一 地勢 1/4
遠野郷とは西暦2021年現在の岩手県遠野市のことで、山々に囲まれた平野です。
明治には遠野、土淵、附馬牛、松崎、青笹、上郷、小友、綾織、鱒沢、宮守、達曽部の1つの町と10の村に分けられていました。
明治30年(1897年)-昭和29年(1954年)までは上閉伊郡に属し、
明治12年(1879年)-明治30年までは西閉伊郡、それ以前は閉伊郡に属していました。
(閉伊郡は延久2年(1070年)の延久蝦夷合戦により蝦夷から日本に編入された時に作られました。
閉伊の言葉は霊亀元年(715年)の『続日本紀』という書物に『閇村』という地名が、弘仁2年(811年)の『日本後紀』に『弊伊村』という地名があるそうです)
中世には遠野保とも呼ばれていました。
今日の市役所がある場所は、つまり元は1郷の中心で南部家一万石の城下町でした。
城は横田城とも言われます。
明治においてこの土地に行くには花巻の停車場で汽車を降り、北上川(1級河川)を渡り、その支流である猿ヶ石川の渓を伝って、東に13里(約51km、だいたい大阪から京都までです)ほど進まなければいけませんでした。
現在はJR東日本の釜石線が通っていて、新花巻で東北新幹線から乗り換えられます。
山奥にしては珍しくにぎわっています。(東京や大阪と比べてはいけません)
言い伝えによると大昔の遠野郷は全て湖で、その水が猿ヶ石川となって人界に流れ出たので、このように山々に囲まれた平野になったらしいです。
だから川が非常に多く、俗に『七内八崎あり』と言われています。
『内』は『沢』または『谷』の事で東北の地名に多いです。
遠野の『トー』はアイヌ語で『湖』。『ナイ』はアイヌ語で『小さい川』を指します。(例、稚内)




