そんなの馬鹿でもわかります(21)
俺たちが対峙したあの鎧騎士の名前はデュラハンというらしい。
「精霊っていうのは個体差はあれ、空気中のマナに干渉することができる。神のように自由自在という訳にはいかないが、大精霊ともなれば膨大なマナを利用して、神域魔法に匹敵する魔法を使用するものもいたらしい」
エリックがこの手の情報をどこで仕入れてくるのか、今になってもわからない。何回か情報源を聞いてみ
たが、はぐらかされて終わる。だから気にしないことにした。
俺たちは一度村に戻ってきていた。今腰を下ろしているこの場所は村の大きな湖を一望できる丘の上だ。歩いて20分ほどかかった。寝たきりだった体を動かすリハビリのつもりだったが、気づいたら結構遠くまできてしまった。
火口での戦いのあとに体力、魔力ともに使い果たしていた俺をエリックが担ぎ、気を失っていたメイヴとネイアはバイコーンの背に乗せる形で何とか戻ってきた。その間にも魔物の群れに襲われたり、ほかにもトラブルにも見舞われたのだが割愛しよう。そんなことは些細なことだ。鎧騎士との一件に比べれば。
「で、あいつは空気中のマナを吸収して無限に再生していたってわけ。精霊は元々、空気中のマナから形作られる存在だからと言って片付けるのは簡単だけど、そんなことできるのは後にも先にもあいつしかいないだろうなぁ」
「それであいつは1000年間の間、ずっと生き続けて俺たちの前まで現れたっていうのか」
「うーん。どこかに封印されていたってところだろう。無限に再生する相手なんて神様だってしんどいだろうからな」
だからってそんな負債を俺たちに押し付けられても困るんだけど。とエリックは衣服に付いた汚れを払いながら立ち上がった。散歩を再開しようという訳でもなく、座っている間に凝り固まった体を伸ばすためのようだ。
あのパルナ山からの戦いから三日が経っていた。ネイアは何とか一命を取り留めたが、まだ意識は戻っていない。鎧騎士は俺の一撃を受けたあと姿を消したが、それはどうやら消し去ったというわけではないらしい。
「神々と対峙しても生き永らえた存在だからな。あのくらいじゃ死なないだろう。ま、次こそはもっとスマートに倒せよな。それからあのバイコーンにちゃんとお礼言っておけよ。あいつがいなければこの山をあんなスピードで駆けあがるなんてことはできなかったからな」
あのとき助けたバイコーンだと、不思議とすぐに確信した。助けた恩返しということなのか、とにかく山の麓に到着したエリックたちを待ち受けて、ここまで運んできてくれたというのだから、恩は利子付きで返してもらった。途中までは馬で来ていたエリック達だったが、あの斜面を登るのはただの馬にはきびしかろう。
「まあ、唯一ケチをつけるところがあるとすれば乗れるのは二人が限界だったからな。そこはジャンケン
で決めたのだが、置いてけぼりになったシルビアが拗ねていたというか殺気立っていたというか、そんな感じだったから宥めるのが大変だった。あれはあれで一つの戦いだった」
確かに村までの道のりでもずっとピリピリしていた。それだけならまだしもエルザがちょっかいを出すものだからシルビアの八つ当たりも凄まじいものだった。
「シルビアもう少しゆっくり歩いてくれない?ああ、そうか。火口で苦楽を共にした私たちと違ってあなたは何もしていないから体力が有り余っているのよね?これは私の配慮が足りなかったわ、全然疎外感なんて感じる必要は無いのよ、肝心な時に役に立たなかったからと言って」
シルビアの顔が氷の彫刻のように固まっていた。あんなにも表情筋って強張るものなんだなと他人事のように呟いてていたが、俺にとってはそれどころではなかった。ここから先の展開を予想しただけで冷や汗が止まらなかった。あの鎧騎士だってここまで殺気を放ってなどいなかった。
「こちらこそ申し訳ありませんわ。最近言うことが小姑のようだと思っていましたが、まさか体まで老け込んでいらっしゃったとは。最近の流行に疎いのも道理ですわね。よろしければ杖でもお作りいたしましょうか?」
そんな掛け合いが何度かあり、そのたびに辺りは焼け野原になった。そして自衛ができる三人に加え、メイヴとネイアも魔法で守られていたが、そのたびに俺だけが幾度も吹き飛ばされた。あれ、こいつら俺のことを助けに来たんだよね、殺しに来たのではなく?と疑うくらいだった。
そんなトラウマに気分が駄々下がりの俺ではあったが、エリックは何かに気づいた素振りでフッと笑い、こちらを見た。
「さて、そろそろ出発の準備も進めないとないとな。キースお前もここでのんびりしてて良いのかよ?ほら、アレを見ろよ」
エリックの視線の先を追うとその先にエルザが手で合図しているのが遠目ではあるが見えた。
少し遅れてその意味を悟った。ネイアが目覚めたのだ。
俺はすぐに立ち上がり、村長の家へと向かって地面を踏みしめる。もどかしい。あの神速のスピードがあればと思わず願ってしまう。双剣はあの戦いのあと刻印となり俺の両腕に刻まれてはいるものの、蓄積されていた魔力はもう残っていない。
「シルビアも痺れを切らしていたからな。明日の朝には出発になる。最後くらい、ちゃんとお別れして来いよ、いや再会の約束か?」
後ろで楽しそうにエリックが言葉をかけてくる。いつもであれば「そんなんじゃない」とバレバレの嘘をついてお茶を濁すところだが、今はただ地面を踏みしめる。そうでもしないと、彼女が生きているという事実が逃げてしまいそうな気がした。




