19話
「イシス」
「カイラ姉様!」
カイラ様は、今3人目を身籠られている大事なお身体です。
「どうされたの?ご用事なら私から伺いますわ。ご無理をなさってはいけません」
長い悪阻が落ち着いてきたところではあるけれど、少しお痩せになってしまったのに。
「フフッ、イシスったら大袈裟ね…気分転換よ。少し散歩に付き合ってくれない?」
「アンディ兄様はご存知なの?」
「えぇ、子供たちを預けてきたわ!今ごろ、執務室はシッチャカメッチャカよ」
なるほど。それも…偶にはいいですわね。
「ご一緒しますわ」
久しぶりにカイラ様とゆっくりお話ができて、初めてのパーティーで上手くやるにはどうしたらいいか?とか、いろいろご相談もできたし…楽しく過ごせたわ。
─────────
「アンディ兄様?」
カイラ様をお部屋にお届けしてから、アンドリュー様の執務室を訪ねた。
「…イシスか?…」
「はい。失礼しま…………しました」
─パタン─
扉の隙間から室内を見た私は…執務室に入らず、そっと扉を閉めた。
─ギィ─
再び扉が内側から開いた。
「…イシス…入れ」
「いえ、その」
「入れ」
「…はい…」
「手伝ってくれ」
執務室は床に書類が、テーブルの上一面にはお菓子が…それぞれ散らばっていた。
どうしてこんなことに?
「お転婆娘が…楽しそうに散らかして…」
「…あら…」
仕事に夢中な父親を振り向かせる方法を、お転婆娘は知っているのだ。
愛娘の言いなりになっているアンドリュー様の姿が想像できて…笑えてしまう。
「お転婆さんなら、もう少し…お外でご一緒に遊ばれるお時間を取られては?」
「…そうだな…今は従者と外に行った」
アンドリュー様は普段から口数が少ない。
何かとすぐ行動に移すフェルナンド様とは違い、頭の中でじっくり考えてから動き出すお方だと思う。
お嬢様の子育てに関しては…絶対に…考えるベースとなる知識と想像力が足りてない気がするのだけど。
「仕方がありませんわね。お手伝いは今回だけですわよ」
半分は自力で…半分は魔術を使い、執務室は無事元通りになりました。
────────
「イシス、どこへ行っていたんだ?」
部屋に戻ると、フェルナンド様が随分とラフな格好で待っていた。
ちょっと…レディの部屋に勝手に…。
「カイラ姉様とお散歩をして、アンディ兄様の執務室をお片付けしてきたところよ。
フェル兄様こそ、こんな早い時間にお戻りだなんて…どうなさったの?」
この1年で貴族らしい生活にも慣れ、言葉遣いや所作は身に付いた。ドレスで邸内を歩き回ることも苦ではなくなってきた。
身体はかなり健康になって、少しはお胸も成長してきたかな?…いや、そうでもないか…?
宝石眼は、そのままではかなり目立つので…日ごろは淡い金色の瞳に変えている。
「殿下が婚約者殿と街へ出かけたいと仰せでな。仕方なく私は護衛として同行するんだ。
街に溶け込むには自然な身なりで行く必要があるから、着替えに一度戻ってきた。
イシスは街に詳しいだろう?一緒に行かないか?」
「私が?でも皇子殿下たちがご一緒だなんて、ちょっと…。フェル兄様も護衛のお仕事なんでしょう?」
普通に街へ遊びに行くのとは違って、気を遣うじゃない。
それに…絶対に目立つわよ?私には分かる。
「ははっ…イシスは今回同行するどの護衛よりも強いから、逆に当てにしているくらいだよ。殿下からも許可は取ってある」
それって、最初から連れて行くつもりだったってこと?
もう…話すだけ時間の無駄だったわ。




