五五 川童 1/5
比較的に胸くそです
川には川童が多く住みます。
なかでも猿ヶ石川は特に多いです。
松崎(遠野の町の真北、猿ヶ石川が貫いています)の川端(地名ではなくそのままの意味です)の家に、2代続けて川童の子を孕んだ者がいました。
産まれた子は切り刻んで一升樽に入れ、土に埋めました。
その形はとても醜怪でした。
女の婿の家は新張(松崎、松崎の中心から猿ヶ石川で隔たれた土地です)で、これも川端でした。
その主人は人にその始終を語りました。
女の家の者達がある日畑に行った帰りの夕方に、女が川の汀(波の寄せる場所)に蹲ってニコニコとしていました。その次の日には昼の休みにまた同じ事がありました。
そうして日を重ねると、次第にその女の所へ村の誰かが夜々《よるよる》通っているという噂が立ちました。
始めは婿が浜の方へ駄賃馬と行った留守のみを窺っていましたが、後に婿と寝る夜にさえ来るようになりました。
それは川童だという話がだんだん大きくなると、一族の者が集まって女を守りましたがなんの効果もなく、婿の母(女からすれば姑です)も行って女の側に寝ると、深夜にその女の笑い声を聞いて、さては来たなと思いながら身動きが取れず、人々にはなす術がありませんでした。
その出産はとても難産(帝王切開なんてありません)でしたが、ある者が言うには
「馬槽(飼料を入れておく容器。飼い葉桶)に水をたたえてその中に産めば簡単に産まれる」
とのことで、これを試すとその通りになりました。
その子供は手に水掻きがありました。
この女の母もかって川童の子供を産んだことがあると言います。
(うちは)2代3代の因縁ではないと言う人もありました。
この家は如法(おそらく盛岡の如法寺でしょうか。盛岡は早池峰の更に向こうです)の裕福な家で名字のある士族様です。
村会議員をしていたこともあります。
醜怪(広辞苑第七版より)
醜くく異常であること




