『誰だこいつ?』となるだけかと」
俺以外の勇者は各々この国の為に動いて町民から認知されている。
不真面目な理由で冒険に出た彼ら彼女らは立派な戦果を上げたり、人助けをしたりして立派な勇者として顔が知れるようになった。
対して俺はこうして神殿でウルレアとダラダラ喋っているだけなので、何も無い。
「魔物による被害は出ているんだっけ?」
魔王を討伐する必要を俺は感じていない。
下手に手を出して恨みを買うのも面倒だし、そういうのは他の真面目な勇者に任せればいい。
民衆への挨拶も面倒なのでする気はない。
だいたい町民も、勇者の顔を十人分も覚えるなんて面倒だろう。
あとは魔物による被害だけだろう。
勇者の働きが期待されるのは。
ただまあ、この流れなら結局魔物も何もしていなくて仕事が無いというオチだろう。
「魔物による被害は多々出ています。先々代魔王軍の残党が未だ各地で散見されていますので」
「ちっ」
「舌打ちしないでください」
微妙に勇者としての使命っぽいのが残っていた。
「魔物の退治をしたいのは山々なんだがな……。ほら、俺ってただの人間だし」
俺は他の勇者と違って旅に出るつもりはない。
人の為に身を粉にして働くというのが柄じゃないんだ。
一日中ダラダラして過ごしていたい。
その小さな願いの為に俺は今日もウルレアを説得する。
「え、でも、元の世界でも勇者としての活動を行っていたのですよね? 剣の名手で誇りの為に自らの手でケジメを付けるのだとか?」
「……お、おう。俺の国はサムライって言う刃物のエキスパートが居てな。俺もその血を引き継いでいる忠義に厚い奴なんだ」
「おまけに魔法もめちゃくちゃ使えるんですよね? なんか魔女の子孫だとか」
「……あ、ああ。母方の先祖がそういう一族でな。どんな魔法でも使えたり……してな」
「更に武道も嗜んでいたとか。話によれば横綱ってとこまで行ったのですよね?」
「あ、ああ。相撲っていう国技で俺は張り手一本で上り詰めた」
うーん、困ったぞ。
嘘を吐き過ぎた気がする。
ウルレアが「勇者様の事を教えてください」と言うから、設定を盛りに盛って言ってしまった。
どうせバレないだろって思って騙りまくったけど、バレないよな……?
「そんな勇者様ならこの世界でも飛び切りの活躍が出来ますよ。早く旅に出てはどうですか?」
「そうしたいところなんだがな……」
「例のトラウマですか?」
「あぁ……」
旅に出たくない俺は女神様に更にとんでもない嘘を吐いていた。
「勇者様の活躍を妬んだ者達に凄まじい迫害を受けていたのですよね……」
「あぁ、そうなんだ。それは本当にもう凄いいじめをされていた。言葉で言うのも憚られるくらいの壮絶なものをな……! 俺は怖いんだ! この世界でも俺が活躍する事で敵を作らないかが……!」
喋りながら段々と語気を荒くしていって、トラウマがフラッシュバックしている風を装う。
迫真の演技を行う事でウルレアの同情を誘うのが狙いだ。
全ては冒険に出たくないがために必死で嘘に嘘を重ねている。
「何度も聞きましたが、酷い話ですよね……。確かご学友が取り分け酷い迫害をしてきただとか」
「ああ……。あの屈辱の日々を思い出すだけでも身体が震える」
「そこで私は考えてみました。どうしたら勇者様がそのトラウマを払拭出来るのかについて」
「ああ……」
「そのトラウマを植えて来た相手を倒してしまえばいいのではないでしょうか?」
「ああ…………え? 何かしようとしてる?」
何か、よくない流れが起こっている気がする。
本能がこのままだとアカンと警報を鳴らす。
「大事な神殿仲間のアクタ様が酷い仕打ちを受けていたと聞いたら私居ても立っても居られなくなりました。……えぇ、来る日も来る日も外に出ずこの場所で私に面白い話をしてくれるアクタ様のご尊顔がお曇りになるのにもう耐えられないです! アクタ様はアホ面を晒して遊び回っているくらいが丁度良いと思うのです! だから……!」
ウルレアは質素な座から立ち上がり、激しい身振り手振りを交えながら捲し立てる。
思い詰めた表情を浮かべながら身体を震わせ、想いを訴えかけてくる。
先程の俺の力説に負けないくらいの演説だった。
そして。
「クラス召喚という物をすればいいんですよね?」
いきなり冷静になってそう言った。
クラス召喚、すればいいんですよね。
クラスショウカン、スレバイインデスヨネ。
なんだそれは。どういう意味だ。
召喚ってあれだろ。俺をこの世界に呼び出した不思議な力の事だろ。
クラスってなんだ? クラスってゲームだとあれだよな。職業みたいな物だよな。それ以外だと、等級とか階級だとかそんな意味もあってそれと……クラスメイトって言葉もあった気がする。
……これはいけない。
「え、いや、そこまではしなくてもいいんじゃないかな。第一、なんて言うの? いきなり出されてもトラウマが蘇って弱い奴等でも倒せなくっていうか、その、ね……?」
「任せてください。私が全員、勇者様の前でぶちのめします」
「そういうの良くないと思うんだ。ほら、復讐は何も生まないっていうしさ」
「この世界にそんな言葉はないです」
「でもやっぱ――」
「――彼方の地より出でよ」
「あ」
ウルレアが俺との会話を放棄して詠唱を始める。
あの詠唱になんの効果があるのかは分からないが、ウルレアの言う事が本当ならクラスメイトをこの世界に呼ばれるというぶっ飛んだ事をしようとしている。
「お願いだから待ってくださいウルレア様!」
ウルレアの元まで駆け寄り肩をガっと掴んで激しく揺する。
視界の下ではペラッペラの服と胸がやばい事になっているのが見えるが今はそれどころではない。
「復讐はいけないと思うんです!」
「――呼応しその身を此の地へと」
「なんというかいけないと思うんです!」
アスファルトを削るドリル並みにガガガガッと揺すってもウルレアは止まらずに詠唱を続ける。
もしかしたら一度詠唱を始めたら止められないタイプの魔法だったのかもしれない。
だが、クラスメイトを召喚するなんてそんな暴挙を黙ってみて居られるほど俺は胆力がある人間ではないのでひたすら懇願し続ける。
「ウルレア様~~~~~!!?」
詠唱が終わる直前。最後に、ウルレアがフッと微笑んだように見えた。
キラキラと神殿内に光が舞う。
神殿内を漂うキラキラはフヨフヨと動いて一カ所に集まりだし、輝きをより一層強くする。
鏡のように光を反射する床や壁が神殿内を余す事なく照らし、小学校の体育館ほどの広さがある神殿全体が眩い光に包まれた。
そんな幻想的な事象が起こっている空間で俺は。
「オ、オワッタ……」
ウルレア用の座に座り込んで項垂れていた。
……思い出すのも嫌になるが、結論から言おう。
クラス召喚はされた。数学の授業中だったのだろうか、かつてのクラスメイトと数学教師がセットで召喚された。
困惑するクラスメイトにウルレアが腕まくりをして殴り込もうとしたが、それだけは必死で止めた。
その後に巻き起こる騒動。
土下座する俺、困惑するクラスメイト、呼び出した理由を話すウルレア、展開を理解して興奮する数学教師、俺のついた嘘の答え合わせをするクラスメイト、手を口に当て「あらまぁ!」とのたまうウルレア、興奮した口調で異能を授けられたか確認する数学教師、俺を差し出すウルレア、一部のクラスメイトからボコされる俺、騒動を収めるクラスのリーダー。
……そして、コホンと咳をしたウルレア。
「勇者様、ケジメでございます」
ニコニコ笑った女神様から短刀を手渡された。
―――――
「お、あ……」
目覚めて飛び込んで来たのは空に浮かぶ眩しい太陽。
肌を撫でる少し暖かい風の感覚と水のせせらぎ。
さっきまでの光景は夢だったようだ。
身体を起こして周りを確認する。
「あ、生き返った」
ベラッペラな服を脱いで、これまた心もとない下着姿になったウルレアが水辺で服を洗っていた。
「どうなってたんだ俺は」
「聞きたいですか?」
「いや、やめとく……どうせペチャンコにされたとかそこら辺だろ」
なんか俺の物っぽい真っ赤な血が辺りに飛び散っているし。
「そう言えば相当魘されていましたけど、何か悪い夢でも見ていたのですか? 話は変わりますけど、人間ってあそこまで醜くなれるのですね。私初めて見ましたよ。正座した一人を囲って数十人で詰問するところなんて」
「話が変わってねー……。それとトラウマが疼くからやめてくれ……」
「ちゃんとトラウマを植え付けてもらえてよかったではないですか。これで勇者様の言った通りになりましたよ」
「ぐぅ……」
返す言葉がなくて思わずぐうの音が出た。
「ところでなんでウルレアも付いて来たんだ? お前一応女神だろ? こんな危ない場所に来ていいのか? 帰った方がいいんじゃないか?」
というか帰れ。
俺はこれ以上お前を背負いたくない。
そういう気持ちを暗に込めてそう言った。
「絶対に帰りませんからね」
ウルレアは濡れた服を絞り水気を払いながらそう言った。
「なんでだよ」
「だって、こんなクズみたいな勇者と一緒に行動していたら私の株が上がるじゃないですか。優しくて綺麗な女神様だなーって皆思ってくれそうではないですか」
「こ、こいつ……!? みんなー、女神の本性ってこんなんですよー!」
「ここには私と勇者様しかいませんよ。ふふ、勇者様は面白いですね」
「俺はお前が怖いよ……」
そう喋りながらウルレアは濡れた服を地面に広げた。
横を見ると見覚えのある服も並べられていた。どうやら俺の服も洗っていてくれたらしい。
ウルレアは服を広げると、何かを呟き手をかざす。すると直ぐに濡れた服は乾き綺麗になった。
神殿に居た時にもよく見た服を乾燥させる奇跡だ。
「今ので神力を1消費したので、またクラスメイト方を返すのが一日遅れました」
「嘘だろ……? その行為って神力を消費していたのか……?」
神力というのは俺やクラスメイトを召喚するなどの人知の超えた奇跡を起こす為に使用される女神固有の不思議な力の事。
ウルレア曰く、神力は最大で100まで貯められ、一日で1回復するらしい。
神力を1消費したら服を乾かせる。
神力を3消費したら死人を蘇らせる。
神力を10消費したら異世界から数人まで呼び出せる。
などと神力の消費レートはよく分からない基準で定められているらしい。
ちなみにクラス召喚で消費された神力は85だと言っていた。
「大丈夫ですよ。神力を回復する為の霊薬を求めてこの森にやって来たのですから。ここでいくら神力を使おうがこの後回復出来るので問題はないです」
神力を消費すれば異世界から呼び出した人達は元の世界に返す事が出来る。
必要とされる神力は100。100使えば一度の召喚で呼び出した人達をまとめて返せるのだ。
つまり、何もしていなくても100日が経過すれば召喚されたクラスメイトを元の世界に返せる。
「本当だろうな……?」
まぁ、何もしないなんて事は許されなかったので俺は神力を回復する為のアイテムを探す旅に駆り出された。
この森の奥地にあるとされ、どんな傷をも治すと言われている霊薬。
俺達の目的はそんな万能薬を取って来る事だ。
「はい。ですので」
ペラッペラの服を着たウルレアは再び俺の背中に上ってくる。
やはり自分で山道を歩く気はないようだ。
「はあ……やっぱりこうなるのか。あと、どんくらい歩けばいいんだ俺は」
「でももう直ぐで付きますよ」
ザワ、と空気が変わった気がした。
ぽつぽつと木漏れ日があたる森の中で一際開けた場所。
透き通った色の池と色とりどりの花、それと巨大な樹。
樹から伸びる一本の折れた枝が、池に雫を垂らしていく。
そして……池のほとりで水を啜る竜。
紺色に輝く瞳と目が合った。
「――――グォォッ!!」
オアシスを穢す侵入者の存在に気付いた竜が翼を広げ、咆哮を響かせる。
ドラゴンという生き物を初めて見た。
威圧感があるが、神秘的でもあるファンタジーの代名詞。
頭に生えた角から尻尾の先まで濃紺で統一された紺色のドラゴンから放たれた咆哮は大気を伝い俺達を震わせる。
歓迎はされていないようだ。
「あの池の水からただならぬ力を感じますが、簡単には取れそうにないですね」
「みたいだな」
ドラゴンは池のほとりから動かずに俺達の方へジッと視線を向け続けていた。
「ウルレアはここで待っていてくれ。試しに近づいてみてどう動くかを確かめる」
「死ぬ気ですか?」
「舐めんな」
結局背中から離れなかったウルレアを力づくで引き剥がし地面に下ろして、池に向かって走ってみる。
「――クルォォオ!」
竜の口元が光り、ドン、バンッ、ドンといった破裂音が響く。
振り返ると地面が抉れて大穴が空いていた。
竜のブレスだろうか。地面の粉砕具合から相当な威力があると思われる。
竜の攻撃を確認した俺は走りながらクルンと方向転換してウルレアの元まで戻った。
すると、竜も攻撃を止める。
木に隠れこちらの様子を伺っていたウルレアは俺が戻って来ると近寄って来た。
「……うん、無理だわ」
「何がしたかったのですか?」
「実力差を見ておきたかったんだよ」
「何故です……?」
「俺がウルレアから貰った能力的に力量差が大事になるんだよ」
――さて、話は変わるが、俺が惰性で読んでいた聖書によると異世界転移した時には女神様が選別として何かしらの力を授けてくれるらしい。
その人の素質や、出自、生き方、趣向などなど。
様々な要素からその人にあった力を神様は授けてくれると聖書に書かれていた。
過去に召喚された勇者や、俺と同じタイミングで召喚されて異世界生活を満喫している奴等、そして神殿で一日中ダラダラ過ごしている俺にも等しくその力とやらは授けられた。
剣に聖属性を付与する勇者、多彩な魔法を操る才を得た勇者、鋼にも勝る肉体を得た勇者……みんなチートのような力を授けられた。
……ただ、断言しておこう。
女神様はその人にあった力など与えていない。
戦乱の世に召喚された勇者はみな年端もいかぬ少年少女だったようだ。
というよりは、数学教師がイレギュラーなだけで大人が召喚された事は今まで無かった。
そしてその少年少女らは全員、戦う為の力を与えられた。
力を授かり、騎士団や魔法団で力を振るう為の経験や知恵を積み、無事に魔王を倒して世界は平和に。
凱旋パレードでその子達は聴衆の前で笑顔を浮かべ手を振り物語は終わり……なら美しかっただろう。
しかし、肉体と精神に深刻な怪我を受けて帰って来た子達はその後みな口を揃えて言った。
『本当は戦いたくなかった』
と、言っていたらしい。
何処かの平和な世界で普通に生きている子達が急に召喚されて、よく分からない力を与えられて、訓練させられて、あれよあれよという間にこの世界の住人の代わりに死地へと赴いていたのが現実だったという訳だ。
この部分は聖書が出された時期により、書かれていなかったり、書き換えられていたりするので真相は分からない。
――ただ、女神様はそれで反省したのだろう。
その後、民に召喚する事を求められても滅多に応じなくなった。
しても戦う為の力を与えなかったり、ひたすら勇者自身の身を守る為の力を与えたりと神様も少し反抗しだしたようだ。
それは俺の事を召喚したウルレアも例外ではない。
ウルレアは比較的新しい神のため、戦乱の世ではあまり活躍していなかったらしいが、何を考えたのかこいつは勇者に対して――
――遊ぶ事に特化した力を授ける神になった。
この世界も良い場所だから楽しんでください、というウルレアなりの善意なのだろうか。
だがそのせいでウルレアに召喚された勇者の活躍はあまり耳にしない。
聖書にも「あまり良い勇者を召喚しない女神」とボロクソに書かれていた。
おかげで現在ウルレアの居る神殿には、使用人や信奉者などおらず俺とウルレアしか居なかったりする。
少し可哀想である。
そして俺がウルレアから授けられた力というのは。
「うおおおおおお! そこの竜とチェンジ!!」
授けられた力を行使する為に、竜の近くに走って行きながら単語を叫ぶ。
「グォォ――」
ドン、とあらぬ方向で何かが爆ぜる音が聞こえる。
再び近づいて来た俺へ目掛けてブレスを吐こうとしていた竜だったが、暴発に終わったようだ。
「――ォォ!?」
竜はそれに驚いているようだった。
なんで失敗したのか分からない。そんなところだろうか。
そしてそれに気付く頃にはもう遅い。
「キタキタキター! 身体から魂が抜かれる感覚! その身体貰うぜ!」
俺がウルレアから授かった力。
それは、「身体を交換する力」だ。
俺は三分間だけ、誰かと身体を交換する事が出来る。
正直この力は使い所が限られ過ぎていてどう使うかで非常に悩んでいた。
俺と一緒に召喚された他の勇者のように、「カジノで荒稼ぎする力」や、「源泉を掘り当てられる力」、「動物や精霊、お化けなどと意思疎通が出来る力」のようにもっと応用の効く力の方が欲しかった。
だがまあ、一対一を想定した戦いなら誰よりも俺の力が一番悪さ出来る。
竜と俺の身体が同時にバタリと地面に倒れた。
「――ォォオ!」
直ぐに竜は起き上がったが、俺の方は立ち上がろうとしてもモゾモゾと動くのみで地面に立つ事が出来ない。
竜はそんな俺の身体へ目掛けて口を怪しく光らしブレスを放つ……なんて事は無く、ブレスは空中に放たれ花火のように爆ぜた。
「――ォォ。おおお! なんだこれは! 竜の身体すごっ!?」
口からブレスを放ってみたり、翼をはためかせたり、尻尾をブンブン振ってみたり、四本の足で地面を駆け回ったりしてみて具合を確かめる。
……そう、もう身体の交換は済んでいるのだ。
そこら辺を歩いてた犬やゴキブリと身体の交換をしていてこの感覚に慣れていたおかげで身体を交換しても俺は直ぐに動く事が可能だが、竜の方は違ったようだ。
「なんでだぁ……。どうしてこんな事になったのじゃぁ……」
俺の身体は泣き言を言いながら、未だに地面でモゾモゾしている。
それを見て満足した俺は木に身体を隠し、こちらの様子を伺っていたウルレアの元に走って行く。
「よ、ウルレア」
「……アクタ様?」
「そ、俺だよ俺。ウルレアが召喚した引きこもり勇者でお馴染みの本間芥」
「あまりにも自然な動作で竜が動いていたので失敗したのかと思っていましたけど、そうですよねアクタ様なら当然ですよね。見境なく様々な生物と身体の交換していましたし……」
「じゃあ今のうちに霊薬の回収頼んだぜ!」
「アクタ様は今からどうするつもりなのですか? 竜との身体交換が終わるまでに遠くに逃げたりとか」
「いや、こんな機会滅多に無いだろうしこの竜の身体で俺の身体と遊んで来るわ」
「あぁ、はい……。じゃあ回収してきますので、山の麓で会いましょう」
その後、池の畔では俺の声が響いた。
ウルレアが瓶に池の水を詰めてそそくさと退散していく中、竜と身体を交換した俺は俺の身体と戯れていた。
「のじゃああああ!? 貰い手が……貰い手がいなくなるからやめろぉおおおお! どうしてそんなにぃいいい! ああああああ!!!」
うーむ。
犬と身体を交換した時のように遊べば懐かれると思ったが、そう上手くはいかないようだ。
あわよくば竜を懐かせてペットにしようなんて考えていたのに、なんか人間の言葉喋っているし危ない遊びをしているような気がしてきたので舐めるのをやめる。
「貴様……ここまでしたからには責任として我を……」
竜は最後にそんな事を言って気絶した。
やり過ぎてしまっていたようだ。
―――――
「どうだ、神力は回復したか?」
あの後、時間制限が来て俺は自分の身体に戻った。
竜はビクビクしながら気絶していたので、せめてもの償いとして池の水をかけてからその場を後にした。
山を下りている最中、やけに心許ない服を着た小さい女の子に追いかけ回されるアクシデントはあったものの、どうにか振り切ってウルレアの元までやって来た。
おまけに下りてきて分かったが、神殿から借りてきた剣はやはり消えてしまっていた。
あの神殿に神官とか居たらハチャメチャに責められたかもしれないが、実際はそんな奴いないのでまあセーフだろう。
山賊というのがこの世界に居るのかは分からないが、拾った誰かしらがきっと有効活用してくれるだろう。
「いいえ。しかし、魔力は回復しましたし、身体の調子が凄く良いです」
「……え、つまり?」
嫌な予感がする……。
だってなんかウルレアが楽しそうに笑っているんだもん。
こいつ面が良いのに畜生だし滅多に笑わないんだよ。
それこそ、自分にとって本当に面白い事でも起きない限りは。
「神力は回復しませんでした。霊薬は魔力と体力を回復する薬だったようです」
「ここまで頑張ったのに……」
「ふふ、まだ私と旅を続けるしかないようですね」
「また俺はお前とこんな危険な冒険をしなきゃならんのか」
「当たり前ですよ」
「だって、それが法螺吹き勇者様のケジメでございます」
……どうやら俺達の旅はまだまだ続くようだ。
お読みいただきありがとうございます。
今後の参考にしますので、感想や評価お待ちしております。