チャプター11.秒速5センチメートル(54:46~)(4)
(58:35~58:47)
ここまでの一連のシーンは、第一話ラストでの別離から手紙のやりとりが始まるまでの時期であろうか。
(58:42~)
明里が一人で教室にいる。やはり貴樹の思ったとおり、「いつも一人」だったのであろうか。
明里はセーラー服姿だが、襟のラインの数は確認できない。直後の、貴樹のいる教室については、東京で貴樹が通っていた中学校とは椅子が異なる(1:18など参照)ため、少なくとも貴樹が種子島に引っ越して以降のようである。確定はできないが、教室の雰囲気としては高校時代のように思われる。
(58:44~)
台本では電話ボックスの前にいるのが明里、ポストの前に立つのが貴樹で、逆になっている。細かいながら、重要な変更点に思われる。
(58:45~)
すでに使われていたカットに、ここで初出となるカットが混じっている。
切り替わりが早いので時間表示で示すのが難しいが、58:45で緑の公衆電話に続いて黒い公衆電話を使う女性、58:46で部屋番号「412」の郵便受けに触れる女性、そして明里の手紙に続いて58:06と同じ日付の水野の携帯電話である。
この一連のカットのうち、公衆電話を使う場面は、9:52以降の、引っ越しを告げる明里なのだと思われる。爪がマニキュアを塗っているかのように鮮やかなピンク色だが、第一話からそのように描写されていた(25:06など)。なお、明里の使った公衆電話は黒であったため、直前の緑の公衆電話は、直前の貴樹が公衆電話を見かけた描写からつながっているのだろう。
この他については、おそらく全て水野を描写しているのではないかと思われる。携帯電話のカットで写る袖の赤い服(セーター?)とピンクのマニキュアというのは、52:50以降のシーンでの姿と一致している(逆に、他のシーンの水野の服装とは一致しないのだが)。また、貴樹はマンションの四階に住んでいるらしいので(53:21で、貴樹の乗ったエレベーターは四階から降り始めている。もちろん、さらに上階から乗っていたという可能性もないわけではない)、貴樹の元を訪れた水野、ということになるように思われる。
ただ、そもそも上映中に以上の要素を認識することは無理だろうし、確認したところでここから何が読み取れるかと言われてもどうしようもないだろう。可能なのは、第三話で唐突に現れた水野という人物が、実はかなりの重要性を持っていると認識する、というくらいだろう。それはむしろ、映画版以外のバージョンで描写される部分である。
(58:46~)
明里が岩舟で会う約束について述べた手紙である(第一話、また本作で言及された最後の手紙)。
(58:51~)
貴樹がいるのは、58:14で明里が座っていたのとほぼ同じ場所である。また、その後もそこに近い代々木付近の風景である。
(59:01~)
明里が貴樹に渡さなかった手紙の内容が、読み取るのが困難なほどの短時間だけ見える。
(59:02~)
59:01の手紙の続きである。ここでは「あなたはきっと大丈夫。」という部分がはっきりと読み取れる。
この渡されなかった明里の手紙については小説版では全文を読むことができ、注釈25:06で述べたように、貴樹のなくしてしまった手紙も、ある程度内容が述べられている。ただ、それを援用して本作を解釈することは控えたい。「秒速5センチメートル」というタイトルを共有する作品、あるいは媒体や作者の構想の全体を捉えるという意味であれば有効であろうが、映像作品としての本作からすれば、明らかに外部にある要素だからである。
本作の大きな特徴は「(作家の)沈黙」であろうと思う。描写は具体的でありながら、言葉で実際に説明される部分は意外なほど少ない。それは舞台となった「岩舟」「種子島」などの具体的な地名や、心境、出来事など、さまざまな部分においてである。だからこそ想像や解釈の余地があるというか必須なわけだが、その部分を、より情報が直接的で充実しているからと言って小説版や、必ずしも再現が目指されていないモデルの実態などによって埋めるのは、良い方法とは言い難いように思われる。制作者自身が、媒体による特性の違いに十分自覚的だったからこそ、それぞれで大きく異なる印象を与えるように作られているのだろう。どの程度意図されているのかはわからないが、媒体を横断する解釈は慎重であるべきだと思うし、作品単位の印象として映画版が特権的で出色な位置を占めているように思われるため、小説や漫画それぞれの評価は別にして、映画版独自の印象に注意したいところだが、だとすれば上映中には読み取り困難な情報を多数含む本注釈の大部分は無意味である。ただ、本作の深みを知る手がかり程度にはなるのではなかろうか。
(59:04~)
第一話冒頭と全く同じ場所が、時間を隔てて変化した姿で描かれる。また、場面設定の時期として、第三話冒頭の二〇〇八年三月に移り変わっている。
以降の二人がすれ違う場面や、ひいては作品全体の解釈については、注釈者の領分を超えているように思われるため、特に述べないでおく。あえて強調するとすれば、明里(と思われる女性)は立ち去り、踏切が上がって、貴樹は晴れやかな表情で歩き出す、といった点であろうか。




