38話(ガーラント辺境伯Side)
「イシス嬢は何をしているのだ?!」
「今は…北側を中心に城をシールドで囲っています。最低3重は必要なので、他の魔術師にもできれば手伝ってもらいたい」
赤い飛龍は小ぶりだが炎による被害が大きい。だから、シールドを3重にするということか?
あれだけしっかり飛龍を拘束できているのなら、範囲も絞れる。可能だろう。
ジェンキンスは青白く光るシールドを間近で見て…立ち竦んでいた。
「ジェンキンス、ボサッとするな!すぐに魔術師たちにシールドを張らせろ!3重だ!」
私の声に、ハッとしたジェンキンスはすぐさま行動した。
「フェルナンド殿、これが武器です。使い方はご存知か?」
「ありがとうございます。…え…と…、…はい…これなら使えます。鏃が大きいのか…」
武器に触れ、サッと数ヶ所を見たフェルナンド殿は…兵士たちが両手でやっと持てる重さのクロスボウを片手で軽々と持ち上げた。
近くにいた兵士たちがギョッとしている中、屋根にいるイシス嬢にも見えるように高々と掲げる。
「イシス!武器が届いた!クロスボウだ!」
「クロスボウ?…弓?…」
ジェンキンスの指示を受けた魔術師たちがシールドを張り始めた。
そのことに気付いたイシス嬢は、手を止めて屋根からフワリと音もなく降りてきた。
本当に…妖精のような娘だ…。
「これがクロスボウ?」
「使い方は…ここを…こうだ、分かるか?」
…わずかに、違和感を感じた…。
フェルナンド殿がイシス嬢にクロスボウの説明をしている間も、イシス嬢は視界に飛龍をずっと捉え続けている。
キラキラと光る瞳が妙に気になる。
飛龍もイシス嬢を見ている…?
私がそんなことを考えていると、周りの兵士たちがザワッとするのが分かった。
「…なっ!…」
フェルナンド殿に続いて、イシス嬢までがクロスボウを片手でヒョイと持ち上げたのだ。あの、折れそうな細腕で!
さらに、矢を一束抱えると…そのままヒラリと屋根に再び上がって行ったではないか!
「私はここから口を狙う!フェルは、合図をしたら急所を狙って欲しい、他の人も!」
「分かった!…って…急所?!…」
「ごめん!…今視てるから…すぐ探す!」
イシス嬢や魔術師たちの3重のシールドがあり、現状飛龍の攻撃は全く城には届いていない。
イシス嬢の戦い方は攻撃より守りを重視したものだ。
今まで、飛龍討伐は先手必勝だと思ってきたが…堅い守りというのは…これほどまでに有効であったのか?!
飛龍は疲れて動きが緩慢になってきている。
初めての事態に、兵士たちはポカンとしていた。
「視えた。狙うのは、向かって右側の首の付け根よ!飛龍の動きを止めたら合図をする!」
イシス嬢の屋根からの叫び声は、兵士たちにも十分聞こえていた。
「私が先に口を射る!」
そう言って、イシス嬢が何か呟き…クロスボウの矢の束に触れると…矢は赤く燃えるような焔を纏った。
そこからは本当に凄かった…。
飛龍が火を吹く前に軽く顎を上げる動作を完全に見切ったイシス嬢は、飛龍の下顎から上顎にかけてクロスボウで何度も貫いた。
しかも、魔術を付与した矢は…刺さった瞬間…飛龍の口を封じていったのだ。
「口が開かなくなったわ、そろそろよ!」
「あぁ、いつでもいいぞ!」
「皆のもの、構え!イシス嬢の合図を待て!」
─私を見て!見なさい!─“拘束”
イシス嬢の口から…そんな言葉が聞こえた気がした。
「…今よっ!!…」




