閑話(フェルナンドSide)
今日はイシスが社交界にデビューする。
ドレス姿は誰よりも輝いていて、会場に入った瞬間…参加者たちの視線を釘付けにした。
「皆様、フェル兄様を見ているのね」
…は…?…何を言っているんだ。
イシスはちょっと、いやかなり…鈍いところがある。
1年以上ずっと側で過ごしてきたが、私はイシスにとって“ただの兄”という存在から抜け出せていない。
両眼が宝石眼となったイシスは、多くの能力が開花したせいか魔力量がさらに増して膨大になった。
そして、魔力と能力を自在に操り上手く制御できるようになると…何と…触れることが解禁に!
うれしい反面、もっと深く触れ合いたいと思う己の欲求が激し過ぎて…抑えるのがとにかく大変なのだ。
それでも、私の好意に少しは気付いて欲しいと思っていたのだが…家族の愛情と、男女の恋愛感情との違いを知らない鈍いイシスには…何も伝わらない。
かといって…過度なスキンシップを求めれば、私が暴走してしまう恐れもある。
イシスを傷付けることだけは絶対にしたくない。
「…フェルナンド…あなたって子は。ちょっとこちらへいらっしゃい!」
イシスと3曲続けて踊ったことで、父上と母上から咎められた。
婚約者でもない私が勝手な行動をすべきではない、イシスの将来を兄としてしっかり支えるように…と、至極当然なことを言われた。
2人は…私がイシスを愛していることに気付いているのだと思う。
社交界デビューをしたのだから、今後は他家の令息たちから求婚が相次ぐだろう。
今日1日で、イシスは注目の的となってしまった。
このパーティーが終わったら、父上と母上にちゃんと話をしよう。もうグズグズしてはいられない。
私は覚悟を決めた。
────────
「キャッ!」
嫌な予感がする。
黒いオーラを纏った頭のおかしな女が、ギラついた目をして私に向かって走って来る…関わりたくないので早々に回避した。
さらに頭のおかしな男まで増えたと思ったら、チェルシーやらバジルやらと大騒ぎを始めた。
しまった!
このパーティーで私が1番気を付けていた対象者…アンデヴァイセン伯爵家の馬鹿共ではないか!
すぐにこの場を立ち去ろうと思ったが、イシスのオーラを視て気が動転した。
今まで視たこともないような…混沌とした色になっていたからだ。
私は、自分でも信じられないほどにショックを受けた。
イシスの心が傷付いたのだと思うと…胸が張り裂け…叫び出しそうになった。
イシスを守ると誓ったのに、パーティーに浮かれて警戒を怠った。
伯爵家の者になど、絶対に会わせてはならなかった。
馬鹿は私だ!
────────
頭のおかしな兄妹を切り捨て、私はイシスを連れて控え室へと向かった。
イシスのオーラは何事もなかったかのように戻っていたが、私の心は完全にヒビ割れてしまっていた。
どんなにイシスを強く抱き締めても、穏やかなオーラに触れても…いつもの自分を取り戻すことができない。
「…許さない…。皆…殺してやりたい」
イシスを守れなかった責任は自分にある…だが、アンデヴァイセン伯爵家へ殺意がわいた。
「……フェル兄様?……」
「…イシス…ごめん。嫌な思いさせた」
そう言うのが…精一杯だった。
傷付いたのはイシスだというのに、知らぬ間に私は涙を流していた。
すまない、イシス。
君を想うと…とても…とても苦しいんだ。
「…泣かないで…」
イシスは私に優しく触れて…慰めるように…たくさんキスをしてくれた。
あぁ…もう駄目だ。
何があっても、絶対に君だけは手放すことができない。