お隣さん
春休みも残り数日。
最近は、お気に入りの新居で、高校から出た予習ワークをずっと解いている。
ちなみに私は勉強が苦手だ。嫌いだ。
このお気に入りに囲まれた空間でなら、嫌いな勉強もはかどるだろうと思っていたが。
(最近、隣の部屋が騒がしい……)
こんな感じで、全く集中できない。
私の部屋は、マンションの突き当りで、いわゆる 隣の部屋 は1つしかない。私が入居したのと同じ時期に、お隣さんは出ていったと聞いている。
だから、この音は、4月初めになって、ようやく引越してきた人の存在を示していた。
正直、そんな人が隣にいるなんて不安だと思ったが、なんせ初めての一人暮らし。私、望月あかりはとても浮かれていた。
もしかしたら、美人で優しい、頼れるお姉さんかもしれない、なんて希望を持って、玄関ドアを開けた。
(私はコンビニに行くだけ。私はコンビニに行くだけ。私は……!?)
「お、おおかみくん、!?」
ダンボールの箱に書かれた名前と、彼の目を見て一瞬で気づいた。幼稚園で仲の良かったあの狼くんだと。
そして我に返る。
(コンビニ、私はコンビニに行く。)
大声をだしたのが恥ずかしくなって、小走りになる。
一重のまぶたに、日光に透ける琥珀がかった瞳。そして、
「え、ちょ、おい!」
随分と低くなったけれど、変わらない、ちょっとかすれた声。
(間違いない、あの、幼稚園のとき仲が良かった狼くんだ……!)
「おい!階段!!」
「っ!? ひゃあっ!?」
足が地面を踏まない感覚と、力の抜けた腕が後ろに引かれたのは、同時だった。
背中に軽い衝撃が響いてやっと、私は階段から落ちそうになっていたことに気づいた。
「……変わらないね、あかり、ちゃん。」
覗き込まれた顔は、大人っぽくて、かっこよかった。
「憶えてたの、?」
「そりゃ、まあ、そうだね」
何をどう話せばいいのかわからない。
「助けて頂いてありがとうございました……」
「ああ、いえ、それでは、と言ってはなんですが、お願いがありまして…」
これは、お礼としてやるしかない。
「湿布を、買ってきてほしいんです。」
「あっ……」
私を庇って腰を痛めたのか、と察したが。
「まさか!望月さん庇って腰痛めるとか、これからどうするんですか!」
「いや、」
狼くん家玄関にて。
どうやら狼くんは、引越し準備の時点で、足首を痛めていたらしい。
……ん?
──望月さん庇って腰痛めるとか、これからどうするんですか!
……これから?
「え、あの、さっき言った事って?」
「……さあ? それより望月さん、高校のワーク終わってるんですか?」
「あ、」
「ではまた後日に。」
(うまく話をそらされた…。)
そして、なぜ、高校のワークのことを知っているのか、気付けなかった。
──「やっぱり変わらないなあ。俺の、可愛いあかりちゃん。」