魔王の魔法をお借りします。(8)
「うおおおおおおおっ。あぶねぇ、殺すつもりかあああああ!」
「それは、もちろん最初からそのつもりだとも。」
俺は2発同時に襲い来る火炎球を間一髪で避けながらも、受け身を取りすぐさま立ち上がり。また走る。走っては間一髪避け、決死の覚悟で逃走を再開する。これを何度繰り返しただろうか。視線を奴に戻すと更なる呪文の詠唱に入っている。ふざけんな。あいつがさっきから連発している魔法は中級魔法だぞ。並の魔導士なら5発も打てればッてレベルじゃないのか。
「ああ、しかしついてない。まさかこんな奴の相手にこんなに手こずるとは。ゲイルの奴は今頃、村で楽しんでいることだろうよ。とんだ貧乏くじだ。何人かは生かしてくれていると良いのだがな。」
「はっ。ついてないのは村の正面から突入している奴らのほうだろうぜ。そいつらはシルビアが相手をすることになってるからな。とっくの昔に、全員やられているだろうな。」村のほうへ視線をやると、火の手は上がっていない。仮にシルビアがやられているなら、村に何らかの変化が見てとれるだろう。
「村から何も異変を感じ取れないところを見ると、全くのデタラメという訳でもないらしいな。しかし、我らは20人を超える小隊だ。それに頭領を務める男は城の城壁をも一撃で崩す男だぞ。村娘相手では稽古にもならないな。まさか、そのシルビアという奴が加勢に来るのを待ち続けるつもりではないだろうな。」
「まさか、そんな訳ないだろう。今からお前を倒すための超秘策を披露するところだ。今のうちに俺を倒しておいたほうが身のためだぜ。」
「その減らず口だけは神の域だな。」
奴は詠唱を再開し、魔法陣がそれに応えるように展開される。くそ、あの術式はやばいな。俺は敵に背を向け距離を取りながらも魔法の詠唱を始める。
「プロテクト---」
「ボンバードメント---」
奴の展開した6個の魔法陣からそれぞれ楕円形の炎が射出される。それらの砲撃は着弾と同時に激しい爆発を引き起こす。俺が作り出した防壁はその初弾が巻き起こした爆風を受ける。俺はその勢いを利用し、着弾地点から一気に距離を取る。いや、少々脚色した。吹き飛ばされたというべきだろう。しかし、吹き飛ばされたおかげで他の砲撃を躱すことができた。
「はははははははははは、素晴らしい。先ほどから間一髪とは言え全て完璧に避け切っている。今の魔法など初見であるのにも関わらずだ。まるでどんな魔法なのかを見る前から知っているかのようだ。さきほどの『ついていない』という発言は取り消そう。少しばかりではあるが楽しい見世物だ。ボロボロになりながらも懸命に逃げ回る姿というのも愉快なものだ。結末は変わらないと言うのに。」
「こんなのが楽しいとは。よっぽど普段は仲間外れにされているらしいな。鬼ごっこをする仲間が欲しいなら、その問題がある性格をまず直せ。俺の幼馴染シスターだって相当ひねくれた性格しているが、もっとマシなほうだぜ。改善するつもりがあるなら、いつでも俺が友達になってやる。さあ、そろそろ鬼を交換してやろうか。」
「生憎、俺はこういう性格の自分が大好きでな。それに俺は鬼ごっこをするとき常に俺が鬼側だと決めている。加えて負けた場合は相手は死んでしまうからな。他人を相手取るぐらいが丁度いい。」
「性格に難あり過ぎるな。さぞかし寂しい幼少時代だったのではと想像したら泣けてきたぜ。」
「それなら、その分いま遊んでくれよ」
発光する無数の円が俺を取り囲む。突然のことでそれが魔法陣だと気づくのに数瞬遅れる。くそっ、だらだら俺と会話に興じてくれてると思えば、術式を複数組んでやがった。 こんなの受けたら跡形も残らない。
「さあ、どうやって凌ぐか見せてくれ。」
どこに逃げても同じだ。どうする?どうすれば良い!?
「ボンバードメント」考えがまとまる前に魔法が発動され、炎の砲撃が一斉に放たれ、その一つひとつが俺をこの世から排除していく。
「スギーアスアルグラン----」
そんな情景が頭に浮かんだが、しかし幸いにもそれが現実になることはなかった。連続する轟音に死を覚悟したが、その瞬間は訪れず、代わりに聞こえてきたのは先ほどの呪文と、
「あら、そこにいるのはもしかしてエリックかしら。」幼馴染のそんな言葉だった。
目を開け辺りを見渡すとドーム状の防壁が俺を覆ってくれていた。そしてその術式を展開してくれているのはエルザだった。
「エルザ、お前なんでここに。」まさか俺を心配して駆けつけてきてくれたのか。
「私、枕が変わると眠れないのよ。それでちょっと自室に行こうと思ったら誰かが一方的にやられているじゃない。眠いし、エリックだってのは一目でわかったから放っておこうかとも思ったけど夢見が悪くなりそうだったから助けてみたのよ。」
「ちょっと眠いからと言って友人と見捨てようとするなこの人でなし。それに枕欲しさに危険人物がいる村に戻るなんて何を考えてんだよ。」
「何よ、助けてあげたのに酷い言い草ね。理由はなんであれ、助けてあげたのだからお礼を言うのが筋じゃないのかしら。それとも何?あのままただの肉片に成り下がるのがご希望だったというの。」
ぐっ、確かに救われたのは事実か。俺は少し考えたあとに結局「ありがとうございます。」とお礼を口にした。
「ふふん。この天才魔導士と幼馴染であるという幸運に感謝するのね。」素直にお礼を言われたのがよほど嬉しかったのか、上機嫌である。
「ははははは、これはまた僥倖だ。その男の逃走劇を見るのも稀にみる見世物であったが、そろそろ人間の皮膚が燃え、爛れる匂いを嗅ぎたいと思っていたところだ。特に若い女が焼ける匂いがそそるのだ。」
「そういうあなたも稀にみる変態ね。だけど残念だわ。同じ変態でも『美人が履いたブーツの香りはどんな高級香水にも勝る』と言い放ち村中の女という女から避けられたキースと比べたらまだ一歩及ばないわね。出直してきなさい。」
「一体、何を張り合っているんだ!?」
「それは残念だ。しかし、娘よ。察するにお前の得意とする魔法は防御魔法のようだが、果たしてあと何回防げるのだろうな。」
「言ってる意味がわからないわ。何回も何もあなたが私たちに負けを認めてこの村から撤退するまでだわ。」
「それは面白い。」その瞬間再び、いや、先ほどよりも数がました魔方陣が俺たちを取り囲む。
「嘘では無いことを証明してもらおう」
「スギーアスアルグラン---」
再びエルザの防壁魔法が俺たちを覆い包む。そして無数の砲撃がその壁に衝突し激しい爆発音をたてつづける。
「エリック」その轟音のなか、気を付けなければ聞き逃してしまうような声が聞こえた。
「後方に弾幕が薄い場所があるわ。そこに一瞬穴を空けるからそこから逃げなさい。」
「俺だけ逃げてどうするんだよ。エルザ、お前に何か考えがあるのか」
「もちろんよ、この後あいつごと吹き飛ばす特級魔法を発動するんだからさっさと射程範囲から居なくなってちょうだい。ついでに村のみんなと隣町まで逃げてくれたら最高ね。今なら追われる心配もないでしょうから。」
エルザに背を向けたまま、声は低く途切れ途切れに話をつづけた。その様子はあまりに健気で、かえって現状が理解できてしまった。
「お前、死ぬつもりだな。自分を犠牲にして。」
エルザから返事はない。辺りからはただ敵の魔法がエルザの防壁を崩していく音が聞こえるだけだ。
「俺はお前を置いて絶対に逃げない。絶対に俺がなんとかするから」
「あと一回しか使えないのよ。」エルザは弱々しくつぶやいた。
「この防壁ももうすぐ破られる。そのあとに張り直せるのはあと一回だけよ。それさえ無くなればあいつは喜んで私たちを焼き尽くすでしょうね。だから、エリックだけでも逃げなさい。」
「だから、そんなの、、」
「いいから早く!」今まで聞いたことの無いような大声でエルザを俺に呼び掛ける。「ここでエリックに死なれたら、私が何で戻ってきたか、わからないじゃない!死んでほしくないのよ、あなたには。」
「確かに俺は無力だ。けど俺はエルザお前を、、、」
「命のやり取りの最中に余所見とは余裕があるな」奴の眼前には新たな魔方陣が錬成され、、、
「しまっ、、、」
発動された魔法は一筋の閃光となり防壁を易々と貫通し、エルザをも貫かんと走る。エルザは魔法の維持のため動くことはできない。
「プロテクト--」
俺はエルザを押し退け、その閃光とエルザの間に割って入った。エルザの防壁で威力が多少なりとも弱まっているとはいえ、俺の魔法など薄い木の板のこどく粉砕する。
「まだ、まだぁ!」多少なりとも剣に魔力を宿し、剣を盾代わりに受けるも勢いを殺し切れずはるか後方に吹き飛ばされる。剣は粉々に砕け散る。そのまま聖堂の残骸に体を叩きつけられた。
「っっかは。」1日に何度壁に体を叩きつけられれば良いんだ。方向感覚を失いなんとか周りを見渡すと、遠目にエルザがすでに立ち上がり奴と向かい合っている様子が見えた。何か話しているようだ。
「早く、戻らないと」右足に力を込めようとするが力が入らず、前のめりに倒れる。
熱い。異常な熱さを腹部に感じた。手でそのあたりを探ってみる。ドロリとした感触があり、視線を向けると血が止めどなく流れている。あの魔法、俺の横っ腹を削っていきやがったか。
「治癒魔法を---」血が流れているせいだろう、意識が朦朧とし始めた。
魔力が足りない。治癒魔法を発動するだけの。そして、何より奴を止め、エルザを助けるための魔力が圧倒的に足りない。
魔力さえ足りれば、『あの力』さえ行使できれば全てを守り切ることができるのに。
「『炎神の宝玉』を-------」
俺の中から声が聞こえた。視線を向けると、いまこの場で起こっていることとは無関係だと言わんばかりに今朝とまったく様子の変わらない女神像と『宝玉』がある。
くそっ、この『宝玉』のせいで。覚えておけよ。今回の件が全て無事に片付いたら漬物石として未来永劫使い回してくれるわ。
俺は朦朧としながらも、その死に損ないの体を引きずり『宝玉』の前に来た。
そして、手を伸ばす。
「トプンっ」俺の右手は結界に吸い込まれる。




