そんなの馬鹿でもわかります(22)
「おお、キースさん、っとと!」
いきなり玄関の戸を開けて入ってきた俺とぶつかりそうになり、村長が持っていた花瓶を落としそうになる。俺は手と表情だけで謝罪の意を表し、速度を落とさずネイアが寝ている寝室へ向かった。
ドアの戸に手をかけるのを一瞬ためらったが、俺は覚悟を決めて戸を奥へと押し込んだ。
「キースさん、そんなに慌ててどうしたんですか?」
そこには寝間着姿でベッドに腰かけながら外を眺めるネイアの姿があった。ところどころ包帯が巻かれているのは見えたが、回復魔法で外傷はほぼ完治しており、回復したての弱い皮膚を保護するためのもので大事はないらしい。
「どうしたって。君はこの三日間眠りっぱなしだったんだ。そんな中、目を覚ましたっていうのなら誰だって慌てるさ」
「ふふふ、それもそうですね」
柔らかい。そう感じた。今までの彼女は自らを律し、1000年の旅の果てに覚悟を秘めた彼女はまるで鎧を着こんだ騎士にも似た気高さを感じさせた。
けど今は違う。目の前のネイアはこの村の少女がそうするように、心のままに笑うのだ。美しいことに変わりはなかったが、そちらのほうが俺は好きだ。
「そんなに私の体をじっくりと見て何を考えているんですか?気持ち悪いですよ」
「性的な目でなんか見てない!もっとこう紳士的な目で見てたんだ、それにネイアまでメイヴたちのようなこと言わないでくれよ」
「ふふっ。冗談ですよ。道中ずっとメイヴ様とキース様のやりとりが羨ましかったもので、つい意地悪してしまいました」
「その様子じゃ、もう本当に心配はいらなそうだな」
彼女の安否を確認したい一心でここまで急いできたものの、実際に会ってみると何を話すべきかわからないな。どうしたら良いかわからずフラフラしていた右手で意味もなく自分の髪の毛をかき混ぜる。
「ありがとうございました、キースさんがいなければ今頃どうなっていたかわかりません」
そんな俺に対してネイアはまっすぐに感謝の気持ちを伝えてくれた。感謝されて気分を悪くする人はいないと昔言われたことがあるけれど。そのとき俺の胸に溢れたのは後ろめたいものだった。
「いや、ネイアは途中で気を失っていたから知らないかも知れないけどさ、あの鎧騎士を倒すことができたのはメイヴが時間を稼いでくれたり、エリックが不死身の謎を解明してくれていたからで。それに君がいま生きているのだってエルザが君を治療してくれたからだ。俺は結局、君の力になってあげることはできなかった。例えあそこにいたのが俺じゃなくても、あのちょび髭だったとしても結果は変わらなかったよ」
ズルをしている気分だった。
エルザがいなければネイアは死んでいただろうし、エリックがいなければ鎧騎士を倒すことはできなかった。そもそもメイヴがいなければ山頂にまで到達できなかっただろうし、あの場にいなかったシルビアだってそうだ。あの二人が最初の鎧騎士との戦闘を何とか生き延びれたのも、幻覚魔法のほかにも彼女の戦闘力あってのことだろう。
各々が自分にしかできない役割を果たした末の勝利だった。
それに引き換え俺はどうだ。奴に勝てたのだって神域魔法があったからだ。あそこまでお膳立てされれば誰だってあの鎧騎士を倒すことができたはずだ。俺だけが違う。そんな俺は感謝される資格なんてないんだ。
「そうですね。誰にでもできたことかもしれませんね」
ネイアは俺に同意してくれた。しかしその顔には嘲りや憐れみなどはなくただ悪戯な笑みがあるばかりだった。そして彼女が俺に向ける眼差しには覚えがあった。そう、それは俺がエリックやメイヴ達を見るときの目だった。
「けれど他のだれでもないあなたが為してくれたのです。普通であればあの鎧騎士に立ち向かうことなどできないのです。いえ、もっと言えば素性の知らない赤の他人の手を取ろうとする人間がこの世にどれだけいるでしょうか」
ネイアは淡々と、だが慈しみを込めて言葉を続ける。有無は言わせないとでも言いたげな語調だ。
「神器を用い、不死身の謎も解明できたとすれば打破は可能でしょう。けれど、一体誰があの場に立つことができたというのですか」
「仲間の危機なら誰だって、俺じゃなくても同じ行動取るって」
「民を守るべき王や神の御使いたる牧師の中にもキース様のように他を自らの命より優先する人は1000年前の混沌とした時代では稀でした。この時代でもそれは変わらないでしょう。強大な悪に正面から対峙することは誰にでもできることではないのです」
どれだけ俺がネイアの過大評価を正そうとしても彼女は一切引かない。他でもない本人がその功績を否定しているというのに。石と見間違う化石の価値を熱弁する考古学者のような偏屈ささえあった。
「誰よりも優しく、誇り高く、強い人間であるキース様だからこそ、あの神器はあれ程までに力強くこの世に顕現したのです。あなたの勇気に応えんがために」
気付けばもうネイアの言葉を否定することはできなくなっていた。自分がその評価に値すると自惚れたわけではない。だからと言って何を言っても無駄だと徒労感から口を閉ざしたわけでもない。
真摯に、まっすぐ俺を見据えてくる彼女の信頼は自虐的な思考などで卑下して良いものではないとやっと気づいたのだ。彼女が言った言葉に偽りはない。ネイアは心のままにに感謝を述べてくれていたのだ。俺はただ自分が傷つきたくない一心でその気持ちに気づかないフリをしていたんだ。
「それに私はこうも思うのです」
自分の気持ちを確かめるようにネイアは手のひらを胸に当てた。その所作に迷いはなく、陽の光に照らされた彼女の美しい顔はまるで鏡のように部屋全体に輝きを与えているようにも見えた。
「仮に他の英雄があの場にいて神器を扱えたとしても、あの時、あの場で私のこと救ってくれたのがキース様で良かったと私は心から想えるのです」
俺でなければならない理由はないかもしれないが、俺で良かったと想える理由なら確かにあるのだと彼女は言ってくれた。そこまで言われたところでもう限界だった。
「そ、それなら良かったかな。はははは」
俺は咄嗟に後ろを向く、照れ臭かったというのもあるが、誰にも見せたくなかった。ぐしゃぐしゃに涙で濡れた顔なんて。
感謝を言うのは俺のほうだ。理不尽に飲み込まれる人間を放っておくことはできず、かといって救えたことなど一度もない。気づけばそれが当たり前で、自分が為せることなんて何一つもない。この旅だって本当は俺なんか足手まといなんじゃないかと何度も思った。
ここにはいないお袋がどこかで、どこか自慢げに『お前は私の息子なんだから当然だよ』と笑っている気がした。俺にもできることがある。俺に助けられて良かったという人がいる。その事実だけで俺は、この先どんなにつらいことがあっても生きていけると思えたのだ。
「何であなたが泣いているんですか、キース様?」
後ろを向いたぐらいじゃどうやら誤魔化し切れなかったようでネイアはそこで初めて心配そうな様子を見せた。
「全然、大したことじゃないよ。ちょっとゴミに目が入ってね」
「目がゴミの中っていうのは大した状況じゃないですか!?どこかに目を落としてしまったということですか!」
「大丈夫、少し噛んだだけだから。ただの言い間違いだよ。ちなみにネイアはこのあとどうするつもりなんだい?」
「村長様がこの村で生きていけば良いと言ってくださったので、この村で少しでも力になれればと思っています」
「そうか、それは良かったね。でも、住んでた時代も全然違うし、王族だっていうのであれば知らないことだらけじゃないの?何だったら教えてあげるよ、何でも聞いてくれ」
ちなみにネイアが1000年前の時代の王族だという話はこの村の人は知らない。言っても信じてくれるかわからないし、信じてくれた結果ネイアが危ない目に遭わないとも限らないからね。
「うーん、どうでしょう。正直、何が分からないのかわからないことだらけで。ところでキース様、メイドが見当たりませんが、この村のメイドは全員買い出しに出かけているのでしょうか?」
「村でメイドを雇っている奴なんか普通いないよ!?」
いるとしてもそれこそ稀にだよ。仲間の危機に自分の身を投げ出せる奴ぐらいのレア度だから。それにこの道中、一回も王族らしさを見せてなかったのに急にどうしたんだ!?
「ふふふ、王族ジョークです」
ちょくちょく分かりずらい冗談を挟むな。間違ってもみんなの前では言わないだろうね。村八分を喰らうぞ、移住初日から。君はもっとしっかり者だったじゃないか。いや、もしかすると今のこの彼女のほうが本来の彼女なのかもしれない。不器用ながらも冗談を交え、年齢相応にコロコロと笑う彼女のほうが。
「ああ、でもそういえば一つだけキース様にお尋ねしたいことがあります。これは兄にもぜひお伝えしたいことでもあるのです」
おっと、どうやら質問が来るようだ。しかもネイアの兄さんでも知り得ないことだって?難しいものだったらどうしよう。ここまで信頼を置かれた手前、己の無知を呈したくはない。最悪の場合はエリックに聞けば教えてくれるだろうか。
澄ました顔の裏ではそんな心配事をあれやこれやと考えていた俺だったが、結論から言わせてもらえればそれらは杞憂に終わった。
「この時代にシスコンという言葉はありますか?」
やれやれ、それはどうやら馬鹿にもわかる質問だった。




