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0日魔女の最後の日

牢屋は思いのほか居心地は良かった。簡易ではあるがベットもトイレもある。大きさはないが、かけ布も与えられていたため、ひんやりとする室内でも比較的快適に過ごすことができた。


だが唯一残念なこととして挙げるとすれば、手足の稼働に制限をされたことだろうか。手首部分の枷は重く、人の頭でも撃ちつければ軽く脳震盪ぐらいは負わせることができそうだ。両の手首を繋ぐように拳一つ分ぐらいに鎖で繋がれているため、両手で殴れば失神、もしくは不意を突くこともできそうに感じた。

足首にも同様の枷がつけられ片足ずつ壁へと繋がっている。壁はサイズの違う岩や石を敷き詰めたような作りで、移動するときは壁から伸びている鎖部分を引きずりながら歩くことになる。もちろん床も同じデザインであり、歩き心地に配慮はしていないため時々鎖が引っかかったり、擦れたときに耳障りな音がしたりする。

最初は足が痛くなり、すれて腫れたりもしたが今では慣れたものでスムーズに移動ができる。


窓はなく明かりもないが、きっちり3食与えられていたため、大ざっぱな時間の流れを感じることができた。


(いつまでここでのんびり生きていればいいのだろうか…)


ふとした疑問だった。ひんやりと冷たい壁に背を預け、見えない空を見上げた。岩と石の数も数えたし、隙間風が入ってくる場所の特定も済んだ。私の数え間違えでなければ捕らえられてから、食事は当に10回以上行っている。おそらく次で12回目だからもうすぐ4日目の夜を迎えるはずだ。


4日前、本当ならばあの息苦しくて窮屈な屋敷を出て1人で最期を迎えるはずだった。家出を決心した時から、人目を盗み必要な道具を揃えた。軟禁状態の部屋の中にはもちろんこれと言って余計なものは一切なく、家人が寝静まるまで監視があったため決行するにも時間が掛かってしまった。焼却炉のごみ捨て場で誰のものかわからないカバンを見つけたときは本当に嬉しかった。けして綺麗なものではなかったが、少しの食料と少しの宝物を入れるには十分すぎる拾い物だった。


(今更だけれど、どうせすぐこの世ともおさらばするんだから別に準備なんて要らなかったよね…。)


非常に単純で最もな考えが浮かんできたのも、なぜかこのような状況になったからこそだとわかっていた。あの時はそんなことは微塵も考えつかなかった。食料は、どうせならお腹いっぱいな状態で逝きたいという欲からだった。宝物は、誰にも渡したくないという最後の意地からだった。


(そういえば私のカバンはどうなったんだろう。宝物だけでも返してくれないだろうか。…無理ならせめて、飢えに苦しんでいる子どもか孤児院にでも寄付してほしいな。あいつらだけには渡されたくない)


次に食事を持ってきてくれた者にでも訪ねてみようかと思ったとき、不意に外が騒がしくなった。警ら隊が食事を持ってきたり、巡回をするときの通路の奥、鉄格子の遠く向こうから聞こえてくる。状況は一切わからない。だが、明らかにいつもとは違う〈何かが起こった〉喧噪だった。


喧噪の原因は明らかにこちらに向かってきていた。声が束となり、足音が重なっていく。複数の人間がこちらに向かってきている。この牢屋が私以外にいるかはわからない。だが目的は私なのだろうという直感が私にはあった。


(今日で終わりか。…あっけないな。せめてご飯を食べさせてもらってからが良かったな…。)


とうとうこの日が来たのだろう。結局空腹のまま終わるのかと思うと複雑だったが、きっと自分でケリをつけるより苦しまず一瞬でやってくれるだろう。断罪者であり、罰することを生業としている専門家に期待した。それから時間もかからず、原因はやってきた。足音は私の前で止まり、威厳のあるしゃがれた声の男が一声上げると鉄格子が開けられ灯りが付けられた。


「2名は外から通路側を監視せよ!1名は中にて鉄格子前で待機、全体に注意せよ!」


壁にフックのようなものにランプが取り付けられる。5人の黒服に包まれた男と、1人の帽子を被った人が中にやってきた。

5人の男は警ら隊と思われる質のよさそうな威厳が溢れた身なりをしていた。肩部分にはボタンのようなものや金色の紐が付いている。それが何を意味するかは全く分からないが、人によっては数も大きさも種類も違うことから彼らの誇りの一つなのだろうと思った。

彼らは服の上からでもわかる隆起した筋肉に身を包み、高い身長から私を見下ろした。特に先程声を上げた男はこの集団のトップらしく、皺やグレーの髪の毛が目立つが眼光は人一倍鋭かった。


「隊長、全員配置につきました!監視を始めます!」

「よし、ではクルットは弁護人を護衛せよ!」

「はっ!!」


グレー髪の男は私から目を逸らすことなく指示を出していく。クルットという男は、この集団では一番の長身で体つきもいいようだ。だが黒髪を丁寧に後ろになでつけるようにセットされているため、武闘派というより文官のような雰囲気もある。

クルットは指示を受け、素早く帽子を被った〈弁護人〉と呼ばれる男の護衛を開始した。


「魔女は壁に背を付け、頭を下げよ!」


鉄格子のところで監視をしていた一人が声を上げた。すでに壁にもたれて座っていた私は、その場で石の床に膝と両手をつき身体を折り曲げるように額をこすりつけた。


(まさかの斬首…。こんな情けない格好で終わるのね)


気にしていた宝物のことは頭から抜けていた。もうすぐ待ち望んだENDを迎えれることに少し気が高まった。指示され、従って見えた最後の景色は不揃いな岩と石が引き詰められた床だった。


遠くで〈パンッ!!〉と破裂音がした。


(さようなら、世界…。)


私に再び、暗くて深い暗闇がやってきた。

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