魔王の魔法をお借りします。(6)
「今夜この村は襲撃されます。」シルビアが帰ってきたのは俺がジークと話をした翌日の朝だった。
いや、もしかしたら夜のうちに帰ってきていたのかも知れない。俺がベッドで目を覚ますと俺の横で俺の寝顔を至近距離でガン見しているシルビアがいた。
「いやっ、怖すぎるだろ!!」ほぼ、ゼロ距離で一方的に見つめられるというのはかなりの恐怖なのだ。未経験の方はぜひ一度体験して欲しい。
「何をおっしゃいます。愛しい方の寝顔を眺めていたいというのはこの世界共通の理かと。」シルビアの顔は紅潮し、その吐息は荒かった。
「お前のは愛ではなく狂気を感じるんだよ。」
「狂わずに相手を愛することなどできますでしょうかっ」
そんないつも通りのやり取りがあり、朝食を食べているところでシルビアから『村への襲撃を企てている傭兵』についての報告があった。
「入念に偵察を行っていたのでしょう。数日前からすでに怪しい痕跡はありました。いや、痕跡というにはあまりに巧妙に隠されており、自分の思い過ごしだと思うほどでした。しかし、それ故に相手の力量を推し量ることができました。相手は山賊などではなく、訓練を受けた集団です。」
「だけど、それだけだと流石に根拠に欠けるんじゃないか。シルビアのことは信用してはいるのだが。」そもそもこの村を襲う理由が見当たらないし、そんなに腕の立つ者たちであれば町の富豪や領主を狙うほうが得だろう。この村の作物は確かに美味しいが、黄金財宝と並ぶほどの価値はないだろう。
「あるではないですか、この村にも『宝』と名の付くものが。奴らはそれを欲しています。」
「まさか、教会にある『炎神の宝玉』か。」
「間違いありません。」
「確かに綺麗な宝石だが、そんなに価値のあるものがあんなに堂々と無防備に置いてあるか。」俺が2年前の収穫祭でエルザからもらったお守りのほうが大事にしまってあるぞ。(あれは一生大事にすると決めている。なんなら死んだときは一緒に埋葬してもらおう。)
「間違いありません。」
そんな俺の楽観的な考えを一蹴するようにシルビアは繰り返した。
「神域魔法の発動を可能にする神話時代の魔道具を、村で唯一まともな戦力であるジーク牧師が不在であり、騎士団がまだ到着していないこの時を狙って、今夜この村は襲撃されるのです。」
「おいおい、ちょっと待ってくれ。まるで直接相手に会って聞いてきたかのように具体的じゃないか。」
「その通りです。わたくし、直接会って聞いて来ましたので間違いありません。」
「聞いて来たって、、。確か偵察部隊の痕跡もほぼ完ぺきに消されていたんだろう。」そんな中どうやって見つけたんだ。
「村周辺であればあるほど彼らも警戒し、その後始末も入念に行われています。しかし裏を返せば村人の行動圏外であればあるほど彼らは油断するということ。この村の様子を見てさぞかし安心されたのでしょう。村の警備のため最低限の装備を持っているとはいえ、戦闘に関してはまるで素人なのですから。村娘に扮した私が姿を現したときでさえ、侮りがその全身から感じられました。」
「ふふ。」そのときの相手の様子があまりに憐れだったためか。シルビアは口元を手で隠し嘲り笑っていた。俺はそのとき、気になるものをその手首に見つけてしまった。
「ときにシルビアさん。その相手というのは、聞けばなんでも教えてくれる気さくな方だったのかい?」
「いやですわ、エリック様。わたくしの名前に敬称などお付けになって。話し方も変になってますわ。」
「いや、すまん、すまん。それでどうなんだ。相手はどうして自分たちの最高機密とも言える作戦のあらましをそうも詳細に教えてくれたんだろうか。」
「ふふふ。」シルビアはいたずらに笑みを浮かべ、そして右手の人差し指を立てそれを口に当てた。「内緒、、です。」
その口元に当てられた手を見るとのその手首のところに男の赤い手形のようなものがべったり付いんだけど。シルビアは白い服を好んで着るため余計に目立つ。まるで拷問か何かを受けた血まみれの男が断末魔の叫びを上げるとともに最後の力を振り絞って相手の手首を掴んだような。
違うよね。トマトかな、今日の朝食に並んでるトマトの調理に失敗して思わず服で拭いちゃったんだろうな。シルビアの手もそういえば大きいほうだったしそうに違いない。そういうことにしよう。
「ただ、相手には腕の立つ魔導士もいるようです。もう少しで仲間の居所まで話してくれるところでしたのに、口封じの魔法が仕掛けられていました。作戦の内容を話しても発動しなかったのはどうやら、言葉自体ではなく、被術者の罪悪感に反応する類の魔法だったのでしょう。感情で縛る魔法の場合、言い換えや比喩などで情報が洩れる事態を避けられますが、今回はそれが幸いしました。」
「作戦内容を話しても罪悪感を感じなかったということは少なくとも作戦がこちらに漏れても仲間に危険は及ばないと思われていたということだな。」そしてそれは正しい。この事態を村全体に伝え、迎え撃つ態勢を整えたとしても、シルビアの話を聞く限り一蹴で蹴散らされるだろう。ジークに今から知らせる術はない。騎士団の到着も間に合わない。
打つ手ははない。そう、この村の戦力だけでは。
「シルビア、お前の力が必要だ。一緒に戦ってくれるか?」
「エリック様はただ命じてくだされば良いのです。ただ『戦え』と。そうすれば、いつ如何なるときでもわたくしはあなた様の力となります。」
他力本願になってしまうがシルビアに頼るほかない。
「ただ、エリック様。相手の戦力は強大で手加減できないことが推察されます。エリック様が殺生を好まれないことは心より理解しております。しかし、不可効力により相手を殺めてしまうかもしれません。そのときはお許しいただけますでしょうか。」
「その場合は仕方ないだろう。俺はシルビア、お前のほうが大事だ。」戦闘に関して言えば自他ともに認める実力を持つシルビアがそこまで言うとは、こちらもより一層気を引き締めなければならない。
「ありがたき幸せ。まさか『この世で一番大事なシルビア』と言って頂ける日が来るとは。」
「この世で一番とまでは言っていないが。」
「いいえ、聞こえました。真の忠臣は主の言葉にできない言葉までも聞くことができるのです。」
「それはもはや幻聴だ。」
さて、シルビアの力を頼ると決めた以上、村人にはどこかに避難してもらったほうが良い。いや避難してもらわなければならない。シルビアの姿を誰かに見られれば彼女の正体がバレる危険がある。もしそうすれば俺もシルビアもこの村から、いやこの国中から追われることになる。
「しかし、どうやって村が今夜襲われるということを信じてもらって一晩中避難してもらうことができるだろうか。」
「話は聞かせてもらったぜ。」家の扉が勢い良く開き、その奥にはキースが立っていた。
「キース何時からそこに。聞いていたって?どこから聞いていたんだ。」まさかシルビアの正体に気づいたのでは。
「はっはっは。昨日の分を取り返すため朝早くからシルビアちゃんの姿を目に焼き付けようと早起きしたかいがあったぜ。いつからだって?エリックがエルザちゃんを諦めて、『シルビア、お前がこの世で一番大事だ。俺と一生を共にしてくれ。』とシルビアちゃんに求婚した辺りからだな。」
「こいつらの耳はどうなってんだ!?」
「キース。エリック様の言葉の先を自分の都合良いものに勝手に捏造し、そしてそれを事実と思い込むだなんて正気の沙汰ではないわ。万死に値する。」
「どの口が言ってんだ。」
「村の人たちを避難させれば良いんだろ。」
「お前、俺たちの話が理解できてんのか。」
「いーや、まだ全然わかんねぇ。ただお前が困っているということと、お前がこの村のために何かしようとしてんのはわかるよ。理由とか経緯とかには興味ないね。それで具体的にはどうしたいんだ。ただ状況を説明してくれれば良い。」
普段は何事もほどほどに軟派な男だと思われがちだが、俺はこの友達想いの男に何度も助けられている。いつだって俺が困難の中にいるときにキースが俺の隣に立ってくれるのだ。
「今夜、この村が山賊なんぞは問題にならないくらいのやつらに襲われる。その間どこか村から離れたところに避難していてくれれば助っ人が現れてこの村を救ってくれる。」
我ながら雑で荒唐無稽な説明だった。こんな説明で協力してくれるほうがどうかしている。
「よし、分かった。それなら村長に協力をお願いするのが一番早いぜ。俺が説明するからエリックは足りないところを補足してくれるだけで良い。見せてやるぜ。俺が親父について行った先で学んだ交渉術をな。」
キースはそんな俺の言葉を全て信じついて来てくれた。
「ふむ。山賊以上の戦力を持った集団が今夜村を襲う。そして正体不明の味方がそれ救う。その邪魔にならぬよう住民の避難を先導してくれと。そんな話は信じられんな。」
キースは俺と共に村長に掛け合ってくれた。村長も俺たちの話に最後まで耳を傾けてくれた。しかし、普段親子のように接してくれる村長でもこんな話を信じて住民の誘導に協力してくれるはずはない。どうすれば信じてもらえる。
村長はそんな心配そうな俺たちを眺めると、ふっと表情を和らげた。「お待ちたちの話は到底信じられないが、お前たちのことは信じよう。」
「えっ。」
「何か事情があるのだろう。お前たちは誰かを困らせるような嘘をついたことは無い。そんなお前たちがこんなにも必死に呼びかけるのだ。少なくともそこには、村のためを想う確かな意思があると。そのことは信じようと言っているのだ。それにエリック。お前は私にとって息子同様であるのと同時にあのテイラーの息子だ。この村の住人とってそれだけで信じるには十分だ。」
「それでは、協力してくれるのか。」
「明日になり事態が収束したときは、話せる限りで構わんから事情を話してもらえれば助かるがな。住民の避難についてはワシに一任してもらおう。」
そこからは早かった。俺とキースだけでは説得し得なかったであろう人数が村長の号令により準備を始めた。村長は「別の騎士団の小隊が賊を迎え撃つ。村人はその邪魔にならぬよう避難する。」といった説明をした。子供2人では説得しきれなかっただろうが、村長の信頼は厚い。誰一人として疑うものはいなかった。
村の住民は最低限の荷物をまとめ、村外れにある祠に向かった。よほどこの辺りの地形に詳しくなければこの場所を見つけることはできないだろう。また、ここに隠れていれば村に何があったかなどわからないだろう。
日が沈む前には村人全員が避難が完了した。俺はその様子を見届け安心すると同時に気を引き締める。俺の本当の仕事はここからだ。
「あら、エリック。私を置いてどこにいくのかしら。」装備を整え、こっそり祠から抜け出そうとする俺に気づいたエルザが声をかけてきた。
こいつは本当に勘が良い。
「村の様子を見てくるんだ。この村で一番剣に腕が立って機動力があるから村長に頼まれたんだよ。安心しろ。村の様子を遠くから見てくるだけだからな。」
「そう。エリックはいつ魔物が襲い来るかわからないこの祠に私を置いて行って。一人高見の見物にしゃれ込もうという訳ね。」
「そんな言い方するなよ。大丈夫だ。危険になったらすぐに戻って来るから。」
「では、せいぜい気を付けることね。どんな時でも私の監視の目が光っていることを忘れず行動することね。私ついに『千里眼』を習得したんだから。」
「それが使えるんだったらお前が代わりに偵察して来いよ。」
「だから安心しなさい。危なくなったら私を呼べば助けに行ってあげるわ。」
どうやら一応心配はしてくれてるらしい。全くこいつの感情表現を読み解くのは古代の術式を読み解く以上に難解だ。
俺は心配そうなエルザに背を向け、急ぎ教会のほうへ向かった。人員が最も大きく割かれるであろう村入り口にはシルビアが既に向かっている。
俺は別動隊がいる可能性を踏まえ教会で闇討ちの準備をする。不意討ちとは気が進まないが手段を選んではいられない。『宝玉』を狙う別動隊の排除に成功すれば、そのままシルビアが打ち漏らした敵残党の足止めだ。村にはこの2つしか通り道がない。敗走した敵が他の道を選べば魔物の餌食だろう。
俺は教会近くの大きな木に身を隠し息を潜めた。絶対に成功させる。日も完全に沈んだころ、馬に乗った男3人がやってきた。俺は剣を握る手に力を込めた。
そして現在に至る。




