あなたの罪を許します(2)
巨大な岩壁を刳り貫いて作った都市。それが法律の町アストレアを初めてみた俺の感想だった。門の外からのぞき見える乳白色の岩で形作られた建物はまるでそれ自体が堅牢な砦のようにも思えた。
「そこの旅人、止まれ」
巨大な盾と槍と携え、鶏のトサカのような兜をかぶった門兵は俺たちを呼び止める。
「自身の身元を明かし、この町を訪れた理由を述べよ。町に仇なすものであれば引き返す良い」
やけに芝居がかった物言いに身構えてしまったが、エルザで余裕の表情を浮かべながら俺たちを手で制した。なんてことだ。こんなにエルザを頼もしく思えたことはない。
性格に難はあるが、見た目は立派なシスターである。これならいかに懐疑的な人間が相手だろうとも心を許さずにはいられまい。
それに鎧の迫力と言葉遣いにイメージが引っ張られてしまったが、兜の隙間から見える顔から判断するにどうやら中身は俺たちとそう変わらない年齢のようにも思える。これなら説得の余地もあるだろう。
そしてエルザはザッザッザと勇ましく歩を進め、堂々と腕を組み胸を張りながらこう言った。
「見ての通り、私はシスターよ。神の教えを広めにきたわ。入れなさい。私がこの町に救いをもたらしてあげるわ」
「貴様のような高慢ちきなシスターがいるか」
いや交渉が下手すぎるにもほどがあるだろ。なんで上から目線でいけると思った。
くくく。と後ろからシルビアの含み笑いが聞こえてきた。
「下がってくださいますか?これに懲りたら二度とでしゃばらないでくださいね」
「何よ、あなただったら大丈夫だって言うの?」
「ふふふ、大人の魅力を見せて差し上げますわ」
シルビアは自分の髪をかき上げ、まるでそうすることで相手の情欲を掻き立てることができると確信した足取りで近づいていく。
「ねえ、門兵さん?ここを通してくだされば良いことしてあげても良いわよ」
ちらっ。ワンピースの裾をまくり足を露出してみせるところも踏まえて計算ずくのようだ。
「貴様のような売女に興味などないわ、たわけ」
ぷぷぷ。今度はエルザのほうが嘲笑を浮かべている。マジでこいつら仲良くできないのかよ。
「なるほど、全てわかった。ここは俺に任せてもらおうか」
肩から腰に掛けて縄でグルグル巻きにされている執行猶予中のキースは真剣な顔持ちでそう言った。
「いや、任せるも何もお前のその姿を見て門兵の警戒レベルが最大にまで上がった気がするんだけど。それに俺たちのなかで最も外面の良いあの二人がダメだったんだから望み薄だろ」
残っているのは愛想がいいとは言えない俺とキース。そして幼女であるところのメイヴだ。これでは真面目に取り合ってもらうことすらできまい。
「まったく、エリック。お前はこと戦闘に関して言えば機転が利くが、こういうときだと目が曇るな。なに、メイヴちゃんが協力してくれれば余裕でこんな関門突破できる」
「わ、私ですか?」
当の本人であるメイヴも今回の指名には驚きを隠せないようだ。
「おいおい、まさかとは思うがメイヴの風魔法で吹き飛ばす算段ではないだろうな」
「はっはっは。発想が野蛮だな。エリック。いいからここは任せてくれ。いいかメイヴ、俺の言う通りにしてくれれば良いんだ」
コソコソと作戦会議をし始めた。すると突然、「ボンっ」と共に頭から蒸気が噴き出しそうなほどに顔を赤らめメイヴは狼狽し始めた。
「できるわけないじゃないですか!?そもそもそんなことで上手くいくわけがありません、貴方は馬鹿なのですか」
「いいやこれはお前にしかできないことなんだ。大丈夫、メイヴちゃんならできるさ」
「ううぅ」
何かを秤にかけ数秒唸ったあとに覚悟を決めたようにメイヴは顔を上げた。心なしか目が虚ろである。
「わかりました。やってみます」
そして頼りない足取りで門兵へと歩み寄っていく。門兵は微動だにしなかったが、その挙動から決して目を離そうとはしなかった。
そしてメイヴが門兵の間合いに入った瞬間、メイヴ行動を起こす!門兵も初めて構えた。そして繰り出される一撃は。
「お兄ちゃんっ」
であった。お兄ちゃん?
「メイヴたちを中に入れて欲しいの♪入れてくれたらぎゅーってしてあげるね」
『欲しいの♪』!?。『ぎゅーっしてあげる』!?何を言ってやがる、メイヴ頭がおかしくなったか!?
そういうメイヴの手は小刻みに揺れており、その肌は恥辱で真っ赤に染まっていた。まさか、これがキースの策だというのか。
門兵を見るとワナワナと五体を震わせている。マズイ、馬鹿にされていると思ったに違いない。このままでは怒りに任せてメイヴに危害を加えかねない。そうなったら危ない(反撃を喰らう門兵が!)。
「オッケーに決まってるよ~!」
と、そんな心配している俺などどこ吹く風よと。門兵はメイヴを両手で抱きかかえる。俗にいう『高い高い』の恰好である。
「メイヴちゃんみたいなカワイイ子が悪いやつな訳ないもんね~。ああ、もう天使みたいだ」
「あ、ありがとうお兄ちゃん」
一瞬、素に戻りかけたメイヴであったがこのまま演技を続けたほうが得策と、思ったのだろう。言葉遣いは直さなかった。
そしてグルグルとメイヴを持ち上げたまま2,3回転した門兵はメイヴを宝石を扱うように優しく地面におろした。そして約束のもの(メイヴの抱擁)を心待ちにした様子を感じ取ったメイヴは、軽くではあるがその変態をギュッとした。
その瞬間の顔は見るに堪えないくらい恍惚の表情だった。そして抱擁が終わるとパンパンっと自分に顔を叩いて元のピシっとした顔つきを取り戻した。
「聞いた通りだ、通っても構わん」
え、こいつ。今更そのキャラに戻れると思ってんのか。無理あるって。さっきまで鼻の下伸ばしまくったゆるゆるの顔してたんだぞ。もう何の威厳もないよ。
フッ。とドヤ顔で歩くキースは門兵とすれ違うとき、お互いに目が合うとニヤっとほぼ同時に口角を上げ頷き合っていた。いや、なに分かり合ったような雰囲気出してんの。気持ち悪いんだけど。
そんなボーっとしていた俺にメイヴが倒れそうな足取りでもたれかかってきた。一体、どうした。まさか門兵になにか一撃でももらっていたのか。
「エリックさん、運んでくれませんか?さっきまでの自分が気持ち悪すぎて吐き気がします」
どうやらこの場を通り抜けるために払った犠牲は安くなかったらしい。
ご満悦顔の門兵とキースとは反対にこっちのダメージは甚大である。
「まさかあんな子供に私が負けようとは。私の魅力っていったい」
「ふ、ふ、ふ。メイヴ。やるじゃない」
俺のうしろでは生ける屍顔負けの瀕死状態の二人(女のとしてのそれぞれの矜持があったらしい)は今にも精神崩壊しそうだし、背に背負うメイヴは既に気を失っている。
「まあ、安心しろよ。人の好みは千差万別であの男はたまたまロリコンだっただけだ。二人は十分美人だって。今までも町で何度もナンパされたことあるだろ」
「美人だって、エリック様も思いますか!?」
「美人だって、エリックは思う!?」
となぜかこういうときの二人は息がぴったりである。
「俺にとっちゃ女性はみんな美人だよ」
そうお茶を濁して俺は門をくぐる。しょっぱなから出鼻をくじかれた感はあるが、ここから仕切り直すとしましょうか。




